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モナ・リザのように微笑んで
しおりを挟むそれは、突然、なんの前触れもなく現れた。
下駄箱が並ぶ正面玄関を進んだ目の前の廊下に、大きく張り出されたキャンバスと垂れ幕。
垂れ幕には「祝 野沢美術コンクール全国大会高等学校の部 金賞 水樹 直」とあり、キャンバスには、机に頬杖をつきこちらを見つめて微笑む男子生徒の肖像画が描かれていた。
右目の下の涙ボクロ、少しうねった癖毛の黒髪、眉の形、唇の厚さ、制服の着こなし。
どこをどう見てもそれは──俺だった。
「佐倉、おめでとう!」
「金賞ってすごいな!?」
登校してきていきなり目の前に飛び込んできた自分の肖像画にぽかんと口を開ける俺を、知った顔が囲み拍手を贈る。
状況の理解が追いついてない俺でもわかる、俺が褒められる場面じゃない。褒められるのは金賞を取った「水樹 直」だ。いや誰だよ。
一日中、廊下をすれ違う人からの視線を浴び、教師や友人からは自分が何かした訳でもないのに賞賛され、混乱していた意識は怒りの感情を孕み始める。
誰だ!!勝手に俺の絵を描いたやつは!!!
俺は人づてに水樹 直という人間について調べだしたが、わかった事は2年生で美術部の生徒であるということだけ。
情報が少なすぎて調べが進まず、気づいたら放課後になってしまったが、放課後なら部活動をしているはず。
いつもは誰よりも早く帰る帰宅部の俺だが、今日は教室から階段を下がるのではなく上がり、5階の美術室へ。
美術室は人の気配がなくしんと静かで、帰宅する生徒の談笑や、運動部の掛け声がやけに遠く聞こえた。
意を決し、扉を勢いよく開けると、がしゃがしゃ!と何かが落ちる音がする。
視界に映ったのは、大量の絵の具をひっくり返して床に尻もちをついている生徒、たった1人。
「なあ、水樹 直って誰?」
苛立ちを含んだ言い方になってしまった俺に、怯えて震えながらも、そいつはしっかりと名乗りを上げた。
「ぁ……お、俺、です」
その震え声を聞くやいなや早足で距離を縮め、噛み付くように胸ぐらを掴んで顔を近づける。
「てめぇかぁ……!?人を勝手に絵にして大衆に晒して辱めたやつは……!!!」
「ち、ちがうんです!誤解なんです!」
「なにが誤解か言ってみろやこら!!!」
一日中、周りにいじられ褒められ、蓄積した怒りがここに来て爆発した。俺は初対面の相手にものすごい勢いで怒鳴り散らしていた。
「あ、あれは……っ!1人で描いてたんです!こっそり!それが顧問に見つかって勝手にコンクールに出されて……!」
「なんで本人に断りもなく描いてんだよ!こっそり!なんで俺なんだよ!」
「それは……!」
胸ぐらを掴んでいる手をふいに掴まれ、怯えて閉じられていた目が開き、真っ直ぐとこちらを捉える。あまりにも、真剣な表情で。
「佐倉くんが、好きだからです!」
……。
予想外の言葉に勢いを失い、力が抜けた手から水樹は解放されて、わたわたと絵の具を拾い始めた。
心臓の音がやけに近く聞こえる。
もう外の声なんてしない。
顔が熱くなって、力が抜けて、気づいたらへなへなと座り込んでいた。
今朝あの肖像画を見た時から、気づいていたけれど気づいていないふりをしていた。
絵の中の俺は、愛おしげな視線を向けて幸せそうに微笑んでいた。まるで恋人を見つめるように。そんな表情の俺を想像で描くなんて、それはまるで、その微笑みが欲しいとでも言うような───。
「迷惑をかけてしまってごめんなさい。ただ、佐倉くんが好きで、佐倉くんへの思いをしまい切れなくて1人で消化するために描いていただけなんです。全校生徒に見せることになるなんて思ってもいなかったけど……」
絵の具を拾い終わった水樹は、真っ直ぐに立ち、座り込んだ俺に手を差し伸べて来た。
そこで初めて気がつく。
水樹と会うのは初めてじゃない。
以前、廊下でぶつかったことがある。同じ構図を見たことがある。
でも、本当に、それだけの関係なのに。
「一目惚れで。とても綺麗な人だと思ったんです。それから目で追うようになって、親しい人に見せるような笑顔を、俺にも向けて欲しいって、ずっと思ってました」
やたら饒舌に自分への思いを語られて、耳まで熱を持ち、情けない表情になってしまう。
水樹は、立ち上がらない俺に膝をおり視線を合わせ、俺の手を強引にとり握った。
「気持ちを押し付けたいわけじゃないです。付き合って欲しいわけでもない。ただ、これからも、佐倉くんを描きたいです。許してくれますか。」
あまりに真剣な表情で言われて、俺は無意識によわよわしく頷いていた。
そんな俺に水樹が見せたのは、絵の中の俺がしていたよりよっぽど、綺麗な微笑みだった。
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