馬に蹴られても死んでなんてやらない【年下αの魔性のΩ略奪計画】

水沢緋衣名

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第五章 

第一話

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 操さんの一週間はフレキシブルで、たまの休みは大体子供と『おばあちゃん』と言われている人に家族サービス。
 それ以外は嘉生館で朝から晩まで働いているのだ。
 経営側に回っていない俺は、固定の休みを貰っているし、週二回は必ず身体を休めている。
 それでも身体が疲れる。正直身体はとても辛い。でも俺より遙かに休みの無い操さんは、元気に働き回っている。
 経営者は体力がなければ出来ないと聞くけれど、操さんの体力は本当にすごい。疲れを一切知らないとさえ思う。
 操さんが朝に着替えをしている姿を横目に、俺はそう感じていた。
 
 
「あー、虎ちゃんおはよぉ!!今日、遅番だよね??」
「あ………おはようございます………そうです…………」
 
 
 ニコニコ笑いながら着物の着付けを終わらせた操さんから、肌艶が良くなった様な感覚がする。
 ヒート時の操さんを抱いて以来、俺と操さんは身体だけの関係を続けていた。
 必死になって理性で抑えて、今日は首回りを噛まずに済んだけれど、操さんの付けていたチョーカーはもう大分ボロボロだ。
 剥げた首輪のエナメル質は、真っ白な肌のお陰で余計目立って見える。
 
 
 昨夜の操さんは今日が早番にも関わらず、俺と二回もセックスをした。
 しかも二回目は操さんから求めてきている。体力が底なし過ぎじゃないかと流石に思う。
 
 
「俺、今日早番だからもう行くねぇ!……また遊ぼぉ??」
 
 
 操さんはそう言いながら、俺の顔を覗き込む。
 唇をぶつけるだけのキスをすると、起き上がって颯爽と部屋から出て行った。
 操さんの背中を見送りながら、俺はまた布団の中で目を閉じる。
 完全に操さんに生気を吸われたと思いながら、思わず苦笑いを浮かべた。
 
 
 操さんは遅番の勤務の時、社員寮に泊まる。その日の夜は大体、俺が操さんを抱いている。
 それに黒い着物を身に着けている時は、高確率で激しく抱かれたがるのだ。
 操さんと俺がこういう関係になり早二か月。その間に解った操さんの事はそれくらいだ。
 そしてセックスの合間に必ず「愛している」と伝えてはいるけれど、返事は変わらず何時もと同じ。
 
 
 身体は幾らでもあげるけど、心はあげられない。
 
 
 その返事が返ってくる度に、とても悲しくなるけれど、約五年も件の男を待っていた操さんを思う。
 そうそう簡単に心が変わる訳がないんだと、自分に自分で言い聞かせる。
 それにあれだけの美しい人が、もっと早くに心変わりが出来ていたら、とっくの昔に他の誰かと番えていたに違いない。
 本当に恋心があるのかどうかなんて解らない位、その人との事は昔の話だ。最早感情が執着になっていてもおかしくない。
 それなら長い時間をかけていい。長い長い時間をかけて、操さんを振り向かせる。その覚悟を噛み締めながら、操さんの匂いの残る布団で微睡む。
 本当にこの恋は、喧嘩や勝負をしてる気持ちだ。だけど勝算はまだまだ見えない。
 でも付け入る隙があるもんだから、愛を囁くのを諦められない。
 
 
***
 
 
 照りつける八月の陽射しを浴びながら、庭の草をむしってゆく。嘉生館の庭はとても広く、手入れが大変だ。
 流石に植木の手入れだけは、庭師に頼めるようにお願いをしている。けれど、細かな草刈りの作業は俺が担う。
 夏の庭の草の育ちはとても早く、ほったらかしにするとすぐに生い茂る。
 嘉生館の庭の景色を守るために、今日も俺は重装備で草むしりをしていた。
 
 
 嘉生館はとても自然が多く、都会では見れない虫がいる。
 カブトムシやらクワガタやら、子供の好きそうな虫もよく見かけるのだ。
 そして今、八月。丁度今は夏休みのシーズン。
 遠くで響く蝉の声に耳を傾けながら、そろそろ奴らが来る頃だろうなと感じていた。
 
 
「虎ぁー!!見て見てぇ!!!これぇ!!!俺の捕まえたカブトムシ!!!」
「ボクはアゲハチョウを描いたよー!!!」
 
 
 砂利の上をバタバタと走りながら、佐京と侑京がこっちに来る。
 操さんチの悪ガキ二人は今、絶賛夏休みの真っ最中だ。毎日のように嘉生館の庭にやって来ては、騒々しく遊んでいる。
 二人を見ていると、嘉生館がさらに明るくなるなぁと思うのだ。
 
 
「おー、二人ともいいじゃん。カブトムシでけぇし、絵は綺麗だな!!」
 
 
 悪ガキ二人は照れ臭そうに笑い、また走り去ってゆく。
 作業に集中していた俺は、ほんの少しだけ休憩をしようと思った。
 ラムネを三本買い、何時ものベンチで佐京と侑京と並ぶ。
 キンキンに冷えた炭酸の心地のいい甘さと、照りつける太陽の日差し。とても夏らしい事をしていると思った。
 
 
「あら、三人とも良いわねぇ!!日向ぼっこ??」
「そう!虎がラムネくれたの!!」
 
 
 俺と悪ガキ二人組の前に、林さんがやってくる。林さんは佐京と侑京の前に座り、視線の高さを合わせていた。
 佐京と侑京はニコニコしながら、林さんに汗をかいたラムネの瓶を見せつける。
 チラリと俺を見上げた林さんは、意味深な視線をこっちに送った。
 
 
「アラー!!良いわねぇ!!虎ちゃんは本当に操さんトコの子と仲良しねェ!!」
 
 
 最近の林さんの中では、俺と操さんは付き合っているという認識のようだ。
 多分林さんは俺が操さんと付き合っているから、佐京と侑京を手なづけようとしていると勘違いをしている。
 まさか操さんと俺は身体だけの関係だとは、夢にも思わないだろう。
 
 
「あー、まぁーそうですねぇ………」
 
 
 なんの返事を返しても、誤解は悪化するだけだろう。そう思いながら適当な相槌を打つ。
 というかされている誤解の方がまだ、健康だし健全な位だ。
 すると林さんが、ニコニコ笑いながらこう言った。
 
 
「ああ、そういえば明後日に嘉生館の近くの神社でお祭りがあるでしょう?行くのかしら??」
 
 
 お祭り。嘉生館の近くには神社がある。
 それなりに大きな神社で、何度かテレビ番組に取り上げられているのも知っていた。
 この町に観光に来た人は、大体が嘉生館の近くにある神社に遊びにいく。
 その神社の事を俺は余り詳しくは知らないが、結構有名な願掛けの神社だと学んだ。
 
 
「へぇ、お祭りあるんですね」
「そうよー?この時期は嘉生館は忙しくなるから!!虎ちゃん知らなかったのね!嘉生館が何時もより人に溢れるから大変なのよォ!!」
 
 
 そう言いながら林さんは、佐京と侑京に飴玉を配る。
 そういえば俺は明後日は繁忙期なのに、シフトの都合上休みになっていた気がする。
 この時俺は林さんが、俺に佐京と侑京を連れ出させようと企んでいるのに、うっすら気が付いたのだ。
 解りやすい自覚はある方だが、きっと俺が操さんを好きなことは、とっくに皆に感付かれているだろう。
 林さんは俺の恋に対して、激しく協力している気がする。
 余りにも恥ずかしい気持ちになり、ラムネに慌てて口付ける。ラムネはビー玉に邪魔をされて、上手に出てきてくれなかった。
 
 
「………お祭り行きたい!」
 
 
 侑京がそう言いながら目を輝かせる。佐京もそれに相槌を打つ。
 林さんは意味深な笑みを浮かべて庭から去ってゆく。その笑みは上手く手懐けろと言わんばかりであった。
 
 
***
 
 
 佐京と侑京の会話がお祭りに行くことばかりになった時、水色の夏着物を着た操さんがやって来た。
 手には荷物を抱え、帰り支度を済ませている。
 そういえば今日は早番だと、今朝方云っていたなと思い返した。
 
 
「あ、虎ちゃん御苦労様ぁ!佐京侑京、帰ろうー!!」
 
 
 操さんがそう言いながら佐京と侑京を抱き締める。
 すると佐京が操さんの顔色を窺いながら、そわそわした雰囲気を醸し出した。
 お祭りがあることを聞いた悪ガキ二人は、お祭りに行きたくて仕方が無さそうだ。
 操さんが何か言いたげな佐京から、言葉を聞き出す様に首を傾げてみせる。
 中々言葉を紡ぎ出せない佐京を見た侑京が、はしゃいだ様子で横からこういった。
 
 
「ねぇママ!明後日神社のお祭りあるんでしょ!?行きたい!!」
 
 
 お祭りという言葉を聞いた操さんは、何かを懐かしむ様な目をする。
 穏やかに目を細めながら、小さく囁いた。
 
 
「あー、もうお祭りの時期かぁ………そっかぁ…………」
「うん!お祭り行きたい!!」
 
 
 侑京がそう言うと、佐京がこくこくと相槌を打つ。
 けれど操さんは少しだけ苦笑いをして、困った様に頭を掻いた。
 
 
「あー…………でもなぁー………俺この日遅番だなぁ…………。あの人、お祭り行きたがんないしなぁ………」
 
 
 操さんは複雑そうな表情を浮かべ、携帯電話の中のカレンダーを睨み付ける。
 あの人という言葉を聞いた時に、佐京と侑京から出てくる『おばあちゃん』の事だと察した。
 困った表情を浮かべる操さんと、不安げな顔をする佐京と侑京。
 段々心苦しくなってきた俺は、佐京と侑京の肩を掴んだ。
 
 
「………操さんっ!俺、二人連れてお祭り行ってきます………!!」
 
 
 俺がそう言い切ると操さんは目を丸くする。そして佐京と侑京が嬉しそうに笑い、俺にしがみついてきた。
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