社内恋愛はじめました。

柊 いつき

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108.happy ending⑤藤澤視点

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今夜は理性のリミッターが外れたかのように優里を求めてしまったので、なかなか汗がひきそうにない。このまま寝てしまったら風邪をひいてしまいそうだと重い腰をあげる。すぐ側で寝ている優里を見ると何をするのも気だるそうにしていた。

...そりゃ、そうだよな。

こんな欲望のままに彼女を欲したことは今まで一度もない。だから、今日の激しさを受け止める代わりに彼女の身体をいつも以上に辛くしたという自覚はある。優里を気遣い、人知れず起き上がりベッドから離れようとすると、彼女は俺の顔を見ており、声にならない言葉とその黒い瞳が不安がっていた。そんな彼女を愛おしく思い、頰に軽く口付ける。

「大丈夫、汗を流しに行くだけだから。すぐ戻るよ」

その言葉に彼女はくしゃっと顔を崩し、去り際に頭を撫でてやると安心したようにベッドの中へと沈み込む。俺はそれを見届けてから汗を流しに行ったのだが、戻ってくると優里はそのまま寝てしまっていた。

...やっぱり。

その寝姿には少しも驚かない。寝つきがいいんだか、体力がないんだかと思うのはいつもの事である。あまりにも予想通りだったので笑いがこみ上げてしまう。いつもセックスの後はこの寝落ちパターンだったからだ。一緒に夜を過ごすようになり、数ヶ月経つと、こんな時はどうしたらいいのか覚えもする。彼女はどういうわけか自分の全裸よりも、俺の全裸を見てしまう方を恥ずかしがるから、とりあえず浴衣は着てきた。彼女の汗は軽く拭いておこうとタオルも持ってきてあった。

ベッドの中の優里は大抵寝ぼけている。そのおかげでいつもみたいに恥ずかしがる事は少ないから、上半身くらい拭くのは造作もない。それにウニャウニャ甘えてくるので、その作業はわりと楽しかった。だが、今日はそんな楽しい気分になれず淡々と彼女の身体を拭いた。そして、その作業を終え、いつもみたいにベッドに入ると猫みたいに彼女がすり寄ってくる。

俺はその頭をいつもみたいに撫でながら無意識に「....ごめん」と謝っていた。

この言葉は、旅行中ずっと喉にひっかかっており、なかなか言えずにいたもの。
今でさえ面と向かって言えないからこんな時にズルいとは思う。

出会ってしまって、ごめん。
好きになってしまって、ごめん。
こんな俺が君の事を愛してしまって、...ごめん。

俺には彼女に謝る事がたくさんあった。

※※※

帰りはまっすぐ優里の自宅へとは向かわず、渡すものがあるからとウチによる事を提案した。それには快諾してくれ、いつものように部屋へと招き入れる。

ただ部屋はもうすぐ引き払う準備の為、以前、彼女が訪ねてきた時とは様変わりしており、段ボールの束が無造作に置かれてあった。その殺風景な光景に彼女はいち早く気がついたようだが、こちらから言わない限り何も聞いてはこない。こういう時、何も聞かれないというのは俺の事を絶対的に信用しているからだと、今になって分かってしまうのが悲しくなる。

その事で非常に心苦しくなり、つい今しがた思い立ったように寝室へ行き、渡そうと思っていたものを取りに行った。寝室で人知れず深呼吸して緊張感を和らげ、いつものソファーの定位置に何も知らずニコニコしながら座る彼女の膝に持ってきたものを置く。

「...これは?」

「ん。優里は今月誕生日だったでしょ?だから、そのプレゼント。改めて誕生日おめでとう」

こんな展開を予想していなかったようで、彼女は自分の膝の上に置かれたものと隣に座った俺の顔を交互に見比べて驚いていた。それから、ようやく事態が飲み込めたようだ。

「...ありがとうございます。今、開けてみてもいいですか...?」

遠慮がちに伺う彼女に「どうぞ」と頷くと、彼女は丁寧に箱の包み紙を開ける。その中身は華奢な鎖の小さな石のついたブレスレットだった。最初は別のものをあげるつもりでこれは急場しのぎの品物。それでも彼女は本当に嬉しそうにしており、見ているこちらも嬉しい...という気持ちで、自分の決心が揺らぎそうになるのを抑えた。

「俺がつけてもいい?」

「はい...」

差し出された彼女の左手の薬指に視線を落としながら、手首にブレスレットをつける。確か前回あげたのはネックレスと彼女につけてあげるという行為に既視感を覚えていた。

...ネックレスは首輪。さしずめコレは手錠か。

そんなに優里を縛り付けていたいのかと自分でも呆れ、今の行為そのものに白々しさを感じる。はっと小さく自嘲的な息を吐くと、そんな俺とは対照的に彼女はブレスレットを見ながら涙ぐんでいた。

「...すごく、嬉しいです。こんな幸せな誕生日初めてで...」

その大きな黒い瞳から大粒の涙がポロポロと流れ始める。

...本当に優里は泣き虫だ。

いつもだったら彼女の『はじめて』に寄り添い、頭を撫でたり、涙を拭ったり、宥める事をしていたかもしれない。だが、そんな資格は今の俺にはなく、これ以上嬉しそうな彼女を見ているのは、正直辛かった。

全然泣き止みそうにない彼女に、俺は酷い仕打ちをする為だけに見つめていた。

「...優里、ごめん。もう、俺は君に初めてのものはあげられない」

「え...?」

先ほどまで嬉しそうにしていた優里は、その潤んだ瞳を大きく見開き、言われている意味が分からずこちらを凝視している。そこで躊躇せず続けた。

「俺たち、別れよう」

流石にこの言葉だけは彼女の目を見ながら、話すことはできなかった。彼女にはなんの落ち度もなく、ましてや、愛情がなくなったわけでは決してない。だからこそ、後ろめたい気持ちでいっぱいだった。

楽しい旅行の後に別れ話をするなんて残酷な所業だと自覚はしている。今の彼女は俺に対して不信感を募らせ、猜疑心を持つに違いなかった。俺はワザとそうなるように仕向けたのである。

今はどんなに罵っても、憎んでもいいから、こんな自分勝手な俺を許してほしい。
今は辛くても近い将来俺と別れて良かったと思う日が、きっと訪れるだろうから。

この別れは苦渋の決断だと君には気がつかないでいて欲しい。
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