社内恋愛はじめました。

柊 いつき

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78.I cherish you.③

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たくさんたくさん「特別だよ」って言ってもらえて藤澤さんとキスをした。その感覚が心地よくて夢見心地のままなかなか目を開けられないでいたら。

「わあっ」

...わあ?

彼が珍しく変な声をあげたものだから、それには驚いて目を開けた。

「...ど、どうかしたんですか?」

「あ、いや」

既に私から彼の身体ははなれており、なにやら藤澤さんの態度が煮え切らない。何か驚くようなことがあったかしら?と考えていると。

「うん...もう、用事はすんだし出ようか?」

「...?」

彼は私と目を合わせず、まるで自分に言い聞かせているみたい。

「え、まだ...」

多少の余裕が出て、こんな素敵な部屋を探検したいと思い始めた私の背中を「いいから」と押され半ば強引に部屋から連れ出されてしまう。私は後ろ髪をひかれながらもロビーの方へと向かった。

...何かあったのかな?

なんとなく聞きそびれて私たちが向かったのは横浜。ホテルの近くはあの時に観光しただろうからという彼の配慮と私の希望を聞いてくれた形だった。

「結構、たくさん人がいますね」

横浜にくるのが初めてだった私が人の多さに驚いていると、藤澤さんは「そうかな」と首を傾げる。

「いつもこんなもんだと思うけど」

彼はこちらには何度も来ているみたい。駅近くの駐車場に車を停め電車で移動した方がいろいろ見れて楽しいよって教えてくれた。そういうだけあって、本当に藤澤さんはいろいろな所を知っていた。私にとっては初めて連れてきてもらう場所ばかり。その都度、誰と来たのかなと勘繰りそうにはなったけれど気持ちが落ち込みそうだからそんな事を考えるのは止めておいた。

今、手を繋がれて笑いかけてもらっているのは、私。
それを信じるだけだった。

「ホント、昔からここらはいつもゴチャゴチャしているんだよな」

私の気持ちと裏腹にのんきに彼がぼそっと呟いたのは電車の乗り換えの時。

...へえ。

「ここら辺は大学の時によく来てね。ほら、鎌倉で会った俺の友達覚えている?あいつが横浜出身なんだ」

...へえ。

うんうんと頷きながら、頭の中では彼に関する情報を必死にメモ書き。この習性はまだまだなくなりそうもない。

「ここにアイス屋があってさ...あ、潰れてる!」とか歩きながら当時のことを教わっていると、彼のテリトリーに自分を向かい入れてもらっているみたいな感覚に陥る。私の知っている藤澤さんは会社の時が多いからそれはそれは新鮮でもっと知りたいなって思っていた。

今、それができるのは私だけの特権だから。

※※※

彼の言う通り、横浜という町は歩いてみると、いろいろ見る所があって楽しかった。

最初は、みなとみらい地区のワールドポーターズというショッピングモールみたいな所に寄って、ウィンドウショッピング。たまたま、セールとかしていたので私はスカートをお買い上げ。やっぱり、彼とお付き合いするようになってから服装が気になりだした私。その時、隣の彼の好みをさりげなく探っていたら、彼も自分のシャツとかを買っていた。私はそのシャツの色やサイズを密かに見てまた頭の中でメモ書きしたのは言うまでもなく。

それから夜ご飯は足を延ばして中華街。ここも私は初めてで。ただ、このあたりのお店は藤澤さんもよく分からないみたいで、行き当たりばったりのお店に入る。そうしたら大当たり。餃子などの飲茶が特に美味しくて、彼も気に入って「また、来ようね」って言ってくれた。

「また」っていう次につながる言葉を彼に言ってもらえるのは、嬉しい。

そして、お腹いっぱい食べてしまったので、腹ごなしに夜の横浜を手を繋ぎながら歩いてのお散歩。
すぐに海が見える場所に出られた。ここは『山下公園』っていう神奈川に疎い私でも聞いたことがあった有名な公園みたいで、そのローケーションと週末のせいか、歩いているのはカップルばかり。
なにか話さないと焦ってしまったけれど、余計無言になってしまう私に対して。

「こんな歌、知ってる?」

そういった彼は、鼻歌交じりに。


マリンルージュで愛されて
大黒埠頭で虹を見て
シーガーディアンで酔わされて...。


「あ、知ってます!」

私が色めき立ち「素敵なうたですよね」なんて言ったものだから、一気に会話が弾んだ。

「お、優里でもこういう歌知ってるんだ。そうそう、この歌って横浜のご当地ソングみたいなものなんだよ」

へえと私が感心していると。

「マリンルージュはあの辺りから出る船の名前で。大黒埠頭は少し先の港。シーガーディアンはほらそこの...」

近くに見える老舗のホテルのバーの名前だと教えてくれた。

「本当に横浜のことばかり...知らなかった。でも、確かラブソングでしたよね。だから、デートコースなのかなあ。題名が...」

私が曲のタイトルを思い出せずにいたら、藤澤さんが英語のきれいな発音で。

「...LOVE AFFAIR。でも、ラブソングにつけるタイトルではないけどね。こういう曲を優里が素敵というのが意外だったけど」

「意外ですか?」

意味ありげに言う彼に尋ねると、彼は口角を上げる。

「そりゃね。だって、日本語訳すると...不倫とか、情事っていう意味だし」

その答えにはびっくり仰天。

「ふ、不倫?!じょ、情事!?」

目を見開いて驚く私に、彼は手で口元を抑え笑い声をこらえていた。

その後、「サンマーメンという横浜のご当地ラーメンは、サンマが乗っているラーメンなんだ」という雑学をしれっと言われて危うく信じそうになった。

博識の藤澤さんが真顔で言うと本当のように聞こえるからタチが悪い。

「俺たちは笑いの供給と需要があってるね」と慰められても、あまり嬉しくないのは何故でしょう?
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