社内恋愛はじめました。

柊 いつき

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156.誰が為に鐘は鳴る⑫藤澤視点

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若干、緊張しながらも、彼女から手を離した俺は、その手でシャツのポケットに忍ばせていたものを取り出した。それを左手の手のひらに乗せ、彼女の前に差し出して、ずっと胸に秘めていた想いを告げる。

「三浦優里さん...俺と、結婚してください」

手のひらには置いたのは、別れる前に買ってあった一粒ダイヤのエンゲージリングと、俺がずっとはめていた指輪と対になっているマリッジリング。決して絵になるようなプロポーズや想い出になるようなプロポーズではないが、俺の気持ちが伝わればそれで良かった。


今思えば、この瞬間のためになんとしてでも彼女に逢いたかったのだ。


それにしても人生初めてのプロポーズは普段殆ど緊張した事がない俺でも緊張しないわけがなく、返事を待つ間、情けないことに優里の顔を見れずにいた。おかげで、しばらくの間、下を向きながら左手を差し出したままの彼女の返事を待つ。

「............」

だが、彼女から一向に返事がない。

こと、優里に関して俺は無力であり臆病になる。それに加え以前から彼女の行動1つ1つがイレギュラーで想像の範疇を超えていることが多々あった。その時は微笑ましいとしか思えなかったが、今のこの状況下において話は別物。今の沈黙は不安要素でしかなく、揃えた膝のあたりを見つめているうちに自分がやらかしてしまった感が否めなくなる。

...優里の気に触るような言い方をしてしまったのだろうか?それとも部屋に入ってあんな強引なことをしたからか??

沈黙の時間が続けば続くほど思考がドツボにはまってゆく。このままじゃ悪い流れになると踏んだ俺はコソッと顔を上げると彼女は俺の手の中のリングをジッと凝視しているだけだった。

「優里...?」

その沈黙に堪りかねた俺が口を開くと、不意に声をかけられた事に肩を揺らす。そこでようやく唇を震わせ。

「...こんなの、嘘...みたいで、夢かと...」

辿々しく言葉を伝えてくる黒い瞳は、既に潤み始めている。その感極まった様子で優里がどんな風に自分のことを想ってくれていたのかを悟った。

「夢じゃない、大丈夫...これは現実だから」

なかなか現実を直視できない彼女の膝の上にある手を取ると、彼女を安心させるべくその手を撫でながら慈しむ。

...俺は優里に随分ひどい事を強いていたんだな。

生まれた罪悪感とともに薬指には持ってきたリングを2つ嵌めてゆくと、そのリング達は彼女の薬指に少しだけ緩みを帯びる。

...あ、サイズが違うのか。

優里の指輪のサイズは以前、なんとなく知っていた。俺が用意していたリングは別れる直前にプロポーズしようと買ってあったものだ。現在いまの優里のサイズを知らない俺には仕方のないことで、それが分かっているうえでこのリングに拘った。


「ごめん。後で直せると思うから」


謝りながらも、リングを嵌めた後の彼女の手を離せないでいる。いや、離したくなかった。そして、そのまま彼女の膝の上でその左手を自分の両手で包み込み、希う。


「さっきのプロポーズの返事を...ちゃんと優里の言葉にして聞かせて欲しい」


今の俺は何よりも優里の言葉を欲している。不安要素が完全に払拭されたわけではなかったので、ここは譲れなかった。

「...それ...は...」

優里はその大きな瞳を何度も瞬かせ、頰に涙を伝せている。その涙がゆっくりと落ち着くと。

「.......スゴく...嬉しい...です。もう、逢えないかと、思ったし...まさか、こんな...」

言葉が途切れ途切れになりながらも、懸命に返事を伝えようとしてくれた。それには、俺も無言で、ただ頷いて耳を傾ける。


もしかしたら、ずっと、俺の事を忘れずに待っていてくれたのではないだろうか?


そんな希望的観測を持ってしまいそうなくらい、目の前の彼女は健気でとても愛おしい。

優里の外見からは新入社員さながらの初々しさは消え失せ、想像していた以上に成熟した女性らしくはなっていたものの、こういうとこの根っこの部分は全然変わっていないと分かると密かに安堵している。

...相変わらず優里は泣き虫だ。(笑)




そして。


『あの時と俺の気持ちは1ミリも変わっていない』と贈ったこのリングの意味をいつか伝えたいと思う。

その時、優里はどんな顔をするだろう?

今はそれを想像しただけで楽しくて仕方ない。
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