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声の主は彼の従者であるマークルだった。リュカが気付いていなかっただけで、ずっとそこにいたらしい。昔馴染みの声にベルナルドがハッと表情を改める。
「す、すまない……」
平気だと笑いかけようとして、嫌われる絶好のチャンスであることに気がついた。ここで嫌味を言い放てば、間違いなく印象は悪くなるだろう。なんせ先ほどの悪口も聞かれてしまっていたようだし。
「……この野蛮男」
痛む胸を押さえつけて、ぼそりと呟いた。
「やっ……やばんおとこ!?」
ベルナルドが素っ頓狂な声を出した。あまりの驚きにはくはくと口を開閉させている。彼の隣から鋭い視線を感じた。従者の睨みに背中がひやっと冷たくなる。
(前の人生の時も、やたらと嫌われてたんだよな……)
ベルナルドを傷付けた罪悪感とマークルへの苦手意識で、そろそろと視線を逃す。ベルナルドはよほど衝撃だったのか、「やばんおとこ……」と呂律の回らない口調でリュカの言葉を繰り返している。
「リュカ妃殿下。ベルナルド殿下はあなたを追ってこちらに来られたのですよ」
我慢の限界に達したのか、マークルが口を開いた。慌てたようにベルナルドが静止するけれど、彼は止まらなかった。
「あなたと少しでも言葉が交わしたいと殿下自らおいでくださったのに……昨日も番になれなかったというだけで随分不貞腐れたそうですね」
「マークル、よせ。マークル」
「婚礼の儀での無礼を赦していただいたばかりだというのに……いったいどれだけ浅はかなのか」
「マークル!」
ほとんど怒鳴るようにベルナルドは彼の名を呼んだ。夫の怒鳴り声を聞いたのは、二度の人生を合わせても初めてだった。
「マークル、謝罪しろ。僕の妃を侮辱することは赦さない」
「申し訳ありませんでした」
あれだけ不満げだったのにマークルは少しも躊躇わずに頭を下げた。主への忠誠がリュカへの怒りに勝ったようだった。そもそもベルナルドを慕っているからこその怒りなのだろうけれど。
「いや、俺こそ……悪かった」
さすがにこれ以上悪者ぶる勇気はなくて、素直に謝り返す。ようやく和らいだ夫の表情にほっと息をついた。こちらをちらりと見たマークルが、リュカにだけ伝わるように目力を強めた。慌てて気を引き締める。
「殿下、リュカ妃殿下にお聞きしたいことがあったのでは」
「あ、ああ。そうだった。……君は、犬が好きなのか」
「えっ?」
「君に仕えている侍女から、ついさっき聞いたんだ。実家で飼っている犬に会いたがっていると」
内心でため息をつく。そうだ、彼女は少しお喋りが過ぎるのだ。しかしこれはいくらなんでも伝わるのが早すぎるだろう。部屋に戻ったら、夕食の時にでも注意する必要がありそうだ。
「確かに好きだけど」
ぶっきらぼうに答えると、ベルナルドは「そうか」と頷いた。ただ頷くだけでそれ以上は何も言ってくれない。続く沈黙に居心地の悪さが込み上げる。
(なんなんだ。犬が好きかどうかを聞くためだけに俺に会いに来たのか?)
わざわざどうしてそんな真似をするのか、理解できない。何を考えているのか、目の前の男は眉間にぎゅっと皺を寄せている。
そういえば、一度目の人生の時もこんなふうに庭園で遭遇したことがあった。あの時も彼は顔を顰めてずっと黙り込んでいて、ちっとも会話が盛り上がらなかった。今思えば、犬が怖くて仕方がなかったのかもしれない。それでもリュカと会話がしたくて、やっとの思いで会いに来てくれたのかもしれない。あの時の自分はそんな彼を感じの悪い奴だと決めつけて理解しようともしていなかった。
ベルナルドがようやく口を開く。
「どんな……犬が好きなんだ? 大きい犬か、それとも小さい方がいいのか」
散々黙り込んだ末に出てきたのがそんな質問で、リュカは少しおかしくなってしまった。眉間に皺が寄るほどに、何を話そうかと悩んでいたのだろうか。それぐらいの問いなら、間髪入れずに訊けそうなものなのに。ふふ、と口元を緩めると彼は目を丸くした。
「何かおかしいことを言ったか? 犬好きに好みの犬種を訊くのは失礼だったりするのか……?」
そんなわけがないだろうと、今度は明確に吹き出してしまった。リュカの笑い声にベルナルドはますます戸惑っているようだった。その隣でマークルがやれやれというふうに肩を竦めている。
「何にも失礼じゃない。ただの思い出し笑いだ」
「感じの悪い人ですね」
「マークル」
「申し訳ありませんでした」
「す、すまない……」
平気だと笑いかけようとして、嫌われる絶好のチャンスであることに気がついた。ここで嫌味を言い放てば、間違いなく印象は悪くなるだろう。なんせ先ほどの悪口も聞かれてしまっていたようだし。
「……この野蛮男」
痛む胸を押さえつけて、ぼそりと呟いた。
「やっ……やばんおとこ!?」
ベルナルドが素っ頓狂な声を出した。あまりの驚きにはくはくと口を開閉させている。彼の隣から鋭い視線を感じた。従者の睨みに背中がひやっと冷たくなる。
(前の人生の時も、やたらと嫌われてたんだよな……)
ベルナルドを傷付けた罪悪感とマークルへの苦手意識で、そろそろと視線を逃す。ベルナルドはよほど衝撃だったのか、「やばんおとこ……」と呂律の回らない口調でリュカの言葉を繰り返している。
「リュカ妃殿下。ベルナルド殿下はあなたを追ってこちらに来られたのですよ」
我慢の限界に達したのか、マークルが口を開いた。慌てたようにベルナルドが静止するけれど、彼は止まらなかった。
「あなたと少しでも言葉が交わしたいと殿下自らおいでくださったのに……昨日も番になれなかったというだけで随分不貞腐れたそうですね」
「マークル、よせ。マークル」
「婚礼の儀での無礼を赦していただいたばかりだというのに……いったいどれだけ浅はかなのか」
「マークル!」
ほとんど怒鳴るようにベルナルドは彼の名を呼んだ。夫の怒鳴り声を聞いたのは、二度の人生を合わせても初めてだった。
「マークル、謝罪しろ。僕の妃を侮辱することは赦さない」
「申し訳ありませんでした」
あれだけ不満げだったのにマークルは少しも躊躇わずに頭を下げた。主への忠誠がリュカへの怒りに勝ったようだった。そもそもベルナルドを慕っているからこその怒りなのだろうけれど。
「いや、俺こそ……悪かった」
さすがにこれ以上悪者ぶる勇気はなくて、素直に謝り返す。ようやく和らいだ夫の表情にほっと息をついた。こちらをちらりと見たマークルが、リュカにだけ伝わるように目力を強めた。慌てて気を引き締める。
「殿下、リュカ妃殿下にお聞きしたいことがあったのでは」
「あ、ああ。そうだった。……君は、犬が好きなのか」
「えっ?」
「君に仕えている侍女から、ついさっき聞いたんだ。実家で飼っている犬に会いたがっていると」
内心でため息をつく。そうだ、彼女は少しお喋りが過ぎるのだ。しかしこれはいくらなんでも伝わるのが早すぎるだろう。部屋に戻ったら、夕食の時にでも注意する必要がありそうだ。
「確かに好きだけど」
ぶっきらぼうに答えると、ベルナルドは「そうか」と頷いた。ただ頷くだけでそれ以上は何も言ってくれない。続く沈黙に居心地の悪さが込み上げる。
(なんなんだ。犬が好きかどうかを聞くためだけに俺に会いに来たのか?)
わざわざどうしてそんな真似をするのか、理解できない。何を考えているのか、目の前の男は眉間にぎゅっと皺を寄せている。
そういえば、一度目の人生の時もこんなふうに庭園で遭遇したことがあった。あの時も彼は顔を顰めてずっと黙り込んでいて、ちっとも会話が盛り上がらなかった。今思えば、犬が怖くて仕方がなかったのかもしれない。それでもリュカと会話がしたくて、やっとの思いで会いに来てくれたのかもしれない。あの時の自分はそんな彼を感じの悪い奴だと決めつけて理解しようともしていなかった。
ベルナルドがようやく口を開く。
「どんな……犬が好きなんだ? 大きい犬か、それとも小さい方がいいのか」
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そんなわけがないだろうと、今度は明確に吹き出してしまった。リュカの笑い声にベルナルドはますます戸惑っているようだった。その隣でマークルがやれやれというふうに肩を竦めている。
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