社内恋愛はじめました。

柊 いつき

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65.Research③

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松浦の言い訳に私が巻きこまれそうになっているのを見かねた藤澤さんは、異を唱えた。

「何だよ?さっきから三浦さんって...」

「そうなんです、ちょっと聞いてくださいよ。こいつが...」

上司が自分の話に乗ってくれたものと勘違いした松浦は調子にのる。

「あー、ダメ!!絶対言わないで!!」

それには嫌な予感しかなく、彼を止めようと伸ばした手は簡単に払いのけられてしまう。

「いいだろ別に減るもんじゃなし」

「だ、ダメだってば言っちゃ!!」

藤澤さん本人にばれたら元も子もない。すぐさま必死で止めようとする私と話そうとする松浦の攻防戦が始まり、それをしばらく無言で観戦していた第三者藤澤さんからの鶴の一声。

「...上司命令。松浦、洗いざらい話せ」

彼に命令されたとあれば松浦がそれに従わないわけがなかった。さっきまでの私の訴えは、今度は造作もなく退ける。

「こいつ、人が一生懸命仕事している時に、チョコレートがどうだとか脇で聞くんですもん。それがうるさいのなんのって...」

「チョコレート?」

...あ、言っちゃった。

藤澤さんは松浦のようにチョコレートがバレンタインに直結せず、何事かと聞き返すと松浦はよりによって細かく状況説明をしてくれた。そのおかげでサプライズの予定が本人にバレるという最悪の事態。

「なんか三浦のやつ。藤澤さんに憧れているみたいで、今度のバレンタインで本命チョコをあげたいとか何とか...」

「へ?」

さっきまで憮然としていた藤澤さんが口元を抑え、何やら固まっている。その間がなんともいたたまれなく、そこに無神経な松浦が追い打ちをかけてくれた。

「だから、ちゃんと伝えましたよ。そんな事しても無駄だって」

私は咄嗟にさっきの『超遠距離恋愛』の話を頭に浮かべる。

...あぁ、そんな事まで。わざわざ蒸し返さなくても。

ただ、彼は当事者のはずなのに首を傾げている。私の前だから本当のことを話せるわけがないかと落ち込んでいたら、松浦に藤澤さん本人が反論した。

「俺にはお前の言っている意味が良く分からない。本命チョコをあげる権利ぐらい誰でもあるだろ?それがバレンタインというイベントの意味でもあるだろうし」

彼は一般的な正論を持ち出しつつも私の擁護をしてくれる。やっぱり、優しいと感じていると、松浦はムキになって真っ向から否定した。

「主任、そんなのダメっすよ!本命を受け取ったら、三浦が勘違いします。そういう優しさはかえって残酷です」

「...バレンタインってそんなに難しいイベントだったか?」

私に対して松浦は頑なにダメだと断言し、藤澤さんはそれに納得がいかない模様。お互い話していることは全く正論みたいだったけれど、端から見て話が噛み合っていない気もした。でも私が口を挟むわけにはいかない。冷静な藤澤さんも同じことをすぐに思ったみたいで話の方向性を変えた。

「なんで、俺が三浦さんのチョコレートを受け取るとダメなのか?受け取るくらいどうってことはないと思うが」

「そりゃ、ダメですよ。三浦が勘違いします」

松浦は当たり前でしょ、みたいなしたり顔。藤澤さんはどうもそこが腑に落ちないみたいで。

「俺は別に良いけど?」

藤澤さんの答えに私も松浦も想定外。

「ええ!?それはダメですよ!」

動揺した松浦は、私の代わりに食い下がった形になり藤澤さんはシレッと私が嬉しくなるような事を言った。

「だから、なぜ?俺は三浦さんのチョコならもらってもいいし、彼女になら勘違いされても一向に構わないよ」 

こういう所が優しいと思うけれど今の私には酷なやり方というか。すると、業を煮やした松浦が決定的な事を口にした。

「...ダメですよ、主任には彼女がいるんですから。二股なんて主任らしくない」

刑事ドラマで言うところの「犯人はお前だ!」状態に、容疑者藤澤さんは、なんて答えるのだろう?ドキドキの展開に私が固唾を飲んでいたら、短く息を吐く。

「俺、お前に彼女がいるって一言も話した覚えはない。それに誰かと誤解していないか?」

...え?別の人の話なの?

私が目を真ん丸くして藤澤さんの顔を見ると、穏やかに微笑まれる。暗に大丈夫と言ってくれているみたいで心強かった。でも、松浦は私たちの関係を微塵も疑ってはいないので、自分の意見が正しいとばかりに。

「だって、真田主任が...」

「真田さん?」

真田さんとは藤澤さんと別のチームのリーダーで、彼とも松浦とも仲がいい。その彼からの情報だと松浦は言い張る。

「真田主任が言ってましたよ。なんか、遠距離恋愛で悩んでるみたいだって...」

「はぁー?」

藤澤さんが呆れたみたいにため息を漏らすと、眉をひそめた。

「それはいつの話だ...?」

「確か...去年の暮れ、クリスマスくらい?」

「何を根拠にどうしてそんなこと...あ!」

彼は何か言いかけ言葉に詰まり、眉間に手を当てそのまま項垂れる。その後、「言ったかもしれない...」と力なく答えていた。

私はその事実を聞いてもわりと冷静だった。逆に本当の事を知って良かったとさえ思う。今の時点だったら、まだ傷が浅くて済む。ただ、この場にいるのは少し辛いかもしれない。どうやって怪しまれずにここから離れようかと考えていたら。

「そうだな...松浦の言う通り、確かに今は彼女以外からの本命チョコを受け取ってしまうと困るかも」

さっきまでぐうの音も出ないくらい叩きのめされていたはずの彼は、指先で顎を触りながら、自ら動かぬ証拠を肯定する。
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