社内恋愛はじめました。

柊 いつき

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97.蜜月。①

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今日は出張から藤澤さんが帰ってくる日。私は自分専用の鍵を使い、彼の自宅で待つ予定だ。

...今日の夜ご飯は何しよう?

かれこれ彼の自宅で藤澤さんの帰国を待つこと数回。海外出張から帰ってくるので、日本が恋しいかなと彼が戻る当日は日本食を作っている。

今日の社食のお昼のメニューで参考になるかと和食を選び、副菜の肉じゃがを口に運ぶ。

...煮物にしようかなぁ。

ちょうどいい味付けのじゃが芋を頬張りながら、あまり得意じゃないけどと思っていると、美波ちゃんが目の前にトレイを置いて座った。

「あ、こんな所にいた」

「どうしたの?」

彼女は私を探していたようで、見つけたと言わんばかりに前のめる。

「ねー、今週の金曜、合コンやるんだけど優里も来ない?」

相変わらず婚活に励む美波ちゃん。脈がない田山さんを追いかけつつも、ちゃんと他の人もリサーチして『幸せな結婚』を目指しているところが器用だ。私にはなかなか真似できそうにない。

「...ごめん、そういうのはちょっと...」

藤澤さんと付き合っているからとはっきり言えず口籠もってしまうと彼女の方から察してくれた。

「もしかして、あの時の人と?」

無言で頷くと以前私にキスマークをつけた相手だとわかり、質問ぜめされる。

「ね、どんな人?うちの会社の人?それとも他社?」

「...うちの社の人じゃないよ。美波ちゃんの、多分、知らない人」

ここだけははっきり否定する。そうでないとひょんな事から藤澤さんとのことがバレてしまうと思ったからだ。幸いなことに彼女はスンナリとそれを信じてくれた。

「わ、他社かぁ。ね、その人のお友達とか誘って合コンとかできない?」

ほんと、こういう所が貪欲というか抜け目がないというか。それにお友達と合コンとなると結果的に田山さんを誘うことになってしまい、おかしな事になる。それにそれだと藤澤さんの事を隠している意味がない。

「あ、、うん。そのうちにね。彼、メチャクチャ仕事が忙しい人で私もなかなか会えないんだ」

これは本当の事だったので、嘘はなかった。

「なんだ、残念ね。でも、優里も寂しいわよね」

美波ちゃんは私の話に同情してくれて心苦しい。私は急いで食べ、そそくさとその場を後にする。

...こういう時、藤澤さんの話ができないのは寂しいな。

それでも、彼を選んだことに後悔はなかった。

※※※

...今、何時?

キッチンに立ちながら、リビングの掛け時計で時間を確認するのは、もう何度もしている。

藤澤さんは料理を作って待っていてくれるならと、私の為にキッチン道具を軽く一式揃えてくれていた。だから、自宅でもないのに勝手知ったる何とかで髪を1つに束ねて、エプロン姿でキッチンに立つことができる。彼はシャツでも何でも借りてというけれど、それだと慣れないしちょっと落ち着かない。私はシャワーを借りて浴びた後、営業用のスーツから持参してきた楽な部屋着に着替えていた。

帰国便の時刻も聞いてあるので、逆算して作った料理も殆ど出来たし、もうそろそろ、彼が帰ってくる頃。今か今かと待ちわびているとスマホに「もうすぐ着きます」と連絡がある。それから間も無くして、玄関のチャイムが鳴る。

自宅なのにわざわざチャイムを鳴らしてくる藤澤さんは少し律儀だ。

「はーい」

危ないからガスを止め、いそいそと玄関に向かい、小窓から彼の姿を確認してドアを開ける。

「おかえりなさい」

「ただいま」

こんな風に玄関先で笑いながら言い合うのが慣れなくてこそばゆい。お互い会社ではかけられない言葉を今は堂々と伝えているから。

...まるで、旦那さんを待っているみたい。

そんな気持ちをひた隠しにして尋ねた。

「ご飯にしますか?それともお風呂にしますか?」

私が何気なく聞くと、寝室に通勤バッグを置いてラフな格好に着替えてきた彼は私を見ながら苦笑いしている。

「あの...何か、変ですか?」

「いや...その、優里からそういう言葉を聞ける日が来るとはね」

私としては深い意味はなかったのだけれど、彼は感慨深いと口元を隠し、めじりを下げた。

...男の人って、帰った時にこういう事を言ってもらえたら嬉しいのね。

自分の中で勝手に解釈するとそれは間違いみたいで。

「でも、大事なのが1つ足りないよ」

笑いながらダメ出しされ、コソッと耳打ちされてしまう。何だろうと彼に耳打ちされるまま、それを最後まで聞いた。

..................なっ!?

その最後の1つを聞いた時、身体中の血液が一気に顔に集まり、顔がゆでダコみたいに真っ赤になったのが自分でも分かる。

「さあ、それを加えてもう一度お願い!」

藤澤さんは可愛くお願いするけれど、言えるわけがなかった。

彼がいって欲しいと言ったセリフとは。

『ご飯にしますか?お風呂にしますか?それとも私を食べますか?』

「そ、そんなの言えるわけありません!」

私がその要求を激しく拒んだのはいうまでもないけれど、藤澤さんはそれはそれは残念がった。



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