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第2章 十年前の話

一夜明け

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 馬の駆ける音が遠くから聞こえてきた。
 小気味のいい音はだんだん近づいてくる。そして手綱が引かれたのか、馬が戦慄くと、その背から降りて走り寄ってくる足音がしたのでナギリはそっと目を開けた。

 見ると夜はもう明けていて、空はすっかり明るくなっていた。
 逆光に照らされて顔は見えなかったが、足跡の主はすぐにレナードだと分かった。
 
 その駆け寄る音に、横で目を閉じていた青銅の蝋燭立ても顔を上げる。
 助けに来てくれたのだと喜び、口を開こうとした瞬間、レナードは実に精錬された動きで鞘から剣を抜くと、青銅の蝋燭立ての首筋に、髪の毛一本ほどの距離で刃を突き付けた。


「貴様――――!」


 レナードは血走った目を見開き、鬼のような形相で青銅の蝋燭立てを見下ろす。
 
 陽の光を反射して良く磨かれた刃が眩しく輝く。

「その方を誰だと思っている。ハーディス王国次期王のナギリ様だぞ!」

 青銅の蝋燭立てが何かを口にしたら、何の躊躇も無くそのまま首を刎ねてしまいそうな気迫であった。

 一晩中ナギリを探して駆けまわっていたのだろう。
 髪は乱れ、殺気立った姿は、戦場で彼が若獅子と呼ばれるのも納得が出来るほど、恐ろしい。

「やめろ、レナード。剣を下ろせ。
 私は大丈夫だから」

 レナードはそれでも信用できないのか、そのまま止まっていたが、やがて静かに剣を下ろし鞘に戻した。
 ナギリはほっと胸を撫で下ろす。

「他の者は無事か」

 一晩身を潜めていた大木の穴の外へと出て、レナードへと問いかける。

「は、生き残った者は、同盟国であるマルス公国に保護されております。
 ナギリ様も、どうかこちらへ」
 
 ナギリは、そうか、と相槌を打って、やはり昨日のことは夢ではなかったのだという事が分かって目を伏せた。
 
 レナードに、父上の安否を聞こうと思ったが、やめておいた。
 生きていたら、すぐに無事を知らせるはずだ。
 
 木の前で立っていた男、青銅の蝋燭立てと名乗った不思議な男は、黙って二人のやり取りを見ていた。
 明るい所で正面から見ると、案外年齢は若いようだ。
 切れ長の瞳に薄い唇、そして特徴的な黒髪を持った、美青年であった。


「お前も来い」


 ナギリが言うと男はその言葉に頷き、真っ直ぐとこちらに歩いて来た。

 しかし、昨日と同じようにその歩みは遅い。

 結局、馬にナギリと青銅の蝋燭立てを乗せ、レナードが手綱を引きながら歩く形を取った。
 草原を超えればマルス公国は目と鼻の先である。
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