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リュカ・ガステアはどうやら時を戻してしまったらしい。ベルナルドが死を迎えたあの日、もう一度彼と共に人生をやり直したいと強く願い、意識を失った。そして次の瞬間にはいつの間にか婚礼の儀まで遡っていたのだ。残念ながら、ベルナルドの方は記憶をなくしているようだけれど。
どうしてこんな芸当ができたのか、まったくもって分からない。そもそも自分が起こしたのか、ベルナルドが起こしたのか、はたまた別の誰かの思惑なのか。皆目見当もつかなかったが、正直なんだって良かった。
(神よ……あなたに感謝します)
リュカの心の中にはそれ以外の感情がなかった。ベルナルドと再び出会えた。人生をやり直せた。今度こそは彼と愛し合いたい。夫婦としてきちんと手を取り合いたい。それだけが望みだ。
方々からこっぴどく叱られた後、リュカは初夜の衣装に着替えて、真っ白な裾を揺らしながらベルナルドの閨へと向かった。叱られ尽くしている間に太陽は沈んだようで辺りは静かな夜を迎えている。
窓からは柔い月明かりが差していた。ぽつぽつと設置されたランプも明るさは控えめで、ぼんやりと浮かぶ光がなんだか艶めかしかった。
もうすぐベルナルドのそばへ行ける。そう思うだけでリュカの手のひらは薄く汗ばんでいた。初夜という言葉の響きに頭がクラクラしそうだ。
部屋の前に着くと、聖職者の手によって開かれた扉の中から甘い香りが漂ってきた。鼻腔いっぱいに吸い込んで、自分で自分の気分を高めていく。
部屋の最奥に、彼がいるのが見えた。椅子に腰かけて、まっすぐにこちらを見ているようだった。
部屋に入り込んでしまえば、ベルナルドと二人きりの空間だ。扉が閉まる音を背中で聞くと、昼間さんざん浴びせられた叱責の声を思い出して、必死で己を抑え込む。
(落ち着け、落ち着け……俺たちは今日が初めてなんだ。いきなり抱きついてはいけない。キスをしてもいけない。愛を囁きすぎたら、ベルナルドはたぶん鼻血を出す)
ふう、と息をつけたのは一瞬で、自分の名を呼びながら自慰をしていた彼の姿を唐突に思い出してしまった。腰の奥が急激に熱を持つ。まずい。
「……少しは反省したか」
部屋の入口で立ち止まっているリュカを、彼はそんなふうに解釈したらしい。
冷静に考えれば城をつまみ出されてもおかしくないくらいの失態ぶりだが、この国にとってオメガは貴重すぎるので、今のところはしぶしぶ置いておいてくれるらしい。国王陛下の温情を受けてさすがに反省はしたものの、正直後悔はしていなかった。何度あの瞬間に巻き戻ったとしても、リュカは間違いなくベルナルドに抱きついてしまうだろう。
とはいえ、嫌われたくはなかった。
「王子妃としてあるまじき行動でした。心からお詫びいたします」
ベルナルドの前に膝を付いて詫びる。
「……別に僕はなんとも思っていない。ただ、我々を信じ、慕ってくれている国民を不安にさせることはあってはならない」
「はい、仰る通りです」
「これからは肝に銘じておくように」
「承知いたしました」
素直に頷いてから、リュカは言った。
「今後は、抱きついたり、愛を囁いたりするのは二人きりの時だけにいたします」
ベルナルドの頬がわずかに赤らんだ。
「……愛を、囁かれた覚えはないが」
「わたくしめは囁いたつもりでした。愛する人に抱きつき、名を呼ぶ。これ以上の愛がございましょうか」
ますます赤くなった頬は、ふと、彼が何かに思い至ったような顔をした後、すっと色を失ってしまった。
「……無理をしなくていい。君がこの結婚を望んでいないことぐらい、僕にも分かっている。これは政略結婚だ。番関係を結ぶ必要は、必ずしもあるわけではない」
一度目の人生の時と全く同じセリフだった。ベルナルドはあの時もこうして初夜を迎えることを拒んだ。けれど、あの時と明確に違うのはリュカを気遣う言葉が付け足されていること。ベルナルドは、オメガとして強制的に王家に嫁がされた妻を気遣ってくれていたのだ。
(俺が運命の番じゃないから、拒まれてたわけじゃなかったんだな……)
自分が死んでからの半年間を思えば、そんな理由ではないことは明白だったのだけれど、こうして面と向かって言葉にされると、驚くほど心が安らいだ。安心して力が抜けてしまう。
「夜が明けるまでこの部屋で好きに過ごせばいい。眠っていても構わない。僕が君に触れることは、けっしてない」
安心した心に、ぴき、とヒビが入った。僕が君に触れることは、けっしてない。なんて嫌な宣言だろう。けっして、なんて言葉をつけてわざわざ強調までしている。
リュカはさりげない仕草で自身の懐を探った。そこには瓶入りの誘発剤が収められている。
アルファとオメガが番になるには、オメガが発情期に突入している必要がある。周期的に自然発生は難しかったため、事前に薬を用意していたのだ。これを飲めばリュカは発情期に突入する。オスを求め、アルファを求め、身体の奥深くまで疼いてしまう。彼の手を借りずには到底収まらないだろう。
いまだ椅子に腰掛けたままのベルナルドをまっすぐに見つめ、勢いよく小瓶を取りだした。彼が目を見張ったその瞬間に蓋を開け、中身を煽る。飲み下した後になって、彼はその中身に気がついたようだった。
「なっ……なぜ、どうして、それはまさか」
「誘発剤だよ、ベルナルド」
突然変わった口調にも彼は大いに戸惑っているらしかった。
「これから番になるんだ。堅苦しいのは無しにしよう。それでいいだろ?」
ベルナルドが額に手を当て、ため息をつく。
「……そうだ、君はそういう人だった」
どうやら昼間のリュカの姿を思い出しているらしい。
「理解が早くて助かるよ、殿下」
詫びを入れた体勢のまま、ベルナルドに右手を伸ばす。
「ベッドに運んでくれ。じきに腰が渦き出す」
どうしてこんな芸当ができたのか、まったくもって分からない。そもそも自分が起こしたのか、ベルナルドが起こしたのか、はたまた別の誰かの思惑なのか。皆目見当もつかなかったが、正直なんだって良かった。
(神よ……あなたに感謝します)
リュカの心の中にはそれ以外の感情がなかった。ベルナルドと再び出会えた。人生をやり直せた。今度こそは彼と愛し合いたい。夫婦としてきちんと手を取り合いたい。それだけが望みだ。
方々からこっぴどく叱られた後、リュカは初夜の衣装に着替えて、真っ白な裾を揺らしながらベルナルドの閨へと向かった。叱られ尽くしている間に太陽は沈んだようで辺りは静かな夜を迎えている。
窓からは柔い月明かりが差していた。ぽつぽつと設置されたランプも明るさは控えめで、ぼんやりと浮かぶ光がなんだか艶めかしかった。
もうすぐベルナルドのそばへ行ける。そう思うだけでリュカの手のひらは薄く汗ばんでいた。初夜という言葉の響きに頭がクラクラしそうだ。
部屋の前に着くと、聖職者の手によって開かれた扉の中から甘い香りが漂ってきた。鼻腔いっぱいに吸い込んで、自分で自分の気分を高めていく。
部屋の最奥に、彼がいるのが見えた。椅子に腰かけて、まっすぐにこちらを見ているようだった。
部屋に入り込んでしまえば、ベルナルドと二人きりの空間だ。扉が閉まる音を背中で聞くと、昼間さんざん浴びせられた叱責の声を思い出して、必死で己を抑え込む。
(落ち着け、落ち着け……俺たちは今日が初めてなんだ。いきなり抱きついてはいけない。キスをしてもいけない。愛を囁きすぎたら、ベルナルドはたぶん鼻血を出す)
ふう、と息をつけたのは一瞬で、自分の名を呼びながら自慰をしていた彼の姿を唐突に思い出してしまった。腰の奥が急激に熱を持つ。まずい。
「……少しは反省したか」
部屋の入口で立ち止まっているリュカを、彼はそんなふうに解釈したらしい。
冷静に考えれば城をつまみ出されてもおかしくないくらいの失態ぶりだが、この国にとってオメガは貴重すぎるので、今のところはしぶしぶ置いておいてくれるらしい。国王陛下の温情を受けてさすがに反省はしたものの、正直後悔はしていなかった。何度あの瞬間に巻き戻ったとしても、リュカは間違いなくベルナルドに抱きついてしまうだろう。
とはいえ、嫌われたくはなかった。
「王子妃としてあるまじき行動でした。心からお詫びいたします」
ベルナルドの前に膝を付いて詫びる。
「……別に僕はなんとも思っていない。ただ、我々を信じ、慕ってくれている国民を不安にさせることはあってはならない」
「はい、仰る通りです」
「これからは肝に銘じておくように」
「承知いたしました」
素直に頷いてから、リュカは言った。
「今後は、抱きついたり、愛を囁いたりするのは二人きりの時だけにいたします」
ベルナルドの頬がわずかに赤らんだ。
「……愛を、囁かれた覚えはないが」
「わたくしめは囁いたつもりでした。愛する人に抱きつき、名を呼ぶ。これ以上の愛がございましょうか」
ますます赤くなった頬は、ふと、彼が何かに思い至ったような顔をした後、すっと色を失ってしまった。
「……無理をしなくていい。君がこの結婚を望んでいないことぐらい、僕にも分かっている。これは政略結婚だ。番関係を結ぶ必要は、必ずしもあるわけではない」
一度目の人生の時と全く同じセリフだった。ベルナルドはあの時もこうして初夜を迎えることを拒んだ。けれど、あの時と明確に違うのはリュカを気遣う言葉が付け足されていること。ベルナルドは、オメガとして強制的に王家に嫁がされた妻を気遣ってくれていたのだ。
(俺が運命の番じゃないから、拒まれてたわけじゃなかったんだな……)
自分が死んでからの半年間を思えば、そんな理由ではないことは明白だったのだけれど、こうして面と向かって言葉にされると、驚くほど心が安らいだ。安心して力が抜けてしまう。
「夜が明けるまでこの部屋で好きに過ごせばいい。眠っていても構わない。僕が君に触れることは、けっしてない」
安心した心に、ぴき、とヒビが入った。僕が君に触れることは、けっしてない。なんて嫌な宣言だろう。けっして、なんて言葉をつけてわざわざ強調までしている。
リュカはさりげない仕草で自身の懐を探った。そこには瓶入りの誘発剤が収められている。
アルファとオメガが番になるには、オメガが発情期に突入している必要がある。周期的に自然発生は難しかったため、事前に薬を用意していたのだ。これを飲めばリュカは発情期に突入する。オスを求め、アルファを求め、身体の奥深くまで疼いてしまう。彼の手を借りずには到底収まらないだろう。
いまだ椅子に腰掛けたままのベルナルドをまっすぐに見つめ、勢いよく小瓶を取りだした。彼が目を見張ったその瞬間に蓋を開け、中身を煽る。飲み下した後になって、彼はその中身に気がついたようだった。
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「これから番になるんだ。堅苦しいのは無しにしよう。それでいいだろ?」
ベルナルドが額に手を当て、ため息をつく。
「……そうだ、君はそういう人だった」
どうやら昼間のリュカの姿を思い出しているらしい。
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