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「……ありがとう、配慮してくれて」
「えっ?」
罵倒される覚悟でいたのに、彼はどうしてか礼を言った。ちらりと視線を向ければ、ベルナルドは優しく微笑んでいる。
「君の故郷はここよりも寒い地域だ。冬の間は辛いものを食べて暖を取ると聞く。君の故郷の味を、僕にも食べられるようにしてくれたんだろう?」
蜂蜜とミルクに目を向ける彼に、ぽかんと無様に口を開く。
(ぜんっぜん、まったくそんなつもりはなかった……)
リュカの母がベルナルドと同じく辛いものが苦手で、実家では一度も辛い料理が出てこなかった。故郷の味という認識はリュカにはこれっぽっちもない。
どう答えようかと悩んでから、周りの空気が変わっていることに気がついた。みんな、ほわ~っとした雰囲気を出している。まるで初々しい夫婦を前にして、すっかり癒されているような……リュカのそばに控えている侍女なんて、「そういうことだったのですね!」と恋する乙女のような顔をしていた。マークルですら少しばかり表情を緩めているのだから、みんな単純だ。
(えーっと……ここは頷くべき? いやでもそしたら、辛い料理にした意味が……)
悩んでいるうちにベルナルドがスプーンを手に取ってしまった。てっきり蜂蜜をかけるのかと思ったのに、彼はそのままのスープを一匙掬う。
「え、待って、そのままじゃ……」
分厚い下唇に真っ赤な液体が吸い込まれていった。使用人たちが途端にざわつく。
「ウッ……」
堪えきれないというふうにベルナルドの口から呻き声が漏れた。顔中が瞬く間に赤く染まっていく。飲み込むのも苦しいのか、唇をぎゅっとすぼめて、両目をきつく瞑って、えいっと勢いだけでどうにか飲み下したようだった。ハア、ハア、と荒い息を漏らしながら、彼の双眸が開かれた。目の縁まで涙が盛り上がっていて、こぼれ落ちていないのが不思議なほどだった。
「……美味しい」
嘘すぎる。
「ミルクを飲むともっとうまい……」
どう考えても救いを求めてのミルクなのに、どうにか誤魔化そうとしていた。
「蜂蜜かけろよ……」
さすがに言わずにはいられなかった。いまだ真っ赤な顔のままで彼はかぶりを振る。
「人が作ってくれた料理に最初から手を加えることなんてできない。まずはそのまま口にするのが当然のマナーだ」
誠実な言葉にまたリュカの中の気持ちが大きくなる。悟られないように小さく肩を竦めた。
「俺は最初から蜂蜜をかけるつもりでこれを作ったけど」
「えっ」
「別に俺も辛いもの得意じゃないし」
彼が戸惑った顔で料理でリュカを交互に見やる。
「じゃあどうしてこれを……?」
作ったのだ、と訊きたいらしい。また答えに窮していると、彼の目尻に残っていたらしい涙が、ぽろりとこぼれてしまった。すーっと頬に伸びていくそれが、びっくりするほど綺麗だった。
「……泣いてるとこが見られるかと思って」
気がつけばそんなことを口走っていた。彼の従者が今度こそリュカを殺さんとばかりに目力を放っている。
ベルナルドは呆けた顔をして、それからくつくつと笑いだした。今度こそなじられるかと思ったのに、彼は少しも怒っていないらしい。
「なんで笑うんだよ」
「いや、すまない。ははっ、君は本当に変な人だ」
よほどツボに入ったのか、一人で笑い続けているベルナルドを見ていると、こちらまでなんだかおかしくなってくる。散々笑っている彼の目にまた涙が浮かび始めた。どうせ泣かせるなら、こちらの方がずっと良いと思う。
じっと見つめていると、ふいに視線がかち合ってしまった。ほんの数秒の静寂。
「満足したか? 泣いてる僕を見られて」
慈悲深い目に心臓が揺れる。ああ、と返すのが一拍遅れてしまった。どきりとしたことが彼にバレていないといい。
「君も隣で食べてくれ。一人で食事をするのは味気ないんだ」
一度目の人生の時だって、そうやって誘ってくれれば良かったのに。ここで一人きりで食事をする彼と、自室に料理を運び続けてもらったリュカの切ない五年間を思う。
隣に腰かけると、初めて夫婦らしくなった気がして、無意識に微笑んでしまった。
笑い合い、見つめ合う時間がどうにもこそばゆくて、誤魔化すように蜂蜜の瓶を手に取る。
「最初から蜂蜜をかけるのか?」
「だから、俺も辛いの得意じゃないんだって」
「そうか、しかしそれではなんというか、不公平じゃないか?」
「何がだよ。……俺にも辛いまま食えと?」
ベルナルドなら、たとえ彼が作ったものだったとしても、最初から蜂蜜をたっぷりかけさせてくれそうなものなのに。案外意地悪なのかと思っていると、控えめな声で彼が言った。
「僕も……君が泣いているところが見たい」
ぱちり、と瞬きをする。縋るような目が、どうしてか少しいやらしい。自分も同じことを彼に言ったのだと思うと、途端に恥ずかしくなってくる。同時に散々泣かされた初夜を思い出して、腹の奥がぐっと熱くなった。
「……ぜったい、やだね!」
言い切ると同時に蜂蜜を全体に回しかける。ああっ……と声を上げるベルナルドのことは、徹底的に無視した。
「えっ?」
罵倒される覚悟でいたのに、彼はどうしてか礼を言った。ちらりと視線を向ければ、ベルナルドは優しく微笑んでいる。
「君の故郷はここよりも寒い地域だ。冬の間は辛いものを食べて暖を取ると聞く。君の故郷の味を、僕にも食べられるようにしてくれたんだろう?」
蜂蜜とミルクに目を向ける彼に、ぽかんと無様に口を開く。
(ぜんっぜん、まったくそんなつもりはなかった……)
リュカの母がベルナルドと同じく辛いものが苦手で、実家では一度も辛い料理が出てこなかった。故郷の味という認識はリュカにはこれっぽっちもない。
どう答えようかと悩んでから、周りの空気が変わっていることに気がついた。みんな、ほわ~っとした雰囲気を出している。まるで初々しい夫婦を前にして、すっかり癒されているような……リュカのそばに控えている侍女なんて、「そういうことだったのですね!」と恋する乙女のような顔をしていた。マークルですら少しばかり表情を緩めているのだから、みんな単純だ。
(えーっと……ここは頷くべき? いやでもそしたら、辛い料理にした意味が……)
悩んでいるうちにベルナルドがスプーンを手に取ってしまった。てっきり蜂蜜をかけるのかと思ったのに、彼はそのままのスープを一匙掬う。
「え、待って、そのままじゃ……」
分厚い下唇に真っ赤な液体が吸い込まれていった。使用人たちが途端にざわつく。
「ウッ……」
堪えきれないというふうにベルナルドの口から呻き声が漏れた。顔中が瞬く間に赤く染まっていく。飲み込むのも苦しいのか、唇をぎゅっとすぼめて、両目をきつく瞑って、えいっと勢いだけでどうにか飲み下したようだった。ハア、ハア、と荒い息を漏らしながら、彼の双眸が開かれた。目の縁まで涙が盛り上がっていて、こぼれ落ちていないのが不思議なほどだった。
「……美味しい」
嘘すぎる。
「ミルクを飲むともっとうまい……」
どう考えても救いを求めてのミルクなのに、どうにか誤魔化そうとしていた。
「蜂蜜かけろよ……」
さすがに言わずにはいられなかった。いまだ真っ赤な顔のままで彼はかぶりを振る。
「人が作ってくれた料理に最初から手を加えることなんてできない。まずはそのまま口にするのが当然のマナーだ」
誠実な言葉にまたリュカの中の気持ちが大きくなる。悟られないように小さく肩を竦めた。
「俺は最初から蜂蜜をかけるつもりでこれを作ったけど」
「えっ」
「別に俺も辛いもの得意じゃないし」
彼が戸惑った顔で料理でリュカを交互に見やる。
「じゃあどうしてこれを……?」
作ったのだ、と訊きたいらしい。また答えに窮していると、彼の目尻に残っていたらしい涙が、ぽろりとこぼれてしまった。すーっと頬に伸びていくそれが、びっくりするほど綺麗だった。
「……泣いてるとこが見られるかと思って」
気がつけばそんなことを口走っていた。彼の従者が今度こそリュカを殺さんとばかりに目力を放っている。
ベルナルドは呆けた顔をして、それからくつくつと笑いだした。今度こそなじられるかと思ったのに、彼は少しも怒っていないらしい。
「なんで笑うんだよ」
「いや、すまない。ははっ、君は本当に変な人だ」
よほどツボに入ったのか、一人で笑い続けているベルナルドを見ていると、こちらまでなんだかおかしくなってくる。散々笑っている彼の目にまた涙が浮かび始めた。どうせ泣かせるなら、こちらの方がずっと良いと思う。
じっと見つめていると、ふいに視線がかち合ってしまった。ほんの数秒の静寂。
「満足したか? 泣いてる僕を見られて」
慈悲深い目に心臓が揺れる。ああ、と返すのが一拍遅れてしまった。どきりとしたことが彼にバレていないといい。
「君も隣で食べてくれ。一人で食事をするのは味気ないんだ」
一度目の人生の時だって、そうやって誘ってくれれば良かったのに。ここで一人きりで食事をする彼と、自室に料理を運び続けてもらったリュカの切ない五年間を思う。
隣に腰かけると、初めて夫婦らしくなった気がして、無意識に微笑んでしまった。
笑い合い、見つめ合う時間がどうにもこそばゆくて、誤魔化すように蜂蜜の瓶を手に取る。
「最初から蜂蜜をかけるのか?」
「だから、俺も辛いの得意じゃないんだって」
「そうか、しかしそれではなんというか、不公平じゃないか?」
「何がだよ。……俺にも辛いまま食えと?」
ベルナルドなら、たとえ彼が作ったものだったとしても、最初から蜂蜜をたっぷりかけさせてくれそうなものなのに。案外意地悪なのかと思っていると、控えめな声で彼が言った。
「僕も……君が泣いているところが見たい」
ぱちり、と瞬きをする。縋るような目が、どうしてか少しいやらしい。自分も同じことを彼に言ったのだと思うと、途端に恥ずかしくなってくる。同時に散々泣かされた初夜を思い出して、腹の奥がぐっと熱くなった。
「……ぜったい、やだね!」
言い切ると同時に蜂蜜を全体に回しかける。ああっ……と声を上げるベルナルドのことは、徹底的に無視した。
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