社内恋愛はじめました。

柊 いつき

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157.誰が為に鐘は鳴る⑬

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「はぁー、緊張した...」

さっきまで目の前にいた藤澤さんは、私の隣に座りなおした途端、深く溜息をつく。その仕草がなんだか可愛くてつい小さく笑みがこぼれてしまう。
私の知っている藤澤さんは歳上いう事もあっていつでも落ち着いて何事にも動じないイメージがしかなかったから。

「藤澤さんでも緊張する事ってあるんですね。そういうのは、全然、平気な人かと...」

私の何の気なしの独り言にソファーに座ってグーっと腕を伸ばしてストレッチモードの彼は首を傾げた。

「そう?俺だって緊張する時くらいあるさ。それにプロポーズなんて生まれて初めてだしなぁ」

「そ、そうでしたか...」

彼の口から飛び出し『プロポーズ』はもちろん私に向けての出来事のお話。その時の状況がポンっと頭に浮かんでしまうと全身の血が顔に集まっているのでないかと思うほど顔が熱くなる。

...そうだ、プ、プロポーズ。

ずっと憧れていて好きだった人に結婚を申し込まれるなんて夢見ていた事が現実になったのは今でも信じられない。それに数年ぶりかに至近距離にいる藤澤さんに胸の高鳴りが抑えきれなかった。

さっきまでは自分から壁を作ってなるべく見ないようにしていたから余計に意識してしまっている。お互い歳を重ねていたから外見は変わっていても仕方のない事だけれど、彼は以前と同じようにスタイルも良くてタダでさえ整った顔立ちが軽い日焼けにより精悍さを増し、大人の男性の色気みたいなものを醸し出していた。だから、片思いの時みたいにまっすぐ目を見て話す事がなかなかできなくて顔の下半分の方ばかり見てしまい、彼の口元に手をやる仕草にさえドキドキする。

その左手の指先は顎を掠め、ガラスのローテーブルに置かれた指輪に伸びた。私の視線の先で指輪はもう一度彼の左手の薬指に嵌められる。指輪をフェイクだと聞かされていた私は思わず声をかけてしまった。

「...なんで、またそれを?」

「これは優里のと対の結婚指輪マリッジリングだからね」

怪訝な顔をする私を尻目に彼は私の指輪が光る左手に自分の左手を揃えて見せてくれる。確かにデザインは全く一緒のシンプルなプラチナリング。それに気がついた私に彼は少々意地悪な笑みを浮かべる。

「ほら、これで俺が優里一筋だったって証明できた。だから、誤解されて拒絶された時は、スゴく悲しかった...」

なんて、冗談めかしなことを言われてしまうと焦ってしまう。

「...そ、それは、藤澤さんが結婚していたと思って気が動転してっ!!でも、藤澤さんだって...なんでこんな時間に鈴木さんとっ!?」

「??誰のこと?」

突然の言いがかりに彼は真面目な顔で顎に手を当て考え込んだ。そんな風に惚けられてもと、実はこの事は気になって仕方なかった。

「だって、藤澤さんの前に...来てまし、た、よ?」

そこでようやく鈴木さんがどの人が思い出したみたいで。

「あー、それは田山の奥さんでしょ?へぇ、あの人の旧姓が鈴木さんって言うんだ?」

彼にとってその位の認識しかないとはわかったけれど、私の方は少しだけわだかまりがある。

「鈴木さんに、昔、...」

告白されていましたよね?と語尾を小さく問うと藤澤さんは目を瞠る。

「え?あの時の!?」

その時の反応で藤澤さんが覚えていた事とその出来事を思い出させてしまった自分に自己嫌悪。言わなくても良かったかもと言葉少なになると、彼に肩を抱かれ頭が彼の肩にコツンとぶつかる。

「何か、気に触ることでもあった?」

「...いえ、何もないです」

身体が密着している至近距離でさえ顔をそむけようとすると彼には呆気なく阻止されてしまう。

「...もしかして、彼女と何か関係があったと思ってる?」

ソファーに向き合うように座らせられると逃げ場がない。洗いざらい心の内をぶちまけるしかなかった。

「いえ...そうでなくて。鈴木さんの方が美人だし、なんでなんか...」

なんてことはない、それはただのヤキモチ。もしかしたら私の知らない間の彼と鈴木さんは接点があったのではと勘ぐっていたから。でも、それを彼は笑いながら否定する。

「俺は鈴木さんというか田山の奥さんに何の興味もないよ。それにそんなに女性にもてたことはないし」


「...そんな事はないとは思いますけど?現に鈴木さんも」

自分でも呆れるほどの疑り深さで私が顔だけそっぽ向けた会話が続いてしまう。それでも藤澤さんは怒ったりもせずに話を聞いてくれた。

「そうかな?そんなにモテるならとっくに誰かと結婚していると思うけどね」

「え?結婚?」

予期せぬ言葉に彼の方を向いてしまうと、彼は口元を緩めて目尻を少し下げしたり顔。こうなってしまうと藤澤さんのペース。

「なんて、冗談。俺が君一筋だっていうのは、さっき証明したはずだよ」

「...それは、その」

今みたいに拗ねているのがバカバカしくなるくらいの気持ちを彼はくれたのだ。その時の状況を思い出すだけで私は藤澤さんの顔が見れなくなってしまう。

「変な事言ってすみません」

「うん、素直でよろしい」

チュッと小さく音を立てて頰にキスされる。そして、近くにある互いの手はどちらかともなく絡みあい、私が身体ごと彼の方に身体を預けると彼は黙って私の方へ少しだけ身体を傾けた。

こんな風に以前は部屋のソファーでいつも身を寄せ合うようにくっついていた私たち。

...あったかいな。

お互いの体温が感じるすぐ近くに藤澤さんがいる。
私は彼が隣に戻ってきてくれた事をやっとやっと実感していた。
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