社内恋愛はじめました。

柊 いつき

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63.Research①

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年明けの1月は、思いの外忙しく。その月の下旬近くになると、営業部の人間は
営業成績の締め切りに追われ、ラストスパートをかける為にもっと忙しくなる。
でも、私には来月の2月にバレンタインという一大イベントが待っていた。
だから、仕事が忙しいなんて言っていられない。

それに今年は私にとって特別に忘れられない日になりそうな予感がして、その日を迎えるにあたり気持ちがソワソワして落ち着かなかった。

彼はどんなものが好みなのだろう?とか、 
私は何を準備したら良いのだろう?とか。

楽しい悩みは尽きない。

※※※

営業部の社食で、大学の同期で研究員の松浦をたまたま見かける。

「レポートの締め切り?」

「あぁ。今日は特にギリでマズいんだ」

彼は営業部には関係のない職種だというのに落ち着くという理由からか、たまにここでランチを食べ、こうして何故かレポートまで書いているから不思議だ。

外回りを終え、お昼休憩がいつもより遅かった私は、その場面に出くわした。
いつもなら邪魔しないように素通りだけれども、さりげなく、向かいの席に飲もうとしていたカフェオレを持って座ってみる。

それはあくまでも、自然のさりげなくのつもり。
自前のノートパソコンの画面に向かっている松浦は、私が座っても大して気にもとめておらず、顔すら見ていないでくれて助かった。

今日はその方が話しやすくて聞きやすい話題だったから、その方がありがたい。

「...あ、あのさ、聞きたいことがあるんだけど」

「....................うん?なに?」

恐ろしい速さでパソコンのキーボードを打っている松浦は集中しているから、こちらの質問には反応が鈍くなっていた。反応の薄い今のうちに聞き出してしまおうと画策する。

「そ、その...一般的に男の人ってどんなチョコレートが好きなのかな...?例えばさ...」

その質問にチラリと一瞬だけ顔をあげて私の顔を見た感じのする松浦は、再び画面を凝視するも。

「.............チョコレート?あー、もうすぐバレンタインだもんな」

...なんで分かるのっ!?

こんな他愛もない質問がバレンタインに直結するなんて思いもよらなかった。もしかして、松浦の方が女子力が高い?とショックを受けていると、相変わらずの毒舌が直撃する。

「バレンタインねぇ...このクソ忙しい時期にお前はヒマで能天気で羨ましいよ」

こういう時、いつもならムッとして返して終わり。ただ、今日だけは大事なバレンタインの為にここで怯むわけにはいかないのだ。私は果敢にも再チャレンジ。

「別に私の事なんてどうでもいいでしょ。そんな事よりさっきの質問に答えて。今年はいつにもまして真剣なんだから」

「...真剣?」

松浦はその言葉に反応しキーボードを叩く事を止めた。気がつくと眉間にしわを寄せ、難しい顔している。私はそんな彼を怪訝に思う。

「どうかしたの?」

「いや...いつも義理しかくれない三浦がおかしな事言うなって思って。真剣ってなんだよ?たかが、バレンタインだろ?」

「こ、今年は、たかがじゃないもん!」 

真剣な気持ちをバカにされて、口が滑ってしまった。

「じゃあ、なんだよ?」

そこをいつになく責められると、ますます躍起になってしまう。

「...今年はちゃんと本命いるもの」

「は?本命っ...!?」

鼻で笑ったかと思うと、松浦は無言になっている。そんな摩訶不思議な態度は、私を不機嫌にさせた。

「何よ、私に本命がいたらおかしい?」

「...い、いや。色恋沙汰にはとんと縁のない三浦に本命ってと思って。まぁ、気にすんな」

そのいつもの失礼な言い方に「気にするよ」とへそを曲げると、彼は徐ろにノートパソコンを閉じ、その上で頬杖をつく。どうやら彼は私の話に興味が湧いたらしく、さりげなく聞き出す予定がガッツリ聞かれる羽目になってしまった。

「で、それはどうでもいいから。本命って誰?俺に聞くからには、十中八九うちの研究員だよな?違うか?」

「うん、まぁ...」

...どうして分かるんだろう?

まるで犯人当ての推理小説さながらに、ズバリと筋道立てて当ててきた松浦にここまでバレてしまったら隠しようがないかと観念する。「絶対、誰にも言わないでね」とスゴく念入りにお願いする事を忘れず、こそっと伝えた。

「本命の相手は藤澤さん、なの...」

彼の名前を口にするだけで、ポッと顔が一瞬にして赤く火照ってしまう。つい先週末彼の自宅にお泊まりしたばかりで、片想いの時よりも藤澤さんの事をずっと身近に感じてしまっているから。

そんな私の心情の変化を知るわけがない松浦は、大袈裟なため息とともにものすごく呆れた顔を私に向けてきた。

「......はぁ、三浦はこれだから」

私は口を尖らせ、それに猛抗議。

「人がせっかく勇気を出して教えたのに馬鹿にする事ないじゃない!」

「...馬鹿にはしてないけど、呆れてはいる」

同じことだよと、頰を膨らませながらムクれると松浦も言いすぎたと形式的な謝罪はしてくれた。

「ごめん。ただ、これだけは親しい友人として忠告するが無謀すぎる。お前じゃどうやったって釣り合わない相手だぞ?」

自覚はしていたけれど他人から釣り合わないとはっきり言われるのは、結構、傷つく。
でも、藤澤さんはバレンタインに一緒に過ごそうねって約束してくれた。
その時に...その、素敵な想い出になるようにって...。

だから、本当は付き合っているって教えたいけれど絶対信じてくれなさそう。
私は、反論する言葉が見つけられられず、グッと言葉を堪えていると、それを落ち込んでいると勘違いされてしまったようだ。

落ち込んでしまった私に困りつつ、彼はいくらか慰め口調。

「三浦の気持ちは分かるけどあの人に告白しても無駄なだけだ。止めておけって。その...あの人は、お前には絶対なびかない」

励ましてくれるわりには松浦の様子が何だかおかしい。それが気になった私はそこを問い詰めた。

「何か隠してない?」

「え、あ...何もない...」

分かりやすく目を泳がせるものだからすぐにピンとくる。私は大して迫力ない睨みを利かせ、松浦を脅しにかかる。

「教えてくれないなら、今年は義理チョコあげない」

毎年、義理だけれど彼には美味しいチョコレートをあげている。どちらかというと甘党の松浦は「わゎ、それは困る」すぐに白状した。

「...あの人はモテるわりに女性が苦手、いや、嫌いなんだよ。でも、最近は少し変わったというか、誰に対しても優しくなった」

「ふうん...」

真面目な顔で話すわりには大した情報ではなかったので適当に相槌を打つと、「最後まで話を聞けと」諭された。
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