社内恋愛はじめました。

柊 いつき

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137.beloved⑤藤澤視点

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12月某日の昼下がり。昼休憩から戻るとデスクで小鳥遊が盛大にため息をついていた。

...なんだ、あいつ?

その様子を見てしまった俺は気になっていたものの、そこまでお節介な上司ではないので余計な詮索はせずに放っておく。すると彼の方からワザワザこちらのデスクに出向いてきた。

「あの課長...」

「どうした?何か困り事か?」

神妙な面持ちの彼に、今気がついたかのように尋ねると予想的中。

「あの個人的にご相談が...」

いつもは物怖じせず話す小鳥遊にしては珍しく、言葉の歯切れが悪い。これは余程深刻のことなのだろうかと探りを入れた。

「今、聞いても大丈夫な案件か?」

小鳥遊は俺の問いに周りをキョロキョロ警戒しだしたので、察する。

「OK。勤務時間外で時間を作ろう。で、お前は何時が良いんだ?」

彼と話す傍、システム手帳を確認すると小鳥遊がとても言いにくそうに。

「その...出来たら今週の水曜日か、金曜日あたりにでも」

言われた通りにカレンダー表示を確認。それは12月22、24日のというクリスマスシーズン真っ只中の日付だと気がついた。

...なんで、こんな日に?

俺はともかくとして若くて独身の小鳥遊にとってクリスマスというのは大事なイベント事だろうにと、もしかしたら彼自身、イベントに気がついていないのだろうかと勘繰る。

「...今週の水、金は俺はフリーだが、小鳥遊は大丈夫なのか?」

「あ、俺の方もその日が良いんです!だから、空けておいてください!よろしくお願いしますっ!」

大きく頭を下げた小鳥遊はその場から脱兎のごとく、逃げ出した。残された俺はやれやれと両腕を組んで、椅子の背もたれに深く腰掛ける。

...クリスマスシーズンにおっさんと飯なんて俺だったら金を積まれても行きたくないがなぁ。

一回り年下の若者の思考は理解できず、俺としてもクリスマスイブに小鳥遊とプライベートで会うのはいろいろな意味で遠慮したかったので約束は22日にした。

それに12月24日はずっと一人で過ごすようにしている。

だから、優里と過ごしたクリスマスイブの記憶は誰にも上書きされることはなく、俺の中では、まるで昨日の出来事のように、鮮明で色褪せることはなかった。

※※※

12月22日。

何とか約束の時間までに仕事を終え、小鳥遊に指定された駅に降り立つと、既に彼は到着していた。

「待たせて悪い」

「大丈夫です。こちらこそ今日はお呼びだてしてすみません」

彼にペコリと頭を下げられ、予約をしてあるという店へと向かう。その道すがら、クリスマスのイルミネーションが目に入り、ふと、心配になる。

「今日は俺と予定を入れて、その...彼女とか怒らないのか?」

俺に問われると同じようにイルミネーションを見ていた小鳥遊は、あっけらかんと。

「彼女がいたらこんな日にわざわざこんな日を選びませんよ。それに今は絶賛片想い中ですから」

「...そうだったのか。変なこと聞いて悪い」

「いえ、気にしないでください」

こんな風に小鳥遊とプライベートの話をするのは初めてだ。となると、プライベートの相談ではなく仕事の方かと、頭の中で相談される事を念入りにシミュレーション。いろいろなパターンを想定しているうちに予約している店に着いたのだが、俺は二の足を踏んでしまった。

外観からしてその店は女性受けを狙ったものは明らかで、まして、今日はクリスマスシーズン。
どう考えても店内はカップル仕様だろう。そんな店に男2人で食事だなんて想像しただけでゾッとする。

「...本当にここで間違いないのか?」

「ええ」

小鳥遊は頷くと、迷いもなく店の中へと入って行く。俺も流石に店の外で一人立ち尽くすわけにもいかず、後からついていくとどこからか小鳥遊を呼ぶ声が聞こえた。何気なくそちらを見ると、もう1人の新入社員、田中さんが既に座って待っていた。

...なんで田中さんが?

2人の手前、平静を装ってはいたものの、座った途端、新入社員が揃って上司に直談判する意味を考えると気が気ではなくなる。何をどうやって切り出されるのかとあちらの出方を待つと小鳥遊がスマホを握りしめ、急に立ち上がった。

「どうしたんだ?」

「すみません。ちょっと今、電話が。ここ、電波悪いので外で掛け直してきます」

「今日は大事な相談があるんじゃ?」

「はい。でも、それより先に2人で食べていて下さい」

「は?ちょっと待て!おいっ!!小鳥遊!?」

俺が必死で引き止める声も聞かずに、そそくさと小鳥遊は店の外へ。絶句する俺は、そのテーブルで田中さんと2人きりで残されるハメになった。とりあえず、用件が終わったらすぐに戻ってくるだろうと、飲み物だけを先にオーダー。それでもなかなか小鳥遊が戻ってくる気配がなく、彼女に見えないように「ったく」と舌打ちすると、田中さんが遠慮がちに口を開いた。

「実は相談があるのは私の方なんです」

「...え?」

その予想だにしなかった言葉に彼女の顔を凝視してしまう。その途端、彼女の頰がぽっと紅く染まり彼女は俯き加減になった。その女性特有の仕草の意味を知っている俺の口からは「あー...」と、小さくため息に似た声が自然と漏れ出た。

...そっちの相談か。

田中さんの態度で、その悩みは十中八九、色恋沙汰と察し、その相手はわざわざ小鳥遊が席を外したところをみると残された俺の方だと容易に推測。

...あいつ、なんて姑息な手段を。

今、対峙しているのが小鳥遊だったら説教して軽く一蹴する。だが、田中さんに対してはそうはいかない。俺のある行動が原因だろうと推測できたからだ。とりあえず、黙ってしまった彼女を前に、一旦、中座してある人物へ連絡をとる。そして、席に戻り運ばれてきた飲み物もそこそこにこちらから用件を切り出した。

「...で、田中さんの悩みというのは?」

「私、課長のことが...その...」

内心自分の勘違いであって欲しいと願うが、それは予想の的中。だが、ここまでの事を画策したわりには、肝心なことをなかなか言えないでいる。彼女はどうやら男性に対してスレてはいなさそうだ。そこに俺は大いにつけこませてもらった。

「田中さん、すみません。俺は君に大変失礼な事をしてしまいました」

自分の告白が言い終わらないうちに俺の方から頭を下げたものだから、彼女の言いかけた言葉は、飲み込まれ引っ込む。そのうえ。

「多分、それで田中さんは勘違いを...」

すげなく自分の気持ちを否定され、彼女にすればたまったものじゃない。流石におとなしい彼女も。

「課長?それはどういう...?」

そこで、動揺する田中さんをよそに今度はこちらが神妙な顔をして、「実は」と彼女に勘違いさせてしまった俺の行動の真意を語ってみせた。俺の話を聞き終えた彼女は、言葉を失い、恥ずかしそうに俯く。

そんな彼女に少しやりすぎたかと思ったが決して悪い事をしたとは思っていない。
それどころか、自称愛妻家に恋心なんてバカな感情を持ち続けることの方が、彼女にとってはダメージが大きいと判断していた。

例え、本気で俺の事が好きだったとしても上司としては容認すべき事ではないし、勘違いだと思い直してくれた方がよりいい。

一方通行の感情を持ち続けることの辛さは、自身の経験上、よく知っている。
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