死に戻りの王子妃は今度こそ溺愛を逃さない

海辺ユジン

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 アルファとオメガが番になれる確率は七割ほどだと言われている。成否を分けるのは基本的に遺伝子的相性であり、互いの感情による影響はほとんどないものとされていた。

 運命の番の遺伝子的相性を一〇〇パーセントだとするのなら、番関係の成立しない二人は三〇パーセントにも満たないわけで、それはつまり夫婦としては壊滅的なわけで……。

 つい先程、眠りから醒めたリュカはベッドの上でシーツを独り占めすると、自身の身体へと巻き付けて芋虫のように丸くなった。

(なんで! 俺と! ベルナルドが! 相性最悪なんだよ!)

 シーツの中で両足をバタつかせて不満を爆発させる。ちらりと覗いた内腿に見慣れた性印を認めてしまった。彼の身体にもいつも通りの印が浮かび上がっているのだろう。自分たちは番印を共有できていない。確かに番にはなれなかったようだ。

 身体にはまだ甘い余韻が残っているのに気分は最悪だった。地に落ちて地面にめり込んで地下奥深くまで潜ってしまいそうだ。

 このままふて寝を決め込もうかと思ったけれど、ベルナルドがこちらを伺う気配を背中越しに感じ取ってしまって、チクチクと胸が痛んだ。

 別にベルナルドが悪いわけじゃない。悪いのはそう、言うならば神様で、そもそも自分たちが運命の番ではないことが気に食わない。この世界にベルナルドと同じ性印を持つ相手がいるのだとしたら、その存在ごと闇に葬ってほしかった。

 ベルナルドの手が、シーツ越しにそっと背中に乗せられた。

「……どうか、聞いてほしい」

 縋るような声。

「これは政略結婚だ。僕たちが必ずしも番になる必要は……ないんだ」

 またそれかよ、と顔を顰めた。分かっている。これは彼なりの優しさで、ぎこちない手の動きは必死でリュカを慰めようとしてくれている。

 だけどその優しさの分だけ、リュカは切なくなる。大切にされていても、想い合っていても、自分たちは番にはなれない。自分の性印は生涯変わることがない。二人で同じ番印を共有することはできない。この印はずっとリュカだけのもので、これから先もずっと、このまま――……ハッと、息を飲んだ。ちがう。ちがかった。変わる。変わってしまう。この性印は近い将来、忌々しい呪印へと変化を遂げ、自分は呪い殺されてしまう。そして、ベルナルドはそれを追うように――……。

「……どうしたんだ? なにか言ってくれ」

 背中を撫でる手つきが揺さぶるように強くなった。何か言わなくてはいけない。このまま黙っていたら彼を不安にさせてしまう。臆病な彼はリュカに嫌われたかと思うかもしれない。

 リュカが死んでからの半年間のように彼は深く傷付き、悲しみ、涙をこぼすのかもしれない。そんなのは嫌だ。愛する人が苦しむ姿はもう見たくない。

(……だけど、ベルナルドが死ぬのは、もっと嫌だ)

 自分にかけられた呪いは現代の呪学では到底解明できないものらしい。ならば、死ぬまでの数年の間に真相を突き止めるのは難しいだろう。自分の死は十中八九回避できない。けれど、ベルナルドは、ベルナルドの死はきっと防げる。彼に無理をさせなければいい。倒れるまで働かせなければいい。

 彼が疲れた身体に鞭を打ってまで、呪いについて調べていた理由はただひとつ。リュカを愛していたからだ。ならばリュカがすべきことは簡単だった。

 ベルナルドに嫌われるように振る舞い、自分の死を彼に悲しませなければいいのだ。うざったるいだけのオメガが死んで清々したと、そう思わせれば――。

 喉の奥がきつく締まって、ひゅっと短い息がこぼれ落ちた。

「……なあ、どうしたんだ。どうして何も話さない? 眠ってしまったのか?」

 優しい手のひらはまだリュカの背を撫でている。

 嫌われたくない、と叫びたくなった。愛してほしいと縋りつきたくなった。だけど、自分の亡骸を抱き、絶叫する彼の姿はあまりに痛ましかった。あんなベルナルドはもう見たくない。死に行く彼を抱きしめてやれないのは、もう嫌だ。

 愛しているからこそ、もう、彼に愛される道は残っていなかった。

 音を立てないように鼻をすすり、目尻に滲んだ涙を拭う。

「放っておいてくれ。番を得られないオメガがどれだけ悲惨か……アルファであり、一国の王子であるお前には、けっして……けっして、理解できない」

 背中を撫でる手が硬直したのが分かった。そこから離れることも、もう一度撫でることも、どちらもできなくなってしまったようだった。臆病で、不器用なアルファ。

(……俺はお前のオメガだけれど、お前は俺のものになるべきじゃない)

 窓から、朝日が差し込み始めていた。肌に突き刺さる光が痛くて、リュカはシーツの中でより一層小さくなった。
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