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二章 量産型勇者の一歩
二章一話 『再会の町』
しおりを挟む「このまま進んだとしても、王都までは早くて十日ほどかかります。なので、一旦近くの町によって食力を調達しましょう」
「へいへい」
「ついでに一泊します。村を出発して二日立ちますが、ろくな休憩すらとれていないので」
「ほいほい」
「……あの、私の話聞いてます?」
その問いかけに、ルークは大きなあくびで返事をした。
消えた村を出発してからはや三日。ルーク達は特に災難に見舞われる事もなく順調に王都を目指していた。
村の周辺で人生を終えるつもりだったルークにとっては、初めての遠出となるので多少なりとも心は踊っている。
しかし、その向かう理由が胸の中で巨大なしこりとして残っている。勇者ではないと証明しに行くつもりなのだが、もし失敗すれば理不尽に殺されるという重荷を背負っているのだ。
やる気が沸く筈もなく、こうして荷台で寝転びながらぐーたらもしたくなる。
「まったく、どれほど危ない状況か分かってるんですか? 食料がないんですよ?」
「わーってるよ。どうせ騎士団の経費で落ちるんだから良いだろ」
「そういう事を言っているんじゃありません。昨日寄った町で購入した食料を、貴方が全て食べたせいで無駄に時間を消費する事になっているんですよ」
「食べ盛りなの」
「二十歳が何を言ってるんですか、私だって食べ盛りです」
年齢的に考えれば、歳上であるルークが譲るべきだけど、そんな他人を気遣う真似がこの鬼畜勇者に出来るが筈もない。購入した食料をあるだけ貪り、馬車の操縦をティアニーズに任せ、本人は荷台でだらしなくダメな大人を見せつけている。
「心配すんな、お前の胸は食べてもデカくならないと思うぞ」
「セクハラで訴えますよ。それと、私の胸はそこそこ大きいです」
「知らんし興味ない。俺の好みはボインのお姉さんだ」
「それこそ知りません。欲望に忠実なのは良いですけど、変な犯罪に走らないで下さいね。一応勇者なんですから」
「俺は勇者じゃねぇ」
飽きもせず、こうして一日中下らない言い合いをする事が二人の暇潰しになっている。
それほどに暇なのだ。
ゴロゴロと左右に寝返りをうち、暇ですアピールをしていると、
「ルークさんは村から出た事ないんですか?」
「村の近くは行った事ある。畑だけじゃ食料がねぇし、動物狩って生きてたからな」
「へぇ、意外な特技ですね。どうですか? お金使うの勿体ないので狩りをするというのは?」
「別に構わねぇけど武器と罠がないと無理。罠を作るだけの材料買うくらいなら食べ物買った方が早いだろ」
「貴方が勇者の剣を折ってしまったから」
「しつけーよ、折ったのは俺じゃない」
恐らく、この先永遠に剣の事は言い続けられるのだろう。出発した初日はムキになって反論していたが、今やその気力すらなくなっている。
飽きというのは何事にも訪れるらしい。
「王都に行ったらまず私が話をします。ルークさんは直接国王に会う事になると思うので、くれぐれも無礼な真似は止めて下さいね」
「俺だって礼儀くらいわきまえてますぅ」
「初対面でため口だったくせに」
「歳下と格下とムカつく奴には礼儀を考える必要はない」
「歳下ですけど私の方が格上です。あと、ムカつく事なんて何もしてません」
「お前それ本気で言ってる? 逆にすげぇわ、お兄さん尊敬しちゃう」
顔色一つ変えずに言いきったティアニーズに、ルークは嫌みを込めて口を尖らせる。ティアニーズからは見えていないだろうが、ムカつく感じは確実に伝わっているだろう。
その後も中身のない会話を永遠と続け、日が落ち始めた頃。
犬の遠吠えや多分魔獣と思われる雄叫び。それらが耳に入ると、ティアニーズは馬車の速度を上げた。
夜は魔獣が活発になるので、基本的には町の中に居ない限りは誰も外出する事はしない。
この二日間で襲われなかったのは、運良く手頃な洞窟や巨大な木に身を隠していたからだ。
しかし、今回はそれらしき物は何も見当たらない。
一刻も早く安全圏に入りたいというのが速度を上げた理由に繋がる。
しばらく馬車を走らせ、
「ルークさん、町が見えて来ましたよ」
「おぉ、本当だ。田舎者には眩しいぜ」
「魔除けの魔石、それと壁のせいで明かりはほとんど外に漏れてませんよ。天井見上げてるでしょ?」
「俺って後頭部にも目がある特殊体質だから見えるの」
基本的に、魔獣に襲われる危険性のある田舎の町は低いながらも壁に囲われており、その低さを補うために魔石と呼ばれる魔獣が嫌う薄い半円状の膜が町を包んでいる。
その効力で町の光はあまり外に漏れず、外から見れば光はそれほどではないのだ。
流石に田舎育ちのルークでも知っているけれど、体を起こすのが面倒なので適当な嘘をついた。
バレバレだけれども。
馬車を進め、四つある内の東門へとたどり着く。
門の前には二人の憲兵と思われる男が立っており、松明を振り回して誘導を始めた。
ティアニーズはそれに従うように馬車を門の前で止め、
「食料調達と武器調達のために訪れました。騎士団所属のティアニーズ・アレイクドルと言います」
「騎士団ねぇ。紋章はありますか?」
「はい」
寝返りをうち、何やら話しているティアニーズへと目を向ける。ポケットから小石くらいの大きさの徽章を取りだし、それを男達に見せた。
男達はそれを念入りに調べ、納得したように頷いた。
「どうぞ、何時もお疲れ様です。馬は中の馬小屋に預けて下さい」
「分かりました。短い間ですがお世話になります」
小さくお辞儀をして、馬車は開かれた門の中へと入って行った。本来なら積み荷を調べなければいけないのだが、騎士団とはそれすらもしなくて良いらしい。
改めて騎士団の特権に驚きながらも、ルークは硬い床とおさらば出来る事に頬を緩めた。
その後、馬車を馬小屋に預け、数少ない荷物を持つと、ルーク達はようやっと町へと足を踏み入れた。
「すげぇな」
思わず声が本年漏れた。物心ついた時から村に居たルークにとって、町というのは初めてだった。
道を照らす街灯や、木造や石レンガ造りの家を見て田舎者っぽい反応が現れる。別段珍しい物ではないけれど、ルークにとってはまるで別世界だった。
「俺田舎っぽくない? 服とかボロボロだし」
「大丈夫ですよ。顔はそこそこ整っているので」
「褒めてんの? 何か複雑なんだけど」
村を出てから水浴びはしたものの、ドラゴンとの戦闘でボロボロになった服をそのまま着ている。ティアニーズも同じようなものだが、騎士団という思い込みもあり、特に浮いているようには見えないのだ。
「そうですね、その服で国王に会うのはあまりよろしくないです。服や装備を買うとして、まずは宿探しを優先しましょう」
「それも経費か。職権乱用だ、断固として国民は戦うぞ」
「必要経費です。無駄口叩いてないで行きますよ」
どちらが歳上か分からないようなやり取りを繰り広げ、ルーク達は町の活気に飲まれて行った。
大道芸を披露する者、野菜を売りさばく者、村とは違うテンションの高さにルークは耳鳴りが止まらない。
「アイツらうるせぇんだけど」
「仕方ないですよ、どちらも生活がかかっているので。声を上げて客引きに全力を出すのは当然です」
「やっぱ都会は身に合わねぇ。早いとこ済まして静かに暮らしてぇよ」
「はいはい、それより迷子にならないで下さいね。探すのは面倒なので」
周囲の様子に興味を引かれるルークに、ティアニーズは嫌な予感がしたらしく警告を促す。
話し半分で流し、ルークはとりあえず歩みを進めた。
それから数分後、ルークは町の広場と思われる噴水が特徴的な場所に立っていた。
町の中心なのか、先ほどよりも活気に溢れていて、歩く人間全てが笑顔を浮かべて歩いている。
そんな中、ポツリとたたずむ田舎者は呟く。
「……まっく、あの桃頭迷子かよ」
先頭を歩いていた筈のティアニーズの姿は消え、いつの間にやら一人になっていた。
勝手にティアニーズが迷子だと決めつけているが、恐らく迷子はルークの方。今頃、彼女はめっちゃ怒ってるだろう。
しかし、そんな事を気にするような性格ではないので、
「しゃーねぇ、探してやるか。これでアイツに貸しを一つ作らだろ? そうすりゃ逃げられるチャンスが増える」
一人で腕を組ながら頷くルーク。まだ逃げる事を諦めていないようだ。
基本的に、迷子になった場合はその場から動かない方が良いのだけれど、当然のようにルークは移動を開始。
「しっかし、無駄に金使ってるよな。噴水とか何の役に立つんだよ。飲み水として利用しろや」
噴水に文句を言いながら、ルークは広場を後にした。
土地勘など全くないし、歩けば歩くほど薄暗い路地へと進んで行く。今のルークは非常に運が悪いので、たまたま遭遇なんて事はあり得ない。
「……やべぇ、ここどこだ。いや迷子じゃねぇよ?」
誰に言っているのだろう。そんな疑問も沸くが、不安な時は独り言が増えるのだ。
街灯の明かりも少なく、月の光に照らされはいるが不気味な雰囲気が漂う。薄暗さには慣れているものの、見知らぬ土地で一人ぼっちはこたえるようだ。
来た道を引き換えそうと振り返る。すると、路地の入り口に二人の人影が見えた。
片方の人影は武器のような物を振り上げ、
「オイ、金目の物出しやがれオイ!」
「お、お金出して下さい! お願いします!」
大きな人影とは対象的に、小さな人影は行儀良く頭を下げて金品を要求。
ルークは二人を見つめ、とある事に気付いた。
小さな人影はともかく、大きな人影については見覚えがあったのだ。
「お前、あん時の盗賊か?」
バンダナ以外は特徴がなく、あんな衝撃的な出会いをしてなければ直ぐに忘れていただろう。
そう、ルークが強制的に旅立ったあの日に襲って来た盗賊のリーダーが立っていた。
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