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三章 量産型勇者の歩く道
三章十一話 『崩れる』
しおりを挟む満身創痍のティアニーズを連れ、ルーク達は一旦騎士団の宿舎へと戻っていた。
本来なら直ぐにでも病院に連れて行かなければならない状況なのだが、傷の具合と体を蝕む呪いを考慮した結果、魔法のスペシャリストであるメレスに一任された。
宿舎の中の一室、昨晩ルーク達が寝泊まりした部屋のベッドでティアニーズは横たわっていた。顔色は青ざめ、呼吸するのもままならない状況に見える。
ルークはその横の椅子に腰をかけ、左腕を包帯でぶら下げていた。
「おい、桃頭は大丈夫なのか」
「正直に言ってかなり危ない状況ね。魔法ならまだしも、ティアニーズにかけられてるのは呪い……私の管轄外よ」
「呪いと魔法って違うのか?」
「説明出来ない不思議な力っていう点では一緒だけど、そもそも使用するのに必要な物が全く違うわ。魔法は魔力、呪いは使用者の寿命を削って発動するの。危険だけどその分威力は段違いのよ」
「そっか」
自分から問い掛けといて、ルークは適当な返事を口にする。
ティアニーズの外傷の治療を終え、メレスがルークへと向き直る。血は止まり、見た目だけで言えば元通りにはなっているが、胸を上下させて必死に呼吸をしている様子は改善されてはいない。
「傷は治した、呪いの進行もある程度なら私で止められる。けど、完治させるのは不可能よ。本当なら呪いを解く専門の解呪師が居るんだけど、今はこの都市には居ない」
「どこになら居るんだ?」
「今、国中の解呪師は南のサルマに集まってる。色々と事情があるのよ」
「……だったらコイツは治らねぇのか?」
「本人の気力次第……って言いたいところだけど、気力でどうにかなるレベルの呪いじゃないわ。私が付きっきりで治療したとしても、もって二日……間違いなく死ぬわ」
「でも方法はある、違うか?」
うつ向くルークの言葉に、メレスは驚いたように目を開いた。実際、何かしらの解決法はあるのだろう。しかし、今のルークは冷静に物事を判断出来ないと考えていたようだ。
ルークは顔を上げ、メレスを睨み付けながら、
「仲間が死ぬかもって割には冷静じゃねぇか。お前は魔法の事なら詳しいんだろ? さっきの話じゃ呪いについても詳しそうだったし、この状況を打破する方法を知ってる筈だ」
「……アンタって本当に読めない奴ね。そうよ、ティアニーズを助ける方法はある。呪いの発生源を殺すか破壊するか、そのどちらかね」
「あの金髪の持ってた剣がそうだ。斬った相手に呪いを刻むとかなんとか言ってたぞ」
「なるほど……で、アンタもそれで斬られたのになんともないと?」
「俺も呪いにかけられた、でも裏技でどうにかしたんだよ」
剣を持ち上げ、残り三つになった宝石を見せる。イリートにも宝石に備わる不思議な力を見抜けていたということもあり、メレスが理解出来ると思い多くは語らなかった。
メレスは小さく頷き、
「それで、その裏技でティアニーズは治せないの?」
「無理だ、試したけどなんの効果もなかった。俺意外には扱えないし俺意外にはなんの効力も発揮しない」
「都合の良い裏技なのね。ま、それがアンタが勇者であるなによりの証拠……か」
「んな話はどうだって良い、呪いの元を潰せば治るんだな?」
「普通は治るわ。呪いの発動条件が剣で相手を傷付ける事なら十中八九ね」
「そうか、それだけ分かれば十分だ」
そう言うと、ルークは立ち上がって部屋を出ようとするが、メレスが扉の前に立ち塞がった。舌を鳴らし、
「退け、邪魔だ」
「どこに行くつもり? って質問は野暮よね。イリートを探すつもりなんでしょ」
「たりめーだ、アイツは俺がぶっ飛ばす」
ルークの強気な発言に、メレスは腕を組んでため息を溢した。髪をかきあげ、今も苦しそうにしているティアニーズを見つめ、それからルークの鼻先に人差し指を突き付ける。
「ティアニーズのため?」
「ちげーよ、桃頭がこうなったのは勝手に首を突っ込んだコイツのせいだ。それに、俺が敵討ちなんてする奴に見えるか?」
「全然見えない。けど、少し心が揺らいでる。ほんの少しだけ罪悪感があるんでしょ?」
「仮にあったとしてもコイツを守れなかった事に対してじゃない」
指を払い、退く気配のないメレスに一歩近づいた。
確かに、罪悪感が全くない訳ではない。けれど今言った通りに、ティアニーズが自ら選んだ道で躓いたのだから、そこに対する自責の念は欠片もなかった。しかし、
「気に食わねぇんだよ、戦意のない奴を意味もなく傷付けるアイツが。性格も容姿も声も全部が気に食わねぇ」
「それは私も同意。けどね、アンタが行って勝てるの? 現に負けてるじゃない」
「今回は負けただけだ。次勝てば問題ねぇだろ」
「強気で意地の強い男は嫌いじゃないけど、残念ながら行かせる訳にはいかない。アンタがもし死んだらどうするの? この世界は勇者を失う事になる」
「だから……何度も言ってんだろ、俺は勇者じゃねぇ! 大体、テメェらが勇者を祭り上げて好き勝手させてたからこうなったんだろ!」
思わず声を荒げていた。今までも勇者と呼ばれて苛立つ事はあったけれど、今回はその非ではない。
勇者という存在に頼りきり、特別な存在だからと許してきたツケがこれならば、許せる筈がない。
「最初から怪しいと思ってたんならなんで捕まえなかった! アイツが勇者だからか、魔獣狩りでの功績が大きかったからか!? んな事関係ねぇだろ、勇者だろうがなんだろうが犯罪者は犯罪者だ」
「耳が痛いわね。確かにアンタの言う通りよ、性格はアレでもイリートの実力は本物だった。だから騎士団もある程度は目を瞑ってきた」
「それがいけなかったんだろ! そのせいで何人死んだ!? アイツのやってる事は英雄でもなんでもねぇだろ」
「……上の指示よ」
「んな事興味ねぇ、テメェらが見逃して来た結果がこれだ。勇者なんてふざけた奴らを好き勝手にさせて来たツケがこれなんだよ!」
無意識にメレスの胸ぐらを掴み、内側から沸き上がる怒りに任せて扉に叩き付けた。
身をよじり、僅かに顔を歪めたメレスだったが、抵抗する気配はない。
「勇者ってなんだよ、英雄ってなんだよ。テメェら周りが勝手に呼んで付け上がらせたのがそもそもの原因だろ」
「すがるものが欲しかったのよ。それだけアスト王国の現状は悲惨なの、たとえ偽物だとしても、勇者って名前が重要だった」
「自分達の無力さを他人に擦り付けんじゃねぇ。弱いからってなにかにすがってもなにも変わらねぇだろ」
「アンタって意外と鋭いところ責めてくるわよね」
「テメェらの都合に俺を巻き込むな。俺は普通に暮らせりゃそれで良かったんだよ、勇者なんて英雄にはなりなくもねぇ。邪魔だ」
ヘラヘラと笑うメレスを容赦なく突飛ばし、ルークは扉へと手をかける。開き、部屋の外へと出ようとするが、
「ーーッ」
扉を開いた瞬間、ルークの頬になにかが勢い良く叩き付けられた。口の中が切れ、血の味が広がりながら後ろへと吹っ飛んだ。
ティアニーズの寝ているベッドに背中を打ち付け、口角から溢れる血を乱暴に拭うと、自分を殴った男への目を向ける。
「なにしやがんだテメェ……!」
「言っても聞かねぇと思ったからな、ちっとばかし暴力に頼った」
「ふざけんな、そこを退け」
殴った本人ーーアルフードは拳についた血をズボンで拭い、手首を回しながら冷めた瞳をルークへと向ける。
「行かせると思うか? 前にも行ったがお前の意思は関係ねぇ、勇者をみすみす死にに行かせる訳にはいかねぇんだよ」
「俺も前に言った筈だ、そんな面倒な役目を押し付けるんじゃねぇ。俺の喧嘩は俺が終わらせる、無能集団は黙ってろ」
「無能集団って騎士団の事か? いや、市民の批判は辛いなぁ」
「とぼけた事言ってんな……邪魔なんだよ!」
鼻を鳴らしながら言うアルフードの発言に、ルークの怒りが限界を迎えた。
立ち上がり、剣を投げ捨てるとアルフードに向かって拳を振り回す。が、簡単にいなされた挙げ句、足を払われて転がされると、そのまま腕を後ろへ回されて動きを封じられた。
「お前は俺よりも弱い、それでも人間にはお前が必要なんだ。その意味が理解出来ねぇのか?」
「グッ……お前らが欲しいのは剣だけだろ。あんな物欲しけりゃくれてやる……!」
「宝の持ち腐れってやつだ、あっても使えないんじゃ意味がない。俺達に必要なのはお前と剣のどちらもだ」
「なら他に使える奴を探せ、クソ迷惑なんだよ」
「いい加減ガキみたいな事を言うのを止めろ。お前は戦うしかねぇんだよ、どこへ逃げたって必ず運命がお前を付きまとう」
背中に乗るアルフードの体重で腕を締め付けられ、骨が軋む音が鼓膜を叩く。抵抗するなら本気で折るつもりなのか、その力は次第に大きくなっていく。
確かに、アルフードの言う事はもっともだろう。今のルークは面倒な事から逃げようとしているだけで、やはりそれは自分のためでしかない。
そこにティアニーズは関係なく、イリートを叩きのめすという感情しか存在しないのだ。けれど、
「どの道あの金髪を放っておいたら桃頭は死ぬんだぞ、だったら俺に行かせろ……!」
「イリートは俺達騎士団がどうにかする。部下をやられて苛ついてんのはお前だけじゃねぇんだ、お前は静かに黙って待ってろ」
「戦えって言ったり待ってろって言ったり、俺がテメェらの都合に付き合う理由はねぇ」
「そうだな、だがお前を今町から出す訳にはいかねぇ理由が出来た。イリートはまだこの町に居る、後は俺達に任せろ」
「任せろ? 笑わせんな、任せたからこうなってんだろ!」
傷の癒えていない左腕を無理矢理動かし、傷口が開いたのか包帯が赤く滲み始めた。それでも構わず、ルークは背中を押さえ付けるアルフードに抵抗するように立ち上がろうとする。
「止めとけ、出血多量で死ぬぞ」
「だったらそこを退け、俺はテメェらの都合で動く道具じゃねぇんだ。俺は俺の思うようにする!」
「聞き訳のねぇ奴だ、俺達はどうあってもお前を死なせる訳にはいかねぇ。お前が勇者として戦う意思があって進むなら話は別だがな」
「俺は……勇者じゃない……!」
「そう言うと思ったぜ。メレス、やれ」
折れる気配のないルークに呆れたのか、アルフードはため息混じりに呟き、倒れているメレスへと目を向ける。
服についた汚れを払い、メレスは心底面倒くさそうな表情になると、
「良いけど、私の事ちゃんと守りなさいよ。コイツ復讐とかしそうだし」
「わーったから、とっとと済ませろ」
「はいはい、隊長の命令だから勘弁してね」
「なにしやがーー」
メレスが背中に触れた直後、身体中を激しい電撃が駆け巡った。開きかけた口は強制的に閉ざされ、自分の意思とは反して体が震え上がる。
頭から足の指先まで痺れが回り、ゆっくりと意識が途切れていく。その最中、立ち上がったアルフードの言葉だけがハッキリと耳に滑り込む。
「確かにお前は勇者じゃねぇよ。だから勇者になれ、そうすりゃお前の進む道が見えてくるだろうよ」
声を上げる事も、暴れる事も出来ずに身体中の力が抜けていく。
ゆっくりと、ただゆっくりと、ルークの意識は暗い闇の底へと落ちて行った。
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