社内恋愛はじめました。

柊 いつき

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79.I cherish you.④

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あと2時間あまりで2月14日が終わるという時刻、ホテルに戻った。

私が先にシャワーを浴びることになり、持ってきたお泊りセットを胸に抱えてバスルームに入ると、どこかにいっていた緊張に襲われる。

...いよいよ、ですか?

シャワーを流しっぱなしでボディソープで身体を念入りに磨きあげ、お湯の張ったバスタブに浸かるとなかなかそこから出られない。ようやくの思いで出て、浴衣に着替えた自分の顔を洗面の鏡に写すとほんのり赤くなっている。その赤みは緊張のせいなのか長湯のせいなのか分からなかったけれど、なんとか化粧水でクールダウン。ドライヤーで乾かした髪を持ってきたシュシュで片側に寄せ、だらしなくならないように形作る。

それから、脱いだものとともにバスルームから出ると、藤澤さんは部屋のソファーに腰掛けながら私があげたチョコレートの箱を開いていた。

「お先にお風呂いただきました」

彼は私を見るそばから、チョコレートをつまんで。

「これ、コーヒーにすごく合う」

「チョコレート、食べてくれたんですか?」

「もうすぐ、バレンタイン終わるから少しくらいは...ね」

「お味、どうでした...?お口に合いました?」
 
心配そうに彼の様子を伺うと、綺麗に食べ終わった箱を見せてくれた。 

「美味しかったから、全部食べた」

「良かった...」

ホッと安堵しソファーに近づくと、彼は立ち上がり「シャワー浴びてくる」と私と入れ替わる。藤澤さんがシャワーを浴びに行った後、残された私は彼の食べたチョコの空箱や空いた缶をゴミ箱に捨て、ベッドに腰掛ける。

こんな風に彼がシャワーを浴びるのを待つのは3度目で、今が1番緊張していた。

...最後まで...するんだよね?

今まで彼としたことのおさらい...なんて思い出すだけでも恥ずかしすぎる。

...きゃー!きゃー!

恥ずかしさのあまり両手で頰を抑えると、バランスを崩してベッドの上にゴロンと倒れた。天井を見上げると煌々と明るい蛍光灯が眩しい。
今夜はここでこんな風に彼のことを見上げるのかなと寝ながら思って、しばらくそのままベッドの上に寝ていたら軽く睡魔に襲われる。

...今日はいろいろ歩いたから、疲れたのかな?ちょっとだけ、眠いかも...。

いつの間にか目を瞑ってしまい、どういうわけだか意識がどこかに飛んでしまった。

「...り、優里?」

遠くで名前を呼ばれているような、そうでないような?
その時に頰を触られる感覚があり、ふにゃふにゃしながら目が覚める。

「そんな格好で寝てたら、風邪ひくよ?」

気がつくと、藤澤さんの顔が数センチの目の前に。それは誰だって驚く。

「きゃあっ!」「わ!?」

声をシンクロさせたと同時に私が勢いよく上半身から飛び起きると、彼は後ずさって苦笑い。

「風呂からでたら優里は寝てるんだもんな。あー、驚いた」

「すみません...」

恐縮しきりで俯いてしまうと、隣に座られそっと膝の上で手を重ねられる。

「今日はやめようか?無理しなくても...」

彼の弱気な言葉が頭の上から降ってきて、それに驚いて顔を上げると心配そうに私を見る彼の顔があった。

自分が彼にそんな顔をさせているのだと思うと、辛くて、せつない。

...そんなつもりじゃなかったのに。

「私...初めては藤澤さんがいいです。だから、今日は...」

頑張って、言葉を振り絞ると、彼はいつもみたいに目を細めて。

「...それは、嬉しいかも」

頰に、鼻に、数回軽く啄むように私に口づけ、最後の唇にはゆっくりと触れる。

でも、その唇がはなれた時、思わず感想を述べた。

「...甘い、ですね」

「甘い?...さっきチョコ食べたからかな?歯は磨いたんだけど」

その発言に2人してふふふっと微笑み合う。

「今日がバレンタインだからでしょうか?」

「そうかもしれない」

そんなベタな会話で囁きあうと、どういうわけだか甘いムードに包まれる。

お互い無言で見つめ合ってしまうと、見られるだけで恥ずかしがる私の為に少しだけ灯りが落とされた。

そして、「好きだよ」と私の好きな人が囁くように口づける。

「ん...」

最初は啄むようなキスから角度を変え、ゆっくりと深いものになっていく。
これが藤澤さんのキスの仕方。
私はそれに未だに慣れず、唇が離れた途端、酸素を求めるように息が上がる。

「...大丈夫?」

彼はいつも余裕の笑みを浮かべている。これが経験値の差かもしれない。
ここはちょっと悔しいので拗ねてみせた。

「優しくしてくれないと...嫌です」

それにも穏やかな笑みで「善処します」と返され、また唇を重ねられた。
いつしか絡み合う舌にウットリとして我を忘れる。

彼とのキスは、なんて気持ちがいいのだろう。

キスだけでぐずぐずに身体が心地よく蕩かされ、気がつくと私はベッドの上に組み伏せられていた。目を開けるとベッドボードの近くの灯りを頼りに藤澤さんが真剣な眼差しを向けている。その情欲的な瞳にドキンと心臓が跳ね上がった。

「優里」

名前を呼ばれただけなのにピクンと肩が震える。その震えた部分に手を添えられると、「俺が怖い?」と問われた。それには言葉ではなく、ぷるぷると顔を横に振り態度で示すと彼が覆いかぶさってくる。

「よかった」と囁くような安堵の息とともに首筋には唇が。チクッと微かな痛みを与えられ、その初めての甘い刺激に彼の浴衣をぎゅっと掴んだ。
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