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112.異動①
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密かに彼からの連絡を期待して時は過ぎ、入社して三年目の春を迎えた年、初めて異動の内示を受ける。去年は藤澤さんと同じ職場になりたいという不純な動機もあり入社時から引き続き研究所の方へ異動願いを出していた。今年はこの願いすら出していなかったのでこの異動は青天の霹靂のような出来事だった。
...よりによって、なんで管理部?
この管理部というのは営業部、研究所が二大柱の我が社にとっては大変特殊な場所で、総務、人事と並ぶ少数精鋭な部だと噂では知っていたものの営業部にいた私には全く馴染みがない。ましてや入社3年に満たない私がなぜ?という思いが強かった。
それに隣の人事部に行けば、女性社員は数人いたけれど、顔見知りの社員はいなかったので、同じ課に1人も女子社員がいないと知った時には不安で仕方がなかった。
でも、その管理部の中でも1人だけ何となく見知っている人を見つける。その人は同期の真央ちゃんの前の上司で私は真央ちゃんから噂だけは良く聞かされていたので、初対面ではあったけれど以前から知っているかのような親しみを覚えていた。
とても仕事に厳しい人だと聞いていたけれど、彼女が話すほど課長代理は怖くも意地悪くもなく、今の私にとっては地獄に仏のような存在。私はその課長代理のアシスタントをしながら、課の人の雑用係みたいな役割を担う事になる。ただ、その役割は初日からとてもハードで。
「三浦さん、ちょっとこれお願いします」
「はい、分かりました」
「三浦さん、こっちもお願い!」
「は、はい!」
軽い自己紹介のあとは、いろんな人から何度も何度も名前を連呼され目まぐるしく動いていると1日があれよあれよと言う間に終わる。
...つ、疲れた。
それでも慣れない場所にいるよりもまだ営業部が恋しい私はお昼休みのたびに遠いあっちの社食まで遠征してしまう。運が良ければ仲良しだった同期に会えてお喋りも。今日は以前にいた課の美波ちゃんと今年から私と入れ替わるように異動した真央ちゃんが仲良くお昼を食べていた所に出くわす。
...わーい!
見つけたと同時くらいにトレイを持ちながら、足取り軽やかにそちらに移動。
「ここ、座ってもいい?」
「あ、どうぞ?...って、優里じゃん!なんか久しぶりだね。元気だった?」
「え?優里ちゃん?」
違う部署でいるはずのない私に驚きつつも彼女たちは同じテーブルに歓迎してくれ、以前みたいにその輪に入り久々のガールズトークに花が咲く。
「優里、管理部ってどうなの?」
「どうって...何が?」
「カッコイイ人とかいる?」
美波ちゃんは相変わらずカッコイイ男性社員のチェックに余念がない。私は忙しいからそんな目で男性社員を見る時間も気持ちもないと、箸を進める。
...カッコいい人、ねぇ?
美波ちゃんに聞かれた時は藤澤さんの顔が自然に思い出されたけれど、それにはお口をチャック。何気なく向かいの席の真央ちゃんの顔を見ていたらふと連想ゲームのごとくある人の名を口にした。
「...うちの課長代理はかっこいいよ」
「その人、どんな感じ?」
私の言葉にやや食い気味に身を乗り出す美波ちゃんの迫力に押されつつ、咄嗟に課長代理の顔を思い浮かべてみる。
...どんな感じといわれても。
綺麗で整った顔だとは思うけど初対面では近寄りがたい感じがする藤澤さんとは少し違う。どちらかというと。
「...田山さんみたいに話しやすくて優しそうな人かな?」
少数精鋭のエリート集団の中でしかもあの田山さん並みにルックスもいいとなれば、美波ちゃんは俄然興味が湧いたみたいで、美波ちゃんがノーマークだったのが不思議なくらいだ。その反面、真央ちゃんは誰の話か全然ピンときていない様子。寧ろ、彼女の方が私よりもよく知っていると水を向けた。
「うちの課長代理のことは真央ちゃんの方が詳しいよ。だって真央ちゃんの元上司だもの」
そこで我関せずの真央ちゃんが誰の話かと気がついたらしく、ようやく話に入ってくる。
「もしかしてその課長代理って...」
「うん。うちの課長代理は真央ちゃんの元上司の岡田課長」
彼女はお箸を持ったまま固まってしまった。その隣で新しいイケメンを発見といろめきだっている美波ちゃんから真央ちゃんへ矢継ぎ早に質問が飛ぶ。
「優里の上司ってそんなにカッコイイの?芸能人だと誰に似てる?」
課長代理にロックオンした美波ちゃんの目は真剣そのもの。その詳細を聞き出そうとすると、うーんと渋い顔をした彼女は箸を置き、慌てて手を横に振った。
「か、顔はいいと思うけどものすごく性格悪いから!!長谷川さんはぜーったいっ、止めておいた方がいいよ。それにあの人は既婚者だし!!」
そう、何を隠そう彼の左手には指輪がハマっている。だから、真央ちゃんはあんなにイケメンなのに美波ちゃんに教えようとしなかったのだと、この時は思う。
「...何だ、結婚してるの」
美波ちゃんのリサーチは、あくまでも結婚相手としてもの。だから、既婚者と聞いた途端、分かりやすく興味をなくしており、真央ちゃんは心なしか頰を赤くしているようにも見えた。
「どうかしたの?」
声をかけるとハッとした彼女は、自分の傍にあったプリントを私たちに広げて。それは会社主催の自己啓発講座案内のレジメだった。うちの会社は入社3年目まではスキルアップと称して、その講座のいずれかを受けるのが必須で、先日、私も今噂していた課長代理から同じものをもらっている。しかも、ある講座に裏方でアシスタントに付くように頼まれているから、私が受ける講座は必然的にその講座になってしまっていたのだ。でも、その講座に1人ぼっちで知らない人たちに囲まれるのは嫌だから、誰か知り合い来てくれたらなと思っていた。
「...ど、どの講座受けるか決まった?」
「あー、それ、提出期限もうすぐだもんね。私はまだ決めてない。鳴沢さんは?」
美波ちゃんがプリントを手に取りながら、真央ちゃんに確認すると、彼女もまだ決まっていない様子。だったらと、私は自分が受ける講座を必死に2人に推薦した。
「私、パス!そんな難しそうなの面倒くさい」
速攻でミナミちゃんには断られてしまい、ずっとレジメを眺めていた真央ちゃんは、その担当講師の名前が彼女が入社当初にお世話になった上司の人だったみたいでいいよと言ってくれた。
「わ、ありがとう。管理部でずっと1人だったから、一緒になれて嬉しい!」
「それならよかった。でも、私もこんな難しい講座をついていけなかったらどうしよう...。優里ちゃん、その時はよろしくね」
「うん。私も同じだから大丈夫だよー」
営業とは関係ない講座をうけることに、お互い手を取り合って励まし合う。
この時まで私がアシスタントに指名されていた講師は確かに真央ちゃんのよく知っている富永課長だった。けれども、直前で富永課長の都合が悪くなってしまい、別の人に変更になってしまう。その事を私も日頃の忙しさと講座の準備に終われ、すっかり当日まで忘れていた。
そんなわけで、講座の初日。50人くらいのキャパシティのある会議室での講座冒頭、担当講師が壇上でマイク越しに自己紹介を始めると、隣の席に座っていた真央ちゃんはあんぐりと口を半開き状態。その視線の先にはホワイトボードの前でにこやかに話す私の上司の岡田課長代理の姿があった。実はこの岡田課長代理と真央ちゃんは昨年度まで同じ課に所属していた元上司と部下の関係で彼女曰くソリの合わない『犬猿の仲』だった事を、私は今更ながらに思い出した。
...よりによって、なんで管理部?
この管理部というのは営業部、研究所が二大柱の我が社にとっては大変特殊な場所で、総務、人事と並ぶ少数精鋭な部だと噂では知っていたものの営業部にいた私には全く馴染みがない。ましてや入社3年に満たない私がなぜ?という思いが強かった。
それに隣の人事部に行けば、女性社員は数人いたけれど、顔見知りの社員はいなかったので、同じ課に1人も女子社員がいないと知った時には不安で仕方がなかった。
でも、その管理部の中でも1人だけ何となく見知っている人を見つける。その人は同期の真央ちゃんの前の上司で私は真央ちゃんから噂だけは良く聞かされていたので、初対面ではあったけれど以前から知っているかのような親しみを覚えていた。
とても仕事に厳しい人だと聞いていたけれど、彼女が話すほど課長代理は怖くも意地悪くもなく、今の私にとっては地獄に仏のような存在。私はその課長代理のアシスタントをしながら、課の人の雑用係みたいな役割を担う事になる。ただ、その役割は初日からとてもハードで。
「三浦さん、ちょっとこれお願いします」
「はい、分かりました」
「三浦さん、こっちもお願い!」
「は、はい!」
軽い自己紹介のあとは、いろんな人から何度も何度も名前を連呼され目まぐるしく動いていると1日があれよあれよと言う間に終わる。
...つ、疲れた。
それでも慣れない場所にいるよりもまだ営業部が恋しい私はお昼休みのたびに遠いあっちの社食まで遠征してしまう。運が良ければ仲良しだった同期に会えてお喋りも。今日は以前にいた課の美波ちゃんと今年から私と入れ替わるように異動した真央ちゃんが仲良くお昼を食べていた所に出くわす。
...わーい!
見つけたと同時くらいにトレイを持ちながら、足取り軽やかにそちらに移動。
「ここ、座ってもいい?」
「あ、どうぞ?...って、優里じゃん!なんか久しぶりだね。元気だった?」
「え?優里ちゃん?」
違う部署でいるはずのない私に驚きつつも彼女たちは同じテーブルに歓迎してくれ、以前みたいにその輪に入り久々のガールズトークに花が咲く。
「優里、管理部ってどうなの?」
「どうって...何が?」
「カッコイイ人とかいる?」
美波ちゃんは相変わらずカッコイイ男性社員のチェックに余念がない。私は忙しいからそんな目で男性社員を見る時間も気持ちもないと、箸を進める。
...カッコいい人、ねぇ?
美波ちゃんに聞かれた時は藤澤さんの顔が自然に思い出されたけれど、それにはお口をチャック。何気なく向かいの席の真央ちゃんの顔を見ていたらふと連想ゲームのごとくある人の名を口にした。
「...うちの課長代理はかっこいいよ」
「その人、どんな感じ?」
私の言葉にやや食い気味に身を乗り出す美波ちゃんの迫力に押されつつ、咄嗟に課長代理の顔を思い浮かべてみる。
...どんな感じといわれても。
綺麗で整った顔だとは思うけど初対面では近寄りがたい感じがする藤澤さんとは少し違う。どちらかというと。
「...田山さんみたいに話しやすくて優しそうな人かな?」
少数精鋭のエリート集団の中でしかもあの田山さん並みにルックスもいいとなれば、美波ちゃんは俄然興味が湧いたみたいで、美波ちゃんがノーマークだったのが不思議なくらいだ。その反面、真央ちゃんは誰の話か全然ピンときていない様子。寧ろ、彼女の方が私よりもよく知っていると水を向けた。
「うちの課長代理のことは真央ちゃんの方が詳しいよ。だって真央ちゃんの元上司だもの」
そこで我関せずの真央ちゃんが誰の話かと気がついたらしく、ようやく話に入ってくる。
「もしかしてその課長代理って...」
「うん。うちの課長代理は真央ちゃんの元上司の岡田課長」
彼女はお箸を持ったまま固まってしまった。その隣で新しいイケメンを発見といろめきだっている美波ちゃんから真央ちゃんへ矢継ぎ早に質問が飛ぶ。
「優里の上司ってそんなにカッコイイの?芸能人だと誰に似てる?」
課長代理にロックオンした美波ちゃんの目は真剣そのもの。その詳細を聞き出そうとすると、うーんと渋い顔をした彼女は箸を置き、慌てて手を横に振った。
「か、顔はいいと思うけどものすごく性格悪いから!!長谷川さんはぜーったいっ、止めておいた方がいいよ。それにあの人は既婚者だし!!」
そう、何を隠そう彼の左手には指輪がハマっている。だから、真央ちゃんはあんなにイケメンなのに美波ちゃんに教えようとしなかったのだと、この時は思う。
「...何だ、結婚してるの」
美波ちゃんのリサーチは、あくまでも結婚相手としてもの。だから、既婚者と聞いた途端、分かりやすく興味をなくしており、真央ちゃんは心なしか頰を赤くしているようにも見えた。
「どうかしたの?」
声をかけるとハッとした彼女は、自分の傍にあったプリントを私たちに広げて。それは会社主催の自己啓発講座案内のレジメだった。うちの会社は入社3年目まではスキルアップと称して、その講座のいずれかを受けるのが必須で、先日、私も今噂していた課長代理から同じものをもらっている。しかも、ある講座に裏方でアシスタントに付くように頼まれているから、私が受ける講座は必然的にその講座になってしまっていたのだ。でも、その講座に1人ぼっちで知らない人たちに囲まれるのは嫌だから、誰か知り合い来てくれたらなと思っていた。
「...ど、どの講座受けるか決まった?」
「あー、それ、提出期限もうすぐだもんね。私はまだ決めてない。鳴沢さんは?」
美波ちゃんがプリントを手に取りながら、真央ちゃんに確認すると、彼女もまだ決まっていない様子。だったらと、私は自分が受ける講座を必死に2人に推薦した。
「私、パス!そんな難しそうなの面倒くさい」
速攻でミナミちゃんには断られてしまい、ずっとレジメを眺めていた真央ちゃんは、その担当講師の名前が彼女が入社当初にお世話になった上司の人だったみたいでいいよと言ってくれた。
「わ、ありがとう。管理部でずっと1人だったから、一緒になれて嬉しい!」
「それならよかった。でも、私もこんな難しい講座をついていけなかったらどうしよう...。優里ちゃん、その時はよろしくね」
「うん。私も同じだから大丈夫だよー」
営業とは関係ない講座をうけることに、お互い手を取り合って励まし合う。
この時まで私がアシスタントに指名されていた講師は確かに真央ちゃんのよく知っている富永課長だった。けれども、直前で富永課長の都合が悪くなってしまい、別の人に変更になってしまう。その事を私も日頃の忙しさと講座の準備に終われ、すっかり当日まで忘れていた。
そんなわけで、講座の初日。50人くらいのキャパシティのある会議室での講座冒頭、担当講師が壇上でマイク越しに自己紹介を始めると、隣の席に座っていた真央ちゃんはあんぐりと口を半開き状態。その視線の先にはホワイトボードの前でにこやかに話す私の上司の岡田課長代理の姿があった。実はこの岡田課長代理と真央ちゃんは昨年度まで同じ課に所属していた元上司と部下の関係で彼女曰くソリの合わない『犬猿の仲』だった事を、私は今更ながらに思い出した。
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