死に戻りの王子妃は今度こそ溺愛を逃さない

海辺ユジン

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 先ほどと同じやり取りをする二人にまた笑いが込み上げる。彼がまた不思議そうな顔をしてこちらを見た。そろそろ質問に答えてあげないとベルナルドが可哀想かもしれない。

「この腕に抱けるくらいの犬がいいな。白くてふわふわしてて、お日様みたいにあったかい子がいい」

 リールのことを思い出しながら話すと、また胸が痛んだ。そこを無意識にさする。

「ご実家の犬が、そんな子だったのか?」

 目敏い問いにどきりとした。先ほどまではあんなに鈍感だったのに、どうしてこういう時だけ。

「……ああ。すごく可愛い子なんだ」

 微笑みながら言うと、彼は可哀想なほどに眉尻を下げた。

「……引き離してすまない」

 まっすぐな謝罪にリュカは焦った。実家で犬を飼っていたというのは嘘で、リールは一度目の人生の時にこの城で飼っていた子だ。王家に嫁いだから引き離されたわけではない。ベルナルドはちっとも悪くない。今の人生でリールと巡り合わないことを選んだのはリュカ自身なのだから。

 だけど彼の素直な心が、痛みの走る胸を優しく撫でてくれた気がした。愛犬に会えなくて寂しいという気持ちを、犬が苦手な彼が理解してくれる。それだけでどうしてこうも嬉しいのだろう。

 込み上げる思いを悟られたくなくて、「見くびってもらっちゃ困るな」とおちゃらけた態度を取った。

「俺は俺の意思で、ここへ来たんだ。お前に引き裂かれただなんて、露ほども思ってない。そこらへんの気の弱いオメガと一緒にされちゃ困るね」

 フン、と鼻で笑ってから、ベルナルドの相好が崩れていることに気がついた。極限まで垂れた目尻に緩んだ口元。

(……なんでそんな、愛おしくてたまらない、みたいな顔)

 初めて向けられる表情に心臓が忙しなく動いた。だらしない顔のままでベルナルドが呟く。

「君のそういう強いところが、僕はとても……」

 そこまで言ったくせに、彼は途端に顔を赤くして、「いや、なんでもない」と口を閉ざしてしまった。すんでのところでおあずけをされて、心の中がむず痒くなる。 

(なんだよ、言えよ……!)

 地団駄を踏みかけてから、自分の目的を忘れていることに気がついた。好きだと言われては困るのだ。愛されてはいけないのだ。

(だけど、だけど、聞きたかった……!)

 恥ずかしさがピークに達したのか、ベルナルドはここで切り上げることにしたらしい。また話そうと告げて、足早に立ち去ってしまう。名残惜しい気持ちでその背中を見送ろうとして、マークルが彼の後を追っていないことに気がついた。

「おい、行かなくていいのか?」

 尋ねただけで、彼はこちらを睨みつけてくる。やはり今回も、いや一度目の人生の時以上に嫌われているらしい。

 睥睨したまま、彼が口を開いた。

「つい先程、侍女から、あなたがベルナルド殿下の好みのタイプを知りたがっていると耳打ちされました」

 リュカは額に手を当ててため息をついた。もう訊いたのかと呆れてしまう。恐らくベルナルドもいる場で、マークルにだけこっそりと伝えたのだろう。

「そんなにお知りになりたいのであれば、いいでしょう、お答えします。殿下の好みは、大人しく聡明で、大衆の面前で恥を晒すことなどけっしてせず、文句も言わず、暴言も吐かず、自分に極力関わってこない、部屋にこもりきりの妃だそうです」

 それはお前の願望だろう。苦笑する姿を見て溜飲が下がったのか、「では」と呟いたマークルがさっさと切り上げて行った。

「部屋にこもりきりの妃か……」

 奇しくも一度目の人生の時のリュカそのものだと気がついて、また苦笑が漏れた。あの状態であんなに惚れられていたのだから、あながち間違いでもないのかもしれない。

「心配しなくても、俺はあと数年でいなくなるよ」

 見えなくなった従者に向けてそう呟く。

 ――俺の妃を侮辱することは赦さない。

 先ほど、マークルを叱ったベルナルドの言葉が、今になってリュカの心に染み渡った。大事にされている。それだけのことが、こんなにも嬉しくて、悲しい。

 きゅっと下唇を噛み締め、感情の波が過ぎ去るのを待った。この数日間で何度も味わってきたのだ。ほんの少し堪えれば、すぐに癒える――視界の端に、猛スピードで駆け抜けてくる男の姿が見えた。驚いて凝視すると、それがベルナルドであることが分かった。

「え、なに……」

 戸惑うリュカのそばで立ち止まった彼が、膝に手を着いて呼吸を整える。一拍を置いてから、勢い良く顔を上げた。

「僕は! 僕は、部屋にこもりきりの妃など好まない!」
「えっ」

 咄嗟に意味を理解できなかった。数秒遅れて、先ほどのマークルとの会話のことだと気付く。忠誠心溢れる従者はあんなことまで律儀に報告したのか。

「君が、庭園中を駆け回るようなお転婆な人であっても、僕は一向に構わない!」
「え、なに、お転婆?」
「ああ! だから! ……だから、君はここで、やりたいことをやっていいし、犬を飼っても、猫を飼ってもいい。走り回っても、木を登ってもいい。好きに過ごしてほしいんだ。のびのびと、自由に」

 勢い良く語り始めた言葉は、やがてゆっくりとした口調に変わり、彼がリュカの気持ちを推し量りながら話してくれていることがよく伝わってきた。

 マークルから、嫌味を言ったと報告を受けたその足でここまで全力疾走してきたのだろうか。それは自分の意思ではないと、慌てて訂正しに来てくれたのだろうか。リュカを傷付けないために。

(……なんだよ。俺だって、お前のことを傷付けたくないのは同じなのに。お前ばっかりずるいよ)

 感情の波がどれだけ経っても過ぎ去らない。ベルナルドが好きだという思いがいつまでも心に居座り続ける。どんどん大きくなって破裂しそうになる。

「どんな俺でも愛せるって、そう言いたいのか?」

 リュカは彼に嫌われなくてはいけないのだ。どんな姿でも愛すなんて、そんなのは困る。

「……っ、そうとも、言うかもしれない」

 赤面しながらそう返してきたベルナルドに、リュカは、それでも喜んでしまった。愛されては困るのに、愛してほしかった。

「本当に好きにしていいんだな?」
「ああ、そうしてくれ」
「また国王陛下や大勢の国民の前でお前に抱きついても赦してくれるわけだ」
「……それは、また、話が別だが……」

 ふふ、と笑いを漏らす。

(しないよ、そんなこと。お前の立場が悪くなるようなことは、もうしない)

 嫌われるのは自分だけでいい。

「それで? お前の本当の好みはどんな奴なんだよ」
「え? あ、ああ……あまり考えたことがなかったが……」

 言い淀みつつも、彼の中には答えがあるようだった。困ったように頬をかいて、それから意を決したというふうに口を開く。

「手作りの料理を……食べさせてくれる人がいい」
「料理?」

 てっきり顔立ちや性格の話をされると思っていたのに、思いもよらぬ方向だった。

「ああ。僕は子どもの頃からずっと、シェフの作る宮廷料理しか食べたことがない。家庭料理というものを知らないから、できればそれを教えてくれる人がいい」

 これはひょっとして、リュカの手料理が食べたいと言っているのだろうか。彼と違って平民の出であるリュカは確かに家庭料理を知っているけれど、母が作るそれを享受していただけで料理の経験が豊富なわけではなかった。

「……悪い。今のは聞き流してくれ」

 こちらの心情を読み取ったのか、ベルナルドは簡単に引き下がってしまった。

「では、そろそろ行く。ここは日差しが強すぎる。君もなるべく早く室内へ」
「……ああ」

 今度こそベルナルドは行ってしまった。一人残されると、確かに日差しの強さを実感する。背中に薄く汗をかいていることに気がついて退散することにした。日影に入ると、暑さが幾分ましになる。

 作ってやるよ、と言ってやれば、彼を笑顔にできたのだろう。だから、言えない。彼に嫌われなくてはいけない自
分は、彼に家庭料理を教えてやることはできないのだ。絶対に。
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