社内恋愛はじめました。

柊 いつき

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123.誰にも言えない③

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課長代理が管理部の上司としてではなく、真央ちゃんの友人として私の話を聞いてくれようとしている。その申し出は予想外でもあり、救いの手でもあった。ただ、今の私には彼の真意というのが全くつかめなず、頭の中でいろいろな想いが巡る。

...山本さんの時みたいに課長代理にも手のひらを返されてしまったら?

それが私の一番恐れている事。
それでも彼が普段から真央ちゃんの話題を振ったりしてくれる日頃を思い出し、「鳴沢の友人として」という何気ない言葉が課長代理を信じる事の決め手となった。

差し伸べられたこの手に縋りたい。
もう、楽になりたい。

そのくらい、私の心は疲れきっていたのだ。

「...御察しの通りです。人間関係が...辛くて、苦しいです」

ようやくの想いで溜息と同時に言葉を出して、瞬きをするとテーブルの下で握りしめていた拳にポタリと涙が落ちる。私が話し出す事をずっと見守っていた課長代理はここで初めて続きを促した。

「具体的にはどういう事かな?」

「...実は」

思い切って話そうとして、息が詰まる。それでも少しずつポツリポツリと言葉を繋いでゆき、その言葉に管理部の人間である課長代理は、否定することも、肯定することもなく、じっと黙って聞いてくれた。だから、拙いなりに自分の言葉で最後まで思いを伝えることができた。最後の方はしゃくりあげるように泣いてしまい、それまでも受け止めて貰えて。

「理由は良く分かりました。少々予想外でしたけど」

その意味深な言葉に、俯いてしゃくりあげていた涙がピタリと止まる。

...え?予想外...?

顔を上げると彼は涼しい顔で煎茶を啜っていた。そして、一息ついた後口角を上げ、そのソフトな容貌に不似合いの不敵な笑みを浮かべる。

「...ハッタリは営業職にはなくてはならない、必要なスキルですからね」

...ハ、ハッタリって、嘘ってこと?

心の中で全てをさらけ出してしまった後悔やら騙された複雑な気持ちが頭の中を駆け巡り、それには申し訳なさそうに課長代理は弁解してくれた。

「実は人間関係だろうなとは思いましたが、具体的には分かりませんでした。でも、話を聞いたからには秘密は守りますし、必ず何とかします」

『必ず』という言葉は今の私には心強い。それでも課長代理が一介の部下の私の事を気にかけてくれる理由は、皆目、見当がつかない。

「...何でこんなに親切にしてくださるのですか?」

さっきまで冷静に話を聞いてくれた彼が、この質問には少なからず動揺していたのか「さあ、戻りましょうか」と、有無を言わさずレシートを持って立ち上がろうとしていた。そこにはすかさず私も食い下がり、課長代理はやれやれと観念したようだった。

「三浦さんは部下でもありますが、鳴沢の大事な友人です。それに私はある人に義理というか借りがありますから」

「義理と...借りですか?それが私とどういう関係が...?」

「まあ、それはこちらの話ですので」

意味の分からない言葉に困惑した私を残し、彼はそれ以上は聞いてくれるなとばかりにスタスタと会計にいってしまう。私はご馳走になってしまったものの、何となく釈然としない。それから、帰り道でようやく教えてもらえたことと言えば。

「...私の性格上、借りっぱなしというのは許しがたいのです。それに三浦さんにも少し負い目がありますし」

ますます謎が深まるばかりだったけれど、その日を境に私の悩みの種が少しずつ解消していったように思えた。それはもちろん課長代理の行動の賜物だった。彼は管理部においてあからさまに、私に注意を向けてくれていたのだ。それを山本さんには牽制と受け取ったようで、彼からの精神的な嫌がらせのようなものは明らかに減っていった。その反面、管理部以外に於いて厄介な噂が立つことになってしまう。

管理部は男性社員ばかりだったので表立って噂される事はなかったけれども、他の部署では密やかに私と課長代理がただならぬ関係だと噂されていたらしい。営業部の美波ちゃんからはわざわざその事を聞かれ私は否定も肯定もせず笑っていた。でも、それは課長代理の想定内の事らしく、彼のアドバイス通りの事を私は行動しただけ。彼はその為に薬指から既婚者の印もいつの間にか外してくれている。そのくらいの方が真実味があると彼は笑い飛ばしてくれたけれども、流石の私もその行動には困り、賛成しかねた。

そして、とうとう、2人きりの残業の時に初めて課長代理に意見した。

「変な誤解を受けませんか?その...」

真央ちゃんにと、具体的な名前を言えずに口ごもる。彼が彼女を気にしているという確証は全くなかったからだ。それでも彼は何かを察したようで涼しい顔で小さく笑った。

「まぁ、人に誤解されるのは慣れています...それよりも、今は自分の事だけを考えて下さい。そうでなければ私がここまでした意味はありませんから」

冷たい言い方だったけれど心配しないでと言われた気がして、それ以上私が続ける言葉は見当たらない。今の私は全幅の信頼を課長代理に置いており、だからこそ彼に迷惑はこれ以上かけたくなかったし、少しでも力になりたいと思っていた。

そうなると私のすべき事は1つしかないと考えるようになる。
課長代理にとっては余計な御世話で、例えそれが私の自己満足に過ぎないとしても。
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