109 / 199
109.happy ending⑥藤澤視点
しおりを挟む
自分の投げかけた言葉のおかげで部屋は一気に重々しい空気に包まれる。この空気感は男女の別れ際にはよくある特有のものだと経験上知っていた。
大っぴらには言えないが、彼女と付き合う前はそれはそれは不誠実な付き合いばかり。別れ際は自然消滅ならマシな方で罵倒されたり、平手打ちを食らったこともある。だから、こんな状況は慣れていたつもりだ。だが、優里に対して今まで誠実に接していた分、想像より体験する方が遥かにキツかった。いつもみたいに大した関係でないなら音信不通にして自然消滅もあるだろう。それができなかったのは、相手が優里だからに他ならない。彼女にとっては記念すべき誕生日の後に別れ話をされるなんて、酷な話であり思いもよらなかったことだろう。
素直に別れを受け入れてくれるとは思っていない。それでも「別れたい」という意思だけを強く伝えれば大人しい性格の彼女は受け入れてくれると思っていた。その時にどんなに酷い言葉を言われてもそれを受け入れる覚悟はしている。今回の件で俺の気持ちはどうでもよくて、こんな俺に愛想をつかし気持ちを残す事なく別れて欲しいと願うのだが。
小動物のようにくるくる表情を変える大きな瞳に先ほどとは違う種類の涙を溜めているわりに優里は冷静だった。
「...どうして?...私の事が嫌いになったんですか?」
こんな風に気持ちを問われたのは2度目。あの時は、この言葉で彼女の方から弁解するチャンスをくれたと自分の気持ちを伝えることができた。だが、今はあの時と状況が全く違う。ここで「嫌いだ」と嘘をつければどんなに楽なことか。優里のことだからそれなら別れることに対して納得はしてくれるだろう。しかし、既に半べそをかいている彼女を前にしてこれ以上傷つけることはできなかった。
彼女の為にそんな簡単な嘘さえつけないのかと自分の不甲斐なさを恥じ、仕方なく本当の理由を告げる。
「...来月早々、ずっと出張で出向していた海外の研究所に赴任することになった。最低でも任期は5年...だから、優里とはもう...」
『付き合えない』という言葉は、彼女にも自分にもとどめを刺すように思え、敢えて飲み込む。それを彼女はどう解釈したのかは分からなかったが、暫く目を伏せてしまい、その俯いてしまった表情から感情は読めない。何かを考えているようには見えた。その間の沈黙は俺にとっては針のむしろで、ただ時間だけが悪戯に過ぎてゆく。
俺の赴任先が海外であり任期が5年。冷静な頭で考えれば、結論なんてすぐに出る。そんな事を思いながら、天井を仰ぐと不意に力強く両腕を縋るように掴まれた。
「私、藤澤さんが戻ってきてくれるまで...待ちます...から...」
その言葉は容易に想像していた模範解答なようなもの。ただ、まっすぐに俺を見つめるその大きな瞳に圧倒されてしまう。
...俺が戻るまで本当に待っててくれるのだろうか?
優里の言葉で決心が一瞬だけグラリと揺らつく。だが、珍しく目を逸らさない彼女の気持ちがデメリットしかならないという事もそれをキチンと覆さないと彼女が先へ進めない事も、既に分かっていたから。
「ごめん。それは無理だ」
縋るように掴まれた彼女の手を自分腕からから外したものの、すぐにその彼女の手だけは離せないでいる。それなのに、その行動とは裏腹な気持ちを彼女に言うしかできなかった。
「...簡単に言うけど5年は長いよ。例えばその間に身近に好きな人ができたら優里はどうするの?」
「それは...」
正直でまだ恋愛経験の浅い彼女は、仮定の話でさえ真面目に考えてしまい口ごもってしまう。俺はそれを優里の素直な気持ちのあらわれだと捉える。5年という長い時間、しかもおいそれと会えない距離にいれば誰だって心が揺らぐ。実際、別れた女性たちが別の誰かと付き合っている場面を何度も見たことがある俺は仕方のないことだと理解している。
「...俺だって同じ事が言えるんだ。もしかしたら優里以外の別の誰かを向こうで好きなってしまう事だってあるんだよ?」
「...藤澤さんが他の人を好きに?」
「そうだよ。人の気持ちなんて不確かなものに絶対はないから」
優里が待っていてくれるなら俺の気持ちは多分変わらない。だが、優里はどうだ?
俺が遠くに行っている間、彼女に何かあっても今以上に相談にも乗れない。助けてあげることもできない。身近に頼れる男がいて、もしそいつが手を差し伸べてくれたらどうする?それがきっかけで好意を持ったらどうするんだ?
きっと俺の事を考えて君はずっと悩むだろう。
そんな事を軽く想像しただけで、歯がゆくて申し訳なく思う。
このまま付き合っていたって2人の為にはならない。
俺は以前に聞いていた岡田さんの話に自分たちの未来を重ねていた。
今、別れた方がお互いの傷が浅くて済む。
たかが、初めての恋ごときででそんな傷つくことはない。
初恋を拗らせて女性不信のようになってしまった俺は、優里が自分と同じようになるのだけは許せなかった。
一方的に別れを告げられるのは彼女にとっては不本意だとは思うが、思いが通じた途端相手が自分の前から突然消えるという中途半端な気持ちをずっと残してしまうよりは、気持ちを残させないようにしてあげるのが俺の務めだと思っていた。
第三者から見ればただの自己満足過ぎないだろう。それでも優里は頑として顔を縦にいつもみたいに頷いてはくれない。「ずっと待っていますから」その一点張りで、俺も「待ってて欲しい」とか「ついてきて欲しい」の言葉は飲み込んでお互いに譲らなかった。
そして、すぐ出国が間近に迫ったある日。俺の方が最終的に折れた形になり遠距離恋愛をする事で落ち着く。なぜこちらが折れたかというと、別れ話の間中ずっと優里は泣きっぱなしで、その泣き顔を見続けるのが耐えられなくなってしまったからだ。
大っぴらには言えないが、彼女と付き合う前はそれはそれは不誠実な付き合いばかり。別れ際は自然消滅ならマシな方で罵倒されたり、平手打ちを食らったこともある。だから、こんな状況は慣れていたつもりだ。だが、優里に対して今まで誠実に接していた分、想像より体験する方が遥かにキツかった。いつもみたいに大した関係でないなら音信不通にして自然消滅もあるだろう。それができなかったのは、相手が優里だからに他ならない。彼女にとっては記念すべき誕生日の後に別れ話をされるなんて、酷な話であり思いもよらなかったことだろう。
素直に別れを受け入れてくれるとは思っていない。それでも「別れたい」という意思だけを強く伝えれば大人しい性格の彼女は受け入れてくれると思っていた。その時にどんなに酷い言葉を言われてもそれを受け入れる覚悟はしている。今回の件で俺の気持ちはどうでもよくて、こんな俺に愛想をつかし気持ちを残す事なく別れて欲しいと願うのだが。
小動物のようにくるくる表情を変える大きな瞳に先ほどとは違う種類の涙を溜めているわりに優里は冷静だった。
「...どうして?...私の事が嫌いになったんですか?」
こんな風に気持ちを問われたのは2度目。あの時は、この言葉で彼女の方から弁解するチャンスをくれたと自分の気持ちを伝えることができた。だが、今はあの時と状況が全く違う。ここで「嫌いだ」と嘘をつければどんなに楽なことか。優里のことだからそれなら別れることに対して納得はしてくれるだろう。しかし、既に半べそをかいている彼女を前にしてこれ以上傷つけることはできなかった。
彼女の為にそんな簡単な嘘さえつけないのかと自分の不甲斐なさを恥じ、仕方なく本当の理由を告げる。
「...来月早々、ずっと出張で出向していた海外の研究所に赴任することになった。最低でも任期は5年...だから、優里とはもう...」
『付き合えない』という言葉は、彼女にも自分にもとどめを刺すように思え、敢えて飲み込む。それを彼女はどう解釈したのかは分からなかったが、暫く目を伏せてしまい、その俯いてしまった表情から感情は読めない。何かを考えているようには見えた。その間の沈黙は俺にとっては針のむしろで、ただ時間だけが悪戯に過ぎてゆく。
俺の赴任先が海外であり任期が5年。冷静な頭で考えれば、結論なんてすぐに出る。そんな事を思いながら、天井を仰ぐと不意に力強く両腕を縋るように掴まれた。
「私、藤澤さんが戻ってきてくれるまで...待ちます...から...」
その言葉は容易に想像していた模範解答なようなもの。ただ、まっすぐに俺を見つめるその大きな瞳に圧倒されてしまう。
...俺が戻るまで本当に待っててくれるのだろうか?
優里の言葉で決心が一瞬だけグラリと揺らつく。だが、珍しく目を逸らさない彼女の気持ちがデメリットしかならないという事もそれをキチンと覆さないと彼女が先へ進めない事も、既に分かっていたから。
「ごめん。それは無理だ」
縋るように掴まれた彼女の手を自分腕からから外したものの、すぐにその彼女の手だけは離せないでいる。それなのに、その行動とは裏腹な気持ちを彼女に言うしかできなかった。
「...簡単に言うけど5年は長いよ。例えばその間に身近に好きな人ができたら優里はどうするの?」
「それは...」
正直でまだ恋愛経験の浅い彼女は、仮定の話でさえ真面目に考えてしまい口ごもってしまう。俺はそれを優里の素直な気持ちのあらわれだと捉える。5年という長い時間、しかもおいそれと会えない距離にいれば誰だって心が揺らぐ。実際、別れた女性たちが別の誰かと付き合っている場面を何度も見たことがある俺は仕方のないことだと理解している。
「...俺だって同じ事が言えるんだ。もしかしたら優里以外の別の誰かを向こうで好きなってしまう事だってあるんだよ?」
「...藤澤さんが他の人を好きに?」
「そうだよ。人の気持ちなんて不確かなものに絶対はないから」
優里が待っていてくれるなら俺の気持ちは多分変わらない。だが、優里はどうだ?
俺が遠くに行っている間、彼女に何かあっても今以上に相談にも乗れない。助けてあげることもできない。身近に頼れる男がいて、もしそいつが手を差し伸べてくれたらどうする?それがきっかけで好意を持ったらどうするんだ?
きっと俺の事を考えて君はずっと悩むだろう。
そんな事を軽く想像しただけで、歯がゆくて申し訳なく思う。
このまま付き合っていたって2人の為にはならない。
俺は以前に聞いていた岡田さんの話に自分たちの未来を重ねていた。
今、別れた方がお互いの傷が浅くて済む。
たかが、初めての恋ごときででそんな傷つくことはない。
初恋を拗らせて女性不信のようになってしまった俺は、優里が自分と同じようになるのだけは許せなかった。
一方的に別れを告げられるのは彼女にとっては不本意だとは思うが、思いが通じた途端相手が自分の前から突然消えるという中途半端な気持ちをずっと残してしまうよりは、気持ちを残させないようにしてあげるのが俺の務めだと思っていた。
第三者から見ればただの自己満足過ぎないだろう。それでも優里は頑として顔を縦にいつもみたいに頷いてはくれない。「ずっと待っていますから」その一点張りで、俺も「待ってて欲しい」とか「ついてきて欲しい」の言葉は飲み込んでお互いに譲らなかった。
そして、すぐ出国が間近に迫ったある日。俺の方が最終的に折れた形になり遠距離恋愛をする事で落ち着く。なぜこちらが折れたかというと、別れ話の間中ずっと優里は泣きっぱなしで、その泣き顔を見続けるのが耐えられなくなってしまったからだ。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる