馬に蹴られても死んでなんてやらない【年下αの魔性のΩ略奪計画】

水沢緋衣名

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第一章 

第二話

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 トレードマークの長い金色の髪を切り落とし、無難な茶色程度に収める。
 まるで真面目な人間の中に紛れ込む様に、俺はスーツに身を包んだ。
 今日こそは仕事が見付かる。俺の就職活動は絶対に決まるに違いない。
 そう思いながら面接を受け、懸命に自分のアピールをした後で、必ず決まって返ってくる言葉はこれだった。
 
 
「…………君の熱意と仕事に対する真面目な気持ちは解るんだけど………君、有名人だよね??
確か有名なヤンキーの…………」
「えっ…………いやいやそんな…………」
「斎川虎之助って名前と顔を………この辺で知らない人は居ないんじゃ………」
 
 
 面接のオフィスの一室で、俺と面接官のサラリーマンは凍り付く。
 この瞬間に俺は、また落ちたと思うのだ。
 面接に向かう先々で、このやり取りを何時も繰り返している。ひどいところは門前払いだ。
 清く正しく不良をやって来たつもりではあるけれど、清く正しい不良なんてものはそもそも矛盾した言葉だ。
 そんな当たり前の事に気付くまでに、俺は大層時間が掛かってしまっていた様だ。
 
 
***
 
 
「…………もう駄目だ俺………この街じゃ多分仕事見付かんねぇわ………」
 
 
 仏壇の前に腰かけて、そのまま後ろに倒れ込む。
 天井の木目の柄を目で追い駆けながら、物思いに耽り溜め息を吐く。
 不良をしていた長い年月を、物凄く無駄にしたと思いながら、畳の上で不貞腐る。
 物事を極める事に関して、αという性はとても向いている。だがしかし俺が極めてしまったものと言えば、不良としてのネームバリュー位だ。
 俺に出来る事と言えば喧嘩位しか無く、それ以外の知識なんてない。
 気が付いたら何にも出来ないロクデナシが一人、社会に出来上がっていた。
 
 
「………マジで俺、一体何やれば良いんだ………もう面接出来るとこ粗方全滅だろ…………」
 
 
 今日は意気込んでいった面接も上手くいかず、午後の居間でただただ落魄れる。
 自棄酒ならぬ自棄コーラをしながら、母さんの遺影の前で求人サイトと睨めっこ。
 大好きなコーラが今日はなんだか、何時もより炭酸が喉に突き刺さって痛い気がした。
 残り10日以内に、住み慣れたこの家から出ていかなければならない。もう時間がない。
 流石の親父もどうやら、俺の仕事の決まらなさに退いている様だ。
 出来るバイトさえもないとは、流石にどうかと俺も思う。
 
 
 目ぼしい求人は全て見て回った。自分でも取ってもらえそうな場所を探していたつもりだ。
 なのに落とされる。斎川虎之助の名前は自分が思っていたより、ずっとずっと一人歩きをしていた。
 この街は俺を知り過ぎている。何もかもが知られているせいで、働く事さえままならない。
 頭が就職活動でいっぱいいっぱいで、パンクしてしまいそうになる。
 もう一層どっか遠くに逃げたいとさえ、現実逃避も考えていた。
 何度も何度も求人サイトにスクロールを繰り返し、そのうち東京以外の土地の求人も漁り始める。
 その時、ある求人広告が視界に入った。
 
 
『旅館住み込みスタッフ募集。海からとても近い温泉宿。アットホームな職場です』
 
 
 それは都内から離れた温泉街にある、旅館の求人公告だった。
 温泉宿で住み込みのアルバイトが出来るのであれば、無理して引っ越しをする必要なんてない。
 それに場所だって県外だ。流石に此処までは『斎川虎之助の悪名』は轟いて居ないだろう。
 この時、全てをガラリと変える為には、他県に行く位の思い切りも必要だと感じた。
 
 
 品のある50代位の穏やかな着物姿の仲居さんが『嘉生館かしょうかん』と書かれた、のぼり旗を手にして微笑んでいる。
 他の写真だって年配の従業員の人が、穏やかに笑いながら自然と共に写っているものだ。
 作り笑顔なんかじゃなく、ありのままに朗らかに人が過ごしているのが、手に取るようによく解る。
 それに一番素敵だと感じた所は、この職場はΩの就労が可能なところだった。
 
 
 大体のΩがまともな職に就くことが出来ず、酷いところは風俗勤務だ。
 そんな中でこんな風に、小さくとも何処かのΩを救えるなんて、とても素敵な事だと感じた。
 まるで誘われるかの様に、俺は記載された電話番号を携帯に打ち込む。そして嘉生館に電話を掛けた。
 
 
『はい、もしもし嘉生館です!!』
 
 
 とてもハキハキした様子の明るい声色が響く。俺はそれに内心ドキドキしながら言葉を返した。
 
 
「あ、あの………俺、東京の人間で………求人見たんですけれど………!!!
住み込みでアルバイトって、まだ定員大丈夫ですか………???」
『大丈夫ですよぉ!東京からわざわざありがとうございます!御連絡先よろしいですかぁ??』
 
 
 電話の対応の良さと、声だけでわかる人となり。肩に無理に力をいれる必要もなく、自然体で話を進める。
 何よりここ最近の就職活動は、門前払い迄されるくらいの対応が続き、俺はとても弱りきっていた。
 人間として対応して貰えている。それだけで涙が出そうな程に嬉しい。
 時折笑みを溢し合いながら、誰か解らない電話の主と会話を進める。
 すると先方から、驚くべき提案が飛び出した。
 
 
『都内からわざわざこちらまで面接に来るのでしたら、旅行感覚でお試しの短期アルバイトしてみますかぁ?
それで身体に合うかどうか試してみますぅ?』
 
 
 それを聞いた時、懐の広さを感じる企業だと感動する。
 そういう申し出は此方からすれば、もの凄く有難いことだ。
 
 
「………良いんですか?助かります!」
『アハハ!!大丈夫です!!宜しくお願い致します!!』
 
 
 電話の向こうから聞こえてくる声色は、まるで鈴を転がしているみたいに賑やかだ。
 話をしている最中に、その声の主が男性な事に気が付いた。
 この声色の感じだと、年齢はとても若いに違いない。まるで少年みたいな声だと思った。
 
 
『じゃあ、来る日取り決めましょう?何時にしますぅ?』
「………もう明日とかでも大丈夫です!!」
 
 
 俺がそう叫べば、電話の向こうからまた鈴を転がした様な笑い声が聞こえる。
 穏やかでとても心地の良い笑い声。俺はこの人の声が何となく好きだと思った。

 
 
***
 
 
 まさに有言実行を施行し、電話をした次の日には、荷物を纏めて家を飛び出す。
 正直ダメで元々位の気持ちで受けた面接である。
 例えご縁が無かったとしても、いい頭のリセットになるに違いない。気分は本当に旅行感覚だ。
 
 
 朝7時発進の新幹線に乗り込み、約一時間仮眠をとる。
 電車の中で目を醒ませば、窓から真っ青な海が見えた。
 陽の光を反射しながらキラキラ輝く水面の美しさに、思わず顔が綻びる。
 面接に落ちてしまっても、これが見れたなら後悔は無いと思う。
 それ程迄に美しい景色が、俺の目の前に広がっていたのだ。
 そして俺は、海の見える古びた駅に降り立った。
 
 
 嘉生館のある町は、海が目と鼻の先にある。
 小さな商店街にはお土産屋が立ち並び、絵に描いた観光地そのものだ。道を歩けばこの町の名物であろう、海産物の焼ける匂いが漂ってくる。
 とても長閑で穏やかな町の人々は、よく笑いのんびりと暮らしているみたいだ。
 俺は初めてこの街を訪れたけれど、純粋に良い場所だなぁと思う。
 商店街を暫く歩いて神社を通りすぎ、木々の増えた道の中を歩いてゆく。その先で古き善き木造建築の門構えが、俺の事を出迎えてくれた。
 
 
「此処が嘉生館………」
 
 
 此処に来る前に俺は嘉生館のことを調べた。
 客室総数23室の小さな旅館には、源泉掛け流しの二種類の温泉が引かれている。
 温泉付きの客室の数は3部屋。創業80年の老舗の旅館には、マニアな固定ファンもついているそうだ。
 嘉生館の門に足を踏み入れると、緑の薫りがふわりと漂う。
 手入れのされた庭の奥には、悠々と鯉の泳ぐ大きな池があった。
 
 
 そういえば昔、母さんがまだ元気で生きていた頃に、こういう旅館に遊びに行ったことがある。俺はその時まだガキだった。
 親父と母さんと手を繋いで、キラキラ光る海の真っ白い砂浜を歩く。
 嘉生館は俺が昔行った旅館ではないけれど、その頃の懐かしい気持ちを思い返させてくれた。
 
 
「………来て良かった」
 
 
 思わずそう呟くと玄関からヨロヨロと、嗄れた小さな爺さんが一人出てくる。
 その爺さんの見た目はどっからどうみても、絵本の中に出てくる小人そのものだ。
 スーツの上に『嘉生館』と書かれた、クリーム色の法被を羽織っている。
 彼は曲がった腰のまま俺に近付き、俺を見上げて口を開いた。
 
 
「御予約のお客様ですか??」
「……あ、いや、俺、今日面接予定の斎川です………」
 
 
 俺がそう告げると、爺さんはしわしわの顔を更にしわしわにして笑い、手をポンと打ってみせる。
 彼を見ながらこの場所の従業員の年齢は、それなりに歳上なんだろうと察した。
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