社内恋愛はじめました。

柊 いつき

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82.I cherish you.⑦

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「んっ...」


藤澤さんの汗ばんだ肌が、私の身体からはなれると自然と口から変な吐息が漏れる。まるで、彼が私から出て行くのが名残惜しんでいるみたいで恥ずかしかった。
そんな自分に戸惑っていると、彼に笑いながら頭をクシャクシャって撫でなれる。

「少し、待ってて。すぐに戻るから。...っと、電気つけていいかな?」

私がそれに頷き慌てて寝具の中に潜り身体を隠すと、明かりがつけられその光に目がチカチカする。その明るさに目が慣れてくると、彼はこちらに背を向けるようにしてベッドに腰掛けていた。私はその様子を何気なく見ていて、彼の二の腕に赤い筋みたいなモノを発見する。

...なんだろう、あれ?

後ろから近づき、それを手で触れるとビクッと反応し、彼が小さな悲鳴をあげた。

「いっ...!?」

慌てて振り向く彼の痛そうな表情からそれは最中に私がつけた傷だと分かる。

「ごめんなさい...それ、私が。...痛く...ないですか?」

私の言葉に可笑しそうに笑った彼は、私の唇に小さなキスをひとつ落とした。

「大して痛くないから大丈夫。それより、優里の方がもっと...痛いでしょ?」

躊躇いながら、布団に彼が潜り込んできて身体を抱きしめるように引き寄せられる。

「身体が辛いだろうから、早く休むと良いよ」

彼の優しさはありがたかったけれど、頬に当たる素肌の感触が気持ちよくてこのまますぐに寝てしまうのは勿体無い気がした。

「...目が冴えてしまって」

「そう?...なら、話でもする?」

それからベッドの中で腕枕をされてながらの、他愛のないお喋り。程良い気だるさが心地良かった。

「...まあ、俺は話した通りだけど、優里は大学の時どんなだった?」

「私は...」

聞かれて、記憶をたどると男の人ともお付き合いした事もなかったし、平々凡々な学生生活。強いて言えば。

「そうですね。実験とレポートに追われているばかりで。あ、文芸サークルみたいなものには入ってました」

「へぇ。それじゃ、なんか書いたりしていたの?」

普段、こんな話をするとオタクとか思われるから黙っていたけれど、藤澤さんなら馬鹿にしたりとか呆れたりとかしない気がした。それに以前よりもずっと距離が縮まっているような気がして、私のことを知って欲しいとすら思った。

「...本当は漫画とか書きたかったんですけど、絵の才能がないので考える方でした」

彼の反応は私が考えていた通り、バカにするとか一切なくて、その逆だった。

「それはすごい。俺はからっきしそっちの方はダメだなー。でも、それなら文学部とかの方に進みそうなのに」

「それは...父の影響なんです。同じ資格を持っているもので」

父は真面目で勤勉な性格。それでいて厳格でなく優しい父親。そんな父の背を見て私だけでなく弟も同じ進路を選んでいる。

「へぇ、親御さんが。優里はお父さんを尊敬しているんだ」

「いや...尊敬というか、何というか」

自分でそうかな?と思うくらいの尊敬。それを藤澤さんの言葉で聞くと、すごく立派な感じがして、何だか照れくさかった。

「...ふ、藤澤さんは大学の時はずっとサーフィンを?」

「こら、人をそんな遊び人みたいに」

クシャっと顔を崩すように笑われ、軽くデコピンをくらう。全然痛くなかったけれど、「痛いです」と訴えると、優しくオデコを撫でられた。

「まぁ、遊んでいたのは事実っちゃあ、事実だけど。これでも先生になりたくて大学の後半は必死で勉強していたんだよ」

「先生?」

「ん。もともとは会社勤めはする気は無かったしね。昔から化学が好きだったから、研究したり教える側になりたかったなぁ...」

会社での彼は白衣を着ているから、そのイメージを想像するのは簡単だった。

...テストや授業は厳しそうだけど、陰ではきゃーきゃー言われてそう。

「化学の先生ですか?凄い...私は化学は大の苦手で。でも、藤澤さんが高校の時の化学の先生だったらもっと成績良かったかも。絶対、褒められたくて頑張りますよ」

藤澤さんがうちの化学の先生だったらと想像するのも楽しい。

「何だよ、それ?優里は不純な動機で勉強してるなぁ。(笑)まあ、希望通りに勤めていたら、残念ながらそんな可愛い女子高生とは出会いはないけどね」

「だって、化学って高校の先生のことじゃ...?」

「いや、他にもあるよ?」

きっぱりと言い切り、彼は苦笑いしながら私の答えを待つ。私はそれにはなかなか思いつかなくてすぐ時間切れた。

「俺がなりたかったのは大学の先生。大学の研究室勤めの講師とか助教授とかね」

「え?大学の...」

「まあ、結局は上には上がいて断念したけど」

自分とは縁遠い話をさらりと言われ、藤澤さんより上ってどんなレベル?と想像しても良く分からず、軽い世間話のつもりがとてつもなく雲の上の話に聞こえた。

「本当、優里って面白いね...」

そんな感じに腕の中で優しく頰や頭を撫でられながら話していると、話の途中からうつらうつらと微睡み始める。

...藤澤さんの手、あったかい。

私は軽い疲労感も相まって、幸せな気持ちで眠りについた。
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