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第六章

119話

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 さてと、いったいどれくらいの量になっているかな。
 多少予想より多いくらいだと嬉しくはあるが、少なくてもそれはそれで構いはしない。
 どっちにしろ俺が支払う額に変更はないんだからな。

 今日は小麦の引き渡しの日だ。
 屋台で色々と買いながらやって来た商業ギルドは、中に入れない程とても混み合っていた。
 入口前の人集りが凄くて、本当に入ることができないのだ。

 この時間はこんなに混むのか……。
 ちょっと時間を潰してくるかな。

 周りを見渡すと、丁度よさげなカフェがあった。
 テラス席もあるから商業ギルドの入口も見渡せる。人集りが落ち着いたかどうかもここならわかるだろう。
 人集りで入られない商業ギルドに背を向けてカフェに向かった。
 テラス席に座り適当に注文する。
 以前買った本を読みながら時間を潰すことにする。



「……何か人が増えてないか?」

 カフェで本を読み始めて30分位経っただろうか。
 商業ギルド前の人集りは解消されるどころか更に人が増え、ちょっとした混乱状態だ。
 所々で小競り合いも起きているようだし……。

「商人も冒険者並みに激しいんだな。ん?あれは警備兵か。そりゃこんなになってたら警備兵も来るわな」

 と、呑気にその様子を見ていた。
 するとあれだけ騒がしかった商業ギルド前が一瞬で静かになった。
 何があったのかと思いよく見ると、商業ギルド前の人達が全員2階部分の方を向いていた。
 よく見ると、2階の窓の1つから男が顔を出して何か喋っていた。
 少し距離があるので、ここからは何を言っているのかは分からない。
 しかしあの男が、混乱と言ってもいいような状況を沈めているのは間違いなさそうだ。

 商業ギルドのお偉いさんか何かかな?発言力のある人物なんだろうな。

 そんなことを思っていると、なぜかその男と目が合ったような気がした。
 いや、それは気のせいではなかった。
 男は商業ギルドから出てきて人集りを強引に突破し、俺の所へ走ってきた。

 誰だ?と思ったが、よく見ると小麦の件で話したディーンだった。
 ディーンはハァハァと息を切らしながら、テラスの手すりにもたれ掛かった。

「ディーンさん、おはようございます。たまには運動した方がいいですよ?」
「ハァハァ……。おはよう…ございます。……普段の仕事をしている分には、今のままで構わないはずなんですけどね」

 暗に、走って俺の元に来たのはイレギュラーみたいに聞こえるんだけど?

「えっと、もしかして私のせいですか?」
「あ、いや、そう言うわけではないんですけど。でもないわけでもなくてですね」
「あの、心当たりがないんですけど」
「実はですね、あの方達、小麦の入札に漏れた方々なんです」

 そう言って後ろを振り返った。
 それにつられて俺も商業ギルドの方へ視線をやると、あの人集りの人達全員が血走った目でこちらを見ていた。

 怖!!めっちゃ怖いわ!

「それはあの人達が提示した買い取り価格が高かったからですよね?」
「ええ、それはそうなんですが。あの方々は、入札の最低額よりもっと下げるから買い取ってもらえるように交渉して欲しいと言われてまして。それでドルテナさんが来るまで待っている状況なんです。あ、ドルテナさんが購入者とは伝えていないので大丈夫です」
「……大丈夫です。って言っても、あの状況からディーンさんが私の所へ走ってきたら、私が購入者って言っているような物なんじゃないですかね……」
「…………」

 俺の指摘にやっとディーンも気が付いたようだが、事既に遅し。
 あの人集りが「だるまさんが転んだ」の如く、俺が人集りから視線を外すたびににじり寄ってきていた。
 試しに一瞬だけ視線を外して直ぐに人集りに視線を向け直すと、何人かは片足立ちで踏ん張っていた。

「それで、あの血走った人集りを解消するのは、商業ギルドのお仕事とお見受けしますが?」

 商人の管理は商業ギルドがやるべきだ。
 冒険者の俺がやることではない。というか、御免被りたい。

「ええ、それは重々承知しております。そこを何とか、何とかならないでしょうか」
「何とかって、要はもっと買えって事でしょ?1袋何千バルもする ── 」
「何千バルもいらない!1,000だ!俺は1袋1,000バルでいい!在庫を全部買い取ってくれるなら1,000バルで買ってくれ!」

 いつの間にか、血走った人集りがテラス席の直ぐ側まで来ていた。
 そして俺の声を聞いた1人が、俺の話を遮るようにして売値の声を上げた。
 これを皮切りに市場の競りの如く、次々と値を更新し合う。
 テラス席周辺が一気にオークション会場へと様変わりした。
 奇しくもテラス席は地面より数段高い位置にあり、プチステージと化してしまった。

「なら俺は900バルだ!」
「私は700!700バルよ!」
「600だ!」
「300!」

 俺とディーンに向かって商人達が次々に値を告げていく。
 あまりの出来事に俺もディーンも固まってしまった。
 そんな中、司会者のいないオークションは佳境を迎えようとしていた。

「120だ120!」
「……110!」
「いいや、105だ!」
「100だ!100でどうだ!」
「…………」
「いねぇか?いねぇな!よし!俺の勝ちだ!」
「おめでとうございます!100バルで落札です!ってなるかぁぁ!!」

 思わずノリツッコミをかましてしまい、立ち上がった。
 静まりかえるオークション会場。もとい、カフェテラス前。
 血走った人集りが見る見るうちに悲壮感漂う人集りへ変わっていった。

 何故そこでディーンまでそんな悲しげな顔をするんだよ!
 商人の管理はそっちの仕事でしょうが。
 っていうか、小麦1袋100バルとか安すぎだろ……。
 そりゃ後数週間後にはゴミになるだろうけど、いやだからこそか。売れるうちに売ってしまえホトトギスってか。

「はぁ、ったく。ディーンさん、あなたにも手伝ってもらいますよ」
「私ですか?えぇ、私にできることでしたら」

 この人達を1人で相手にするのは大変そうだからな。立って居る者は親でも使えってね。
 俺は悲壮感漂う人集りに向かって声をかけた。

「皆さんのお気持ちはわかりました。本日のお昼12時までに商業ギルドの倉庫へ持ってきてもらった小麦は買わせていただきます。価格は1袋150バル。但し、昨年収穫された小麦に限ります」
「うぉお!」
「150でいい!俺は売るぞ!」
「直ぐに帰って準備だ!」
「馬車の手配よ!」

 さっきまでの悲壮感はどこへやら。目に力の戻った商人達は雄叫びを上げて方々へ散って行った。

 あの価格なら全員が売りに来ることはないだろう。さっきいた半数が持ってくればいい方だろうな。
 俺に売らない人は、1袋150バルで売るなら他で売った方がいいと考えても不思議ではないからな。

 商人達がいなくなったことで辺りが静けさを取り戻したカフェテラス。
 再び席に着き、まだカップに残っていた冷めたお茶を飲み干した。

「ディーンさん、先程手伝ってい……ディーンさん?…ディーンさん!」

 誰もいなくなったテラス前をホケーと眺めたままディーンが固まっていた。

「ッハ!す、すみません。商人って怖いですね」

 いや、あんたがそれを言っちゃぁいかんでしょうが。

「ディーンさんには、俺が貸してもらう予定の倉庫で今の人達から小麦の買い取りや受け取りなんかをしてもらいますよ」
「私1人では無理ですよ!そうだ、職員を何人か呼んできます」
「構いませんけど、手数料や手間賃は出しませんよ?」
「えぇ、勿論ですとも。早速ですが倉庫に向かいましょう。先程の人達が来る前にドルテナさんへ小麦を引き渡さないと置く場所がありませんので」
「そうですね。では案内をお願いします」

 カフェを出てディーンと合流する。

「ドルテナさん?馬車は?」
「馬車は必要ありません。大丈夫です。ちゃんと回収しますから」

 俺が運搬用の馬車で来ていないことに不思議がるディーンに案内されながら、商業ギルド裏の倉庫に向かった。
 案内してもらった倉庫は商業ギルドが持っている倉庫の中でも1番大きな物だったが、殆ど小麦で埋まっていた。

「……ディーンさん、俺、金貨30枚しか渡してないですよね?何か多くないですか?」
「はい、確かに金貨30枚分お預かりいたしました。結果から申しますと、平均入札価格は1袋1,413バル。21,232袋となって ── 」
「に、にま!2万?!」
「はい、21,232袋でございます。最後は端数が出ましたが、それでもいいからと言うことで1袋購入しております。これできっちり金貨30枚です」

 想定外だ。
 安くなるとは思っていた。それでも1袋5,000バル前後だろうと予想していた。だから6,000袋くらいだろうなと。
 俺の認識が甘かった?
 いやいや、そんなことはないだろう。ハンスから買った小麦の価格から考えても5,000バルは妥当だ。
 つまり、それだけ皆在庫に困ってるって事なのか?
 前世のスーパーだって、賞味期限当日の商品は安くなっても半額だったよ?

 ん?まてよ。
 そうなるとさっきいた商人達、まさか全員売りに来るとか……ないよな?

「それではこちらが明細です。さてと、これ、どうされるんですか?」
「あ、はい。回収させてもらいます……ますが、あの、今からする事をあまり人に言わないでもらえますか?」
「ええ、犯罪行為でなければ」
「ありがとうございます。では……」

 階段状に積み上げられた小麦の袋を登って行き、頂上へ辿り着く。
 そして一番上からアイテムボックスへ次々と入れていく。
 下から見るとよくわからなかったのか、俺の行為にたいして反応がなかった。
 しかし、次第に気が付いたのかディーンは驚愕の表情をしていた。

「ディーンさん、終わりましたよ」
「な、なんなんですか!そのアイテムボックスは!あの小麦の量を収納できる容量のアイテムボックスなんて聞いたことないです!そうだ、ドルテナさん、商人になりませんか?あなたならきっと商に ── 」
「いえ、結構です。今までにも誘われましたが、行商人や商人になるつもりはありません。私は冒険者なんです。それよりも今から来る商人達のこと、頼みましたよ」
「わ、わかりました。代金はこちらから商人達にお渡しできるようにしておきます。後ほどドルテナさんへまとめてご請求いたします。では手伝いを探してきますので後ほど」

 そう言ってディーンは倉庫から出て行った。
 直ぐに数名の職員がやって来て、列を整理する者、数を数える者、記録する者、そして支払いをする者とに分けられた。
 職員の配置が完了して数分後には、第1陣が到着してきた。
 これを皮切りにどんどん商人がやって来ては小麦を売却して帰っていった。
 締め切りの12時前には人っ子ひとりいなくなった。

 そしてアイテムボックスには、とんでもない数の小麦がストックされることとなった。
 その数、4万を軽く超えていた……。

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