社内恋愛はじめました。

柊 いつき

文字の大きさ
161 / 199
【spin-off】bittersweet first love

1

しおりを挟む
「ねぇ、ちょっと聞いてくださいよ。今日ユズが女の子からバレンタインのチョコもらったんですよ。しかも、みっつも!!」

愛する妻の優里は俺がダイニングテーブルの椅子に着くなり捲くし立てる。今は帰宅してからの晩酌の時間。いつも夫婦の話に割り込んでくる一人息子の弓弦ユズルは深夜帯だった為に寝ていた。本人がいないからなのか、余程この話をしたくて待ち構えていたらしい。この時間は夫婦でいつも他愛のない話をしている。家庭に帰れば仕事のことを持ち込みたくない俺にとってはいい気分転換だ。

「へえ、ユズがチョコとはすごいな」

「ですよねー!!」

ただ、本人よりも母親の方が大騒ぎしている気がしてならないのだが。

「...で、ユズはその中に気になる子がいるの?それだったら親がそんなにしゃしゃりでない方が」

なんて、夢見心地の我が妻を微笑ましくも牽制するとグラスにビールを注いでくれる彼女は口を濁した。

「それが全く興味がないみたいで...」

「まあ、まだ幼稚園児だし...それはそれでいいと思うけど」

大した問題でもないと俺が注がれたビールを飲み軽くいなすと優里は、プクッと可愛く頰を膨らませて反論した。

「もー、藤澤さんはそう言いますけど問題アリアリですよ!」

同じ藤澤姓になっているはずの優里からは相変わらず「藤澤さん」と呼ばれている。対外的には「立さん」と呼んでくれるので問題はないが、そちらの方が問題じゃないか?と意地悪なことを言いたくなるのは妻の反応が可愛いからだろう。だが、ここでは話の腰を折りそうなのでそのツッコミは抑えた。

「問題って?」

「...ユズが男の人にしか興味がなくて」

「ぶっ!!?」

妻の問題発言にビールを噴き出す所だった。それは確かに問題だ。

「なんだ、それ!?」

「実は...」

彼女が母の顔になり真面目に俺に話した事とは。

一緒に歩いていると「あの人パパに似てカッコいい」と噂するのは大抵妙齢の背の高い男の人。わりと日常的に口にしているらしい。挙げ句の果てに今日のバレンタインで気になる子がいる?と聞けば「僕はパパと結婚するからいいの」と言ったらしい。

俺は優里の話の一部始終を口を挟まず無の心で聞いていた。

「あー、確かにユズに『パパが1番好きなのは僕でしょ?』と何度も聞かれるな、最近」

息子の言動に何となく納得してしまうと、優里は嘆きながら「藤澤さんが可愛がりすぎるから!」と責任転嫁。

...そんな事言われてもなぁ。

妻に言われるまでもなく一人息子は可愛いくて仕方がない。平日は寝顔しか拝めない分、休日はみっちり一緒にいるくらいだ。そのおかげで「パパ、パパ」と接する時間が少ないわりに懐かれてはいた。その事を嬉しく思うのは妻には言えないが、多少邪な理由があったりもする。息子は外見はたまに女の子に間違えられるくらい優里そっくりなのだ。可愛くないわけがなかった。

以前「パパは誰が1番好きなの?」と聞かれ、「ママ」と即答してしまい彼を泣かせてしまったことがあり妻に怒られた。以来、妻の指示通り俺の答えは「ユズ」にしており、息子にとって俺は相思相愛の相手という事でますますベッタリなってしまったのは否めない。

「それは今だけだと思うから。ただのファザコンだよ」

「...そうだといいんですけど。ユズの初恋が早く来るといいなぁ」

「まあ、なるようになるさ」

なるべく当たり障りのない事を言いながら、飲めないのに晩酌に付き合ってくれる妻にオレンジジュースを勧める。彼女はまだ何か言いたげで。

「何でじゃなくてパパと結婚...」

1人ごちに呟いてくる妻の独り言が何ともまあ、可愛いこと。俺にユズをとられてヤキモチとは。うちは平和だなと愛する妻を微笑ましく思う今日この頃である。

「ユズも遅かれ早かれ誰かを幸せにしたいと思う日は来るよ。その時は親として応援しよう」

「そうですね」

今の所、息子の性格は素直で分かりやすい優里そっくりなので彼女の心配は杞憂だと思うのだが、俺に性格が似てきたら、、、こじれるわな。(笑)

「そうそう、藤澤さんは初恋っていつ頃でした?」

...聞かれると思った。

女性というのはどうしてこの手の話を聞きたがるのか?特に恋愛ドラマとか好きな妻はその傾向が強い気がする。でも、聞いたら聞いたで優里は確実に気にするタイプなので。

「初恋って言えるほどの綺麗な思い出はないよ」

それには素直な妻も嘘ばっかりと拗ねていたのだが、本当にそうなので仕方がない。




First love is only a little foolishness and a lot of curiosity.
初恋とは少しばかりの愚かさと、あり余る好奇心のことだ。


俺の場合、『愚かさ』が多分に勝った分、初恋と言えるかどうか。
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...