死に戻りの王子妃は今度こそ溺愛を逃さない

海辺ユジン

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 君だと答えてほしかった。それ以外の言葉はちっとも求めていなかった。

 少しの沈黙の後、彼は口を開く。

「昔、犬に追いかけられたことがあったと、さっき話しただろう?」

 脈略のなさに戸惑った。ああ、ととりあえず頷いてみると、「その時に助けてくれた子がいたんだ」と彼は続ける。嫌な予感がして、救いを求めるみたいにリールの背中を撫でた。きゅう、と小さい鳴き声が返ってくる。

「彼は、僕を追いかけていた犬をさっと抱き上げて、あっという間に手懐けた。僕に対しては暴れ馬みたいだった犬が彼の腕の中で大人しくしているのを見て、まるで魔法みたいだと思ったんだ」

「その時、僕は……連日の厳しい王子教育に嫌気が差して、こっそり城を抜け出してたんだ。使用人たちの目を掻い潜るのは大変だったよ。やっとのことで城を出て、ひたすら走って走って、街に下りて……そこで、その子に出会った」

「真っ白な肌に艶のある黒髪……初めはお姫様かと思ったよ。けれど、彼は丸い頬に土をつけて笑っていて、とってもお転婆な人だった。犬を腕に抱きながら、僕のことを弱っちい奴だって言い放ったんだ。……そんなふうに、僕をただの少年として扱ってくれたのは彼が初めてだった」

「……初恋だったのか?」

 よせばいいのに、訊かずにはいられなかった。ベルナルドが頬を上気させて頷く。

「彼と一緒にいられたのはほんの少しの間だけで、すぐに追いかけてきた使用人に捕まって、僕は城に戻ることになったんだ。彼はここよりずっと寒い地域から旅行に来たと言っていたから……きっと、二度と会えないだろうと思った。使用人に腕を引かれながら、何度も彼を振り返ったよ。その度に彼は笑って、大きく手を振ってくれた。あの笑顔が……どうしてか、ずっと忘れられなかったんだ」

 ずっと忘れられなかった。そう語る声はあまりに切実で、ひょっとして今も好きなのだろうかと勘ぐってしまった。もう何年も前の子どもの頃の話だ。きっとそれ以降本当に会えていないのだろう。そんなたった一度の逢瀬を、今も引きずっているはずがない。そうであってほしい。

 ベルナルドの手がゆっくりとリュカの頬へと伸ばされた。瞬間的に心臓が大きく跳ねる。

「……でも、また会えた」

 また、あの慈しむような目――。

「え……?」

 リュカが聞き返すと同時に、扉の向こうで大きな音が鳴った。慌てて身体を起こし、同じように起き上がったベルナルドと目配せする。

「マークル。どうした、何かあったのか」

 尋ねた彼が、突然に鼻と口を手で覆った。目が充血している。額からたらりと汗が伸びていた。

「ベルナルド……?」
「……っ、リュカ、頼む、頼む、扉の向こうのマークルを……彼の部屋へ……けっして誰にも見られないように……」
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