社内恋愛はじめました。

柊 いつき

文字の大きさ
189 / 199
【spin-off】bittersweet first love

29

しおりを挟む
それからというもの、女性に対しては来る者を拒まず、去る者は追わず。こんなスタンスだから、誰と付き合っても長続きはせず、耳のピアスが身体に馴染む頃には、女性にだらしないという形容詞がつくまでになる。田山と吉岡は呆れつつも友人付き合いをしてくれたおかげで、誰に何を言われても気にしないで学生生活を送れた。

だが、ある些細なきっかけでそんな自堕落な生活が不毛だと気がつく。

1つは女性関係で、田山の妹と付き合った事だ。昔から憧れていたと聞かされ、ちょうど決まった相手がいなかった俺は彼女を受け入れ付き合いを始めたのだが、指一本触れられず。「私のことなんて全然好きじゃないんでしょ?立ちゃんには他に好きな人がいるのね?」と泣きながら、別れの言葉を言われる。

もう一つは、大事な授業の単位を一つ落としそうになった事だ。何とか挽回したが、親の力で進学させてもらっている身分を考えれば、学業を疎かにできなかった。

これらがきっかけで、自堕落な学生生活に別れを告げることを決心し、サークルを辞める。この時、サーフィンはやめられなかったものの、以前のようにバイト、勉強、たまにサーフィンという地味な学生生活にもどった。

そして、大学3年になり、俺たちの目下の関心ごとは異性関係よりも就職活動へとシフトしてゆく。

今日も学部の違う俺たちがたまたま学食で顔を付き合せ、食後の話題はもちろん就職先の事。

四年生になって決めるのは遅い!と好きなデザートのプリンもそこそこに田山が力説する。最近の彼の愛読書は、赤本ならぬ業界地図。その意気込みは本に付けてあるたくさんの付箋に表れていた。

その勢いに押され、悠然と構えていた吉岡も焦ったらしく、大まかな業界は決めたようだった。

「俺さあ、できたらココとココあたりを受けるわ」

吉岡が田山の愛読書から指し示した会社は商社の2つ。学部から言えば順当な選択だ。田山はというと。

「...俺はねえ、ここ。サークル先輩がOBっぽくって、うちの大学からは結構行ってるって話」

「へぇー、メーカー?でも、前はコンサルっていってなかったっけ?」

彼は経営学に興味を持っているので、その進路先は想像つかなかった。

「ふーん」

俺と吉岡はその方面には疎いので関心示さなかったのが、田山には不服だったらしい。仕事ってのは学閥が大事なんだよと、したり顔で語っていた。

...結構、就活って奥が深い。

そんな的外れな事を考え、興味深く2人の話の聞き役に徹する。すると、自分の事を話そうとしない俺を吉岡が無理やり引っ張り出した。

「で、藤澤はどうなん?お前は語学できるし、俺と同じ商社か?」

「...商社ねぇ」

はっきりと言わずに口を濁すと、何故か田山が俺の代わりに答えた。

「藤澤は商社なんて無理無理。第一、こいつは『名前覚えられない症候群』じゃん!」

「あ、そっか。じゃ、営業なんかとても無理だわ」

勝手に聞いておいて、勝手に納得されるなんてなんで理不尽。ただ、この件に関してだけはどうも分が悪い。田山の言う病名は実際には存在しないだろうが、『名前覚えられない症候群』はなかなか上手い事を言っていると思う。俺は興味がない人間の名前は殆ど覚えられなかった。逆に言えば興味が有れば覚えると言う事になるが、興味のある人間が少ないので、相対的に覚えられないということになる。

そんな言い訳をしても論破されそうなので、自分に不利な話題を変えるために、持参してきたノートパソコンを開く。

「...田山のとこ、研究職募集してる」

「へぇ、じゃあ藤澤は俺と同じとこくればいいじゃん。業界では大きいほうだし。どれどれ...」

田山が俺のノートパソコンの画面を嬉々としてを覗き見るが。

「あ、だめじゃん。からだ」

そうなのだ。研究職というものは院卒条件が多い。俺はその事を知っていたので、2人みたいな就職は決めかねていた。

「...まあ、殆どの研究職は院卒だから俺も院には行くけど、行きたいのはうちの大学じゃない」

大学受験の時に師事しようとした大学の教授が京都にいると風の便りで聞いていた。だから、また、そちらの方へ行こうかと考えていたのだ。

「え?」

「マジか?」

初めて聞く俺の進路先に2人は目をまん丸くして驚くが、流石、悪友。どうでもいい事が気になるらしい。

「...それにしてもどんだけその教授が好きなのさ?」

「は?」

「そうそう。お前はホモなのか?」

「おいっ!?俺は純粋に教えを乞いにだなぁ...」

そこで田山が妙な合いの手を叩いた。

「あ、分かった!藤澤はその人のストーカーだ!!」

「お前らなぁ...」


口々に悪態をつく2人。彼らともうすぐお別れなのは少し寂しいが仕方ない。否定するのは億劫なので好き勝手に言わせておく。

...ここには嫌な想い出があるしな。

多少なりとも不純な動機が含まれていた事は、自分の胸の中に留めた。










しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...