死に戻りの王子妃は今度こそ溺愛を逃さない

海辺ユジン

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 首筋に刻まれた呪印が、身体中を蝕んでいく。呪いの熱が肌を覆い、焼き付くそうとしているのだ。あまりの痛みに指先が震える。激痛に倒れたのはつい先程のことだというのに、じきに命が尽きるのだとはっきりと分かった。

「……リュカ! リュカ! しっかりしろ!」

 いつの間にか抱き起こされた身体が、逞しい腕の中に収められていた。ほとんど開かない目でどうにか焦点を合わせる。リュカを抱きかかえているのは、ベルナルド・フリストフ。この国の第三王子であり、自分の夫である人だった。

「ベルナルド……」

 掠れた声が出る。彼の名を呼んだのは、一体いつぶりだろう。……最後に名を呼ばれたのは、思い出せないほどに前だった気がする。

 生温い液体が彼の瞳から振り落ちてきた。リュカ、リュカ、と繰り返すこの男は、本当に自分の夫なのだろうか。妻になどちっとも興味を示さず、滅多に顔も見せず、囁く愛も持ち合わせていない、そんな形ばかりの夫が、今まさに死なんとする自分を抱きかかえて泣いている。

「リュカ、目を閉じるな、死んではダメだ、僕を置いていくな、いかないでくれ、リュカ――」

 ベルナルドの必死の叫びは、リュカの痩せ細った灯火をほんの少しだけ温めたけれど、結局すぐに消えてしまった。激痛に強ばっていた身体が、ふっと軽くなる。まず初めに手がだらりと垂れて、追いかけるように全身が弛緩した。感覚が消え失せていく。すう、と息を吐くような感覚で、リュカの意識は身体から離れ、そして空に――は、舞い上がらなかった。

(……ん?)

 絶叫するベルナルドの頭頂部を、いつの間にか見下ろしていた。彼の腕の中で息絶えているのは、リュカ・ガステア。間違いなく自分自身だ。

 まったく状況が読めずに、混乱する頭で辺りを見渡す。ここは、自分が嫁いだ家……いや、城の自室だった。広々とした空間にあるのは、やけくそみたいに大量の花を生けた花瓶と、暇つぶしに読んでいた書物、あとは必要最低限の家具のみ。平民の出なこともあって豪奢な暮らしを好まないリュカの希望で実に質素なものだった。

 いつもの地味な部屋に、自分の死体とそれを抱えて泣き叫ぶ夫の姿。そして、二人を眺めるもう一人の自分。頭頂部を見下ろせるということは、自分は彼らより高い場所にいるわけで、しかもこの足は地面についていない。

(浮いてる、よな……どう見ても)

 自分が浮遊しているという事実を受け止めきれないうちに部屋の扉が勢いよく放たれた。ベルナルドの叫びを聞いた侍従たちが慌てて駆けつけてきたようだった。

「ベルナルド殿下! これは一体……!」

 彼の腕の中のリュカが事切れていることに、皆すぐに気がついたようだった。

「来るな!」

 ベルナルドの牽制に、侍従たちの動きがぴたりと止まる。

「誰も来るな……誰も、誰も僕のオメガに触れるな!」

 止まったはずの心臓が大きく脈を打った。

 ――僕のオメガ。

 そんなセリフ、一度だって聞いたことがなかった。子を成し、血を繋ぐことが使命であるリュカを彼はただの一度も抱かなかったのだ。望みもしない発情期に入り、途方もないほどの欲望にのまれ、もがいていた時ですら、この男は会いに来てくれなかった。

 自分は愛されていないのだと、そう思って生きてきたのに。

 それなのに今になって、この男はリュカを「自分のオメガ」だと、そう言うのか。愛していたと、亡骸に向かって――

(……生きているうちに、たった一言でも聞かせてくれたら、俺だってもっとうまくやったのに)

 後悔とも違う、大きな感情の波にリュカは飲み込まれる。死してなお、人の心はままならないものなのか。

 偽りの夫はまだ声を上げて泣いていた。大粒の涙が頬を滑り落ちていく。
 
 手放した身体にどれほど降り注ごうとも、リュカにはもう何も感じ取れなかった。
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