死に戻りの王子妃は今度こそ溺愛を逃さない

海辺ユジン

文字の大きさ
16 / 20

16

しおりを挟む
「……ありがとう、配慮してくれて」

「えっ?」

 罵倒される覚悟でいたのに、彼はどうしてか礼を言った。ちらりと視線を向ければ、ベルナルドは優しく微笑んでいる。

「君の故郷はここよりも寒い地域だ。冬の間は辛いものを食べて暖を取ると聞く。君の故郷の味を、僕にも食べられるようにしてくれたんだろう?」

 蜂蜜とミルクに目を向ける彼に、ぽかんと無様に口を開く。

(ぜんっぜん、まったくそんなつもりはなかった……)

 リュカの母がベルナルドと同じく辛いものが苦手で、実家では一度も辛い料理が出てこなかった。故郷の味という認識はリュカにはこれっぽっちもない。

 どう答えようかと悩んでから、周りの空気が変わっていることに気がついた。みんな、ほわ~っとした雰囲気を出している。まるで初々しい夫婦を前にして、すっかり癒されているような……リュカのそばに控えている侍女なんて、「そういうことだったのですね!」と恋する乙女のような顔をしていた。マークルですら少しばかり表情を緩めているのだから、みんな単純だ。

(えーっと……ここは頷くべき? いやでもそしたら、辛い料理にした意味が……)

 悩んでいるうちにベルナルドがスプーンを手に取ってしまった。てっきり蜂蜜をかけるのかと思ったのに、彼はそのままのスープを一匙掬う。

「え、待って、そのままじゃ……」

 分厚い下唇に真っ赤な液体が吸い込まれていった。使用人たちが途端にざわつく。

「ウッ……」

 堪えきれないというふうにベルナルドの口から呻き声が漏れた。顔中が瞬く間に赤く染まっていく。飲み込むのも苦しいのか、唇をぎゅっとすぼめて、両目をきつく瞑って、えいっと勢いだけでどうにか飲み下したようだった。ハア、ハア、と荒い息を漏らしながら、彼の双眸が開かれた。目の縁まで涙が盛り上がっていて、こぼれ落ちていないのが不思議なほどだった。

「……美味しい」

 嘘すぎる。
「ミルクを飲むともっとうまい……」

 どう考えても救いを求めてのミルクなのに、どうにか誤魔化そうとしていた。

「蜂蜜かけろよ……」

 さすがに言わずにはいられなかった。いまだ真っ赤な顔のままで彼はかぶりを振る。

「人が作ってくれた料理に最初から手を加えることなんてできない。まずはそのまま口にするのが当然のマナーだ」

 誠実な言葉にまたリュカの中の気持ちが大きくなる。悟られないように小さく肩を竦めた。

「俺は最初から蜂蜜をかけるつもりでこれを作ったけど」
「えっ」
「別に俺も辛いもの得意じゃないし」

 彼が戸惑った顔で料理でリュカを交互に見やる。

「じゃあどうしてこれを……?」

 作ったのだ、と訊きたいらしい。また答えに窮していると、彼の目尻に残っていたらしい涙が、ぽろりとこぼれてしまった。すーっと頬に伸びていくそれが、びっくりするほど綺麗だった。

「……泣いてるとこが見られるかと思って」

 気がつけばそんなことを口走っていた。彼の従者が今度こそリュカを殺さんとばかりに目力を放っている。

 ベルナルドは呆けた顔をして、それからくつくつと笑いだした。今度こそなじられるかと思ったのに、彼は少しも怒っていないらしい。

「なんで笑うんだよ」
「いや、すまない。ははっ、君は本当に変な人だ」

 よほどツボに入ったのか、一人で笑い続けているベルナルドを見ていると、こちらまでなんだかおかしくなってくる。散々笑っている彼の目にまた涙が浮かび始めた。どうせ泣かせるなら、こちらの方がずっと良いと思う。

 じっと見つめていると、ふいに視線がかち合ってしまった。ほんの数秒の静寂。

「満足したか? 泣いてる僕を見られて」

 慈悲深い目に心臓が揺れる。ああ、と返すのが一拍遅れてしまった。どきりとしたことが彼にバレていないといい。

「君も隣で食べてくれ。一人で食事をするのは味気ないんだ」

 一度目の人生の時だって、そうやって誘ってくれれば良かったのに。ここで一人きりで食事をする彼と、自室に料理を運び続けてもらったリュカの切ない五年間を思う。

 隣に腰かけると、初めて夫婦らしくなった気がして、無意識に微笑んでしまった。

 笑い合い、見つめ合う時間がどうにもこそばゆくて、誤魔化すように蜂蜜の瓶を手に取る。

「最初から蜂蜜をかけるのか?」
「だから、俺も辛いの得意じゃないんだって」
「そうか、しかしそれではなんというか、不公平じゃないか?」
「何がだよ。……俺にも辛いまま食えと?」

 ベルナルドなら、たとえ彼が作ったものだったとしても、最初から蜂蜜をたっぷりかけさせてくれそうなものなのに。案外意地悪なのかと思っていると、控えめな声で彼が言った。

「僕も……君が泣いているところが見たい」

 ぱちり、と瞬きをする。縋るような目が、どうしてか少しいやらしい。自分も同じことを彼に言ったのだと思うと、途端に恥ずかしくなってくる。同時に散々泣かされた初夜を思い出して、腹の奥がぐっと熱くなった。

「……ぜったい、やだね!」

 言い切ると同時に蜂蜜を全体に回しかける。ああっ……と声を上げるベルナルドのことは、徹底的に無視した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

拝啓、親愛なる王子、魔族に求婚されて元従者は花嫁と相成りそうです

石月煤子
BL
「――迎えにきたぞ、ロザ――」 とある国の王子に仕える従者のロザ。 過保護な余り、単独必須の武者修行へ赴く王子をこっそり尾行し、魔獣が巣食う「暁の森」へとやってきた。 そこでロザは出会う。 ウルヴァスという名の不敵な魔族に。 「俺の花嫁に相応しい」 (は? 今、何て言った?) ■表紙イラスト(フリー素材)はお借りしています■

余命半年の俺を、手酷く振ったはずの元カレ二人が手を組んで逃がしてくれません

ユッキー
BL
半年以内に俺は一人寂しく死ぬ。そんな未来を視た。きっと誰も悲しむ人は居ないだろう。そう思っていたから何も怖くなかった。なのにそんな俺の元に過去手酷く振り、今では世界的スターとなった元カレ二人がやってきた。彼らは全てを知っていた。俺がどうして彼らを振ったのか、そして俺の余命も。 全てを諦めた主人公と、主人公を諦めきれないイケメンサッカー選手とシンガーソングライターの再会が導く未来は?

愛人少年は王に寵愛される

時枝蓮夜
BL
女性なら、三年夫婦の生活がなければ白い結婚として離縁ができる。 僕には三年待っても、白い結婚は訪れない。この国では、王の愛人は男と定められており、白い結婚であっても離婚は認められていないためだ。 初めから要らぬ子供を増やさないために、男を愛人にと定められているのだ。子ができなくて当然なのだから、離婚を論じるられる事もなかった。 そして若い間に抱き潰されたあと、修道院に幽閉されて一生を終える。 僕はもうすぐ王の愛人に召し出され、2年になる。夜のお召もあるが、ただ抱きしめられて眠るだけのお召だ。 そんな生活に変化があったのは、僕に遅い精通があってからだった。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

落としたのは化粧じゃなく、みんなの心でした

444
BL
『醜い顔…汚らしい』 幼い頃、実母が病気によって早くに亡くなった数年後に新しい義母からそう言われたシリルは、その言葉が耳に残って16歳となった今も引きずっていた。 だが、義母のその言葉は真っ赤な嘘でシリルはとても美しかった。ただ前妻の息子であるシリルに嫉妬した結果こぼした八つ当たりの言葉であったのをシリルは知らずに、義母のいう醜い顔を隠すために化粧をする。 その結果、彼は化粧によって本当に醜い顔になってしまった。そんな彼が虐げられながらも徐々に周囲を絆す話 暴力表現があるところには※をつけております

第2王子は断罪役を放棄します!

木月月
BL
ある日前世の記憶が蘇った主人公。 前世で読んだ、悪役令嬢が主人公の、冤罪断罪からの巻き返し痛快ライフ漫画(アニメ化もされた)。 それの冒頭で主人公の悪役令嬢を断罪する第2王子、それが俺。内容はよくある設定で貴族の子供が通う学園の卒業式後のパーティーにて悪役令嬢を断罪して追放した第2王子と男爵令嬢は身勝手な行いで身分剥奪ののち追放、そのあとは物語に一切現れない、と言うキャラ。 記憶が蘇った今は、物語の主人公の令嬢をはじめ、自分の臣下や婚約者を選定するためのお茶会が始まる前日!5歳児万歳!まだ何も起こらない!フラグはバキバキに折りまくって折りまくって!なんなら5つ上の兄王子の臣下とかも!面倒いから!王弟として大公になるのはいい!だがしかし自由になる! ここは剣と魔法となんならダンジョンもあって冒険者にもなれる! スローライフもいい!なんでも選べる!だから俺は!物語の第2王子の役割を放棄します! この話は小説家になろうにも投稿しています。

カワウソの僕、異世界を無双する

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
本編完結いたしました♡コツメたん!無双おめでとう㊗️引き続きの番外編も完結しました💕 いつも読んでいただきありがとうございます♡ ほのぼのとワクワク、そしてコツメたんの無双ぶりを楽しんで下さい! お気に入り1200越えました(new)❣️コツメたんの虜になった方がこんなにも!ʕ•ᴥ•ʔキュー♡ ★★★カワウソでもあり、人間でもある『僕』が飼い主を踏み台に、いえ、可愛がられながら、この異世界を無双していく物語。 カワウソは可愛いけどね、自分がそうなるとか思わないでしょ。気づいたらコツメカワウソとして水辺で生きていた僕が、ある日捕まってしまった。僕はチャームポイントの小さなお手てとぽっこりお腹を見せつけながら、この状況を乗り越える!僕は可愛い飼い主のお兄さん気分で、気ままな生活を満喫するつもりだよ?ドキドキワクワクの毎日の始まり! BLランキング最高位16位♡ なろうムーンで日間連載中BLランキング2位♡週間連載中BLランキング5位♡ イラスト*榮木キサ様

処理中です...