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第一章 人生が変わった7日間
10:お嬢様に無茶振りされました
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挨拶を終えて私がポーッとしている内に、父さんはアルフィール様を屋敷の中へ案内した。つい先ほどまで部屋に閉じこもっていた私には何もかもが珍しく、ついキョロキョロと辺りを見回してしまった。
そうしてたどり着いたのは、庭に面した部屋だった。落ち着いた雰囲気の棚や絵が壁際に並び、高級そうなソファとローテーブルが置かれている。庭に直接出られる大きなガラス戸が開け放たれていて、そよそよと風が吹いて心地いい。
アルフィール様はお一人で。父さんと母さんが並んで座り、私は兄さんと同じソファに腰を下ろした。イールトさんはというと、アルフィール様の斜め後ろに立っていた。
イールトさんは屋敷に来てから私と一度も目を合わせていない。きっとお仕事に集中しているんだと思うけれど、せっかくドレスまで着せてもらえたのに何の反応もないのは少し寂しかった。
「改めてお礼を。マリアとシャルラを助けて頂いて、ありがとうございました。イールト殿がいなければ、私は最愛の人をこの手で殺してしまう所でした」
「イールトがお役に立てたなら何よりですわ。あの日は偶然、下町にいたようですから。運がよろしかったのね」
紅茶とお菓子が出されると、父さんは神妙な面持ちでお礼を言った。それに答えたのは、イールトさんではなくアルフィール様だった。
でも、そのアルフィール様の言葉に私は引っかかりを覚えた。
だってイールトさんは「お嬢様の予言」で下町に来ていたはずだ。事故に巻き込んでしまったし、目当ての人には結局会えなかったのだろうけど。それでも、イールトさんが下町にいた事をアルフィール様が知らないわけがない。
疑問が顔に出てしまったのか、一瞬だけイールトさんが目を向けてくれた気がしたけれど、やっぱり私と目が合う事はなかった。
「ところでモルセン卿。シャルラさんの今後については、どうお考えですの?」
「もちろん、王立学園に通わせるつもりです。ただ、マナーなど最低限のことを学ばせる必要がありますので、二学期からになるかと思いますが」
学園の詳しい事を私はまだよく分かっていないけれど、父さんの話はもっともだと思えた。
学園には貴族の子どもがたくさん集まってるんだろうし、アンヌさんから教わった付け焼き刃のものじゃ、きっと父さんたちに恥をかかせてしまうだろうから。
今だって目の前に美味しそうなクッキーや見た事もないお菓子が並んでいるけれど、私はグッと我慢しているんだ。お昼も食べてないからよだれが出そうだけど、アルフィール様の前で何か粗相があったら困るから諦めるしかない。
紅茶ぐらいは飲むべきかなって悩んでるけれど、アルフィール様や父さんたちを見ていると、カップを持つ仕草まで洗練されているのが分かる。
私と母さんは人形のように笑みを貼り付けて、ただ話を聞いているだけ。それだって、何かおかしな所はないかと心配で堪らなくて、変な筋肉痛になりそうなぐらいだ。
二学期というのがいつからなのか分からないけど、それまでに色々覚えなくちゃ……なんて思ったんだけれど。
「まあ、それはいけませんわ!」
スッと目を細めたアルフィール様は、私を見てニヤリと……うん? ニヤリと? 自分の目が信じられなかったけれど、そうとしか言いようのない笑みを浮かべていた。
「モルセン卿もご存知のように、わたくしも今年入学したばかりですの。学園の授業は今ならまだ挽回出来る程度ですけれど、これからどんどん難しくなるようですから、悠長なことは仰らず早めに入学された方がいいわ。明日から一週間はちょうどテスト休みですから、その間に必要最低限を仕上げて、来週から登校なさっては?」
怪しい笑みを一瞬で引っ込めたアルフィール様は、先ほどと変わらぬ様子で微笑みつつも、とんでもない事を言い出した。
(来週⁉︎ あと六日しかないなんて、絶対無理でしょ! 無理……!)
驚いたのは私だけじゃなかったみたいで、父さんも兄さんも目を見開いていた。
「いや、来週はさすがに……。そういうことなら、来年度に入学させても」
「心配せずとも大丈夫ですわ。わたくしがお手伝いしますから」
「アルフィール嬢が、ですか」
「それに一学年上にはなりますが、ミュラン様だっていらっしゃるんです。絶対に今年入学させるべきですわ。ミュラン様もそう思いますでしょう?」
「いや、まあ。でもそれは」
「悪いようにはしませんわ。わたくしにとても良い考えがありますの」
頭を抱えたい気持ちでいっぱいの私を置いてけぼりにして、話はどんどん進んでいく。
アルフィール様はかなり押しの強い方のようで、渋っていた父さんと兄さんも、結局頷かざるを得なかった。
「分かりました……。では、お願い致します」
「良かったわ。ではとりあえず、シャルラさんと二人きりでお話させて頂けないかしら?」
「娘と二人で? いや、それはしかし」
一難去ってまた一難。今度は私と話したいですって⁉︎
今度こそ無理だと、必死に目線で父さんに助けを求めた。父さんは察してくれたみたいだけれど、畳み掛けるようにアルフィール様は話を続けた。
「入学に際して、女同士でお話しておきたいことがありますの。ああ、お茶なら心配いりませんわ。イールトがいますもの、メイドもみんな下げてくださいね。シャルラさんもよろしいわよね?」
すごく美しい笑みを向けられているのに、どうしてか背筋が寒くなって、絶対に断っちゃいけない気がした。
コクコクと頷くだけで精一杯の私に、父さんと兄さんは心配で堪らないというように眉を下げた。
「シャルラ……くれぐれも失礼のないようにな」
「ごめんね、シャルラ。もし何か失敗しても僕たちが一緒に謝るから。頑張って」
「わ、分かりました……」
メイドさんたちを下げると、父さんたちは悲壮な面持ちで母さんを連れて部屋を出て行く。閉まる扉を見つめながら、生贄に差し出される子羊ってこんな心境なのかなって、ぼんやりと思った。
そうしてたどり着いたのは、庭に面した部屋だった。落ち着いた雰囲気の棚や絵が壁際に並び、高級そうなソファとローテーブルが置かれている。庭に直接出られる大きなガラス戸が開け放たれていて、そよそよと風が吹いて心地いい。
アルフィール様はお一人で。父さんと母さんが並んで座り、私は兄さんと同じソファに腰を下ろした。イールトさんはというと、アルフィール様の斜め後ろに立っていた。
イールトさんは屋敷に来てから私と一度も目を合わせていない。きっとお仕事に集中しているんだと思うけれど、せっかくドレスまで着せてもらえたのに何の反応もないのは少し寂しかった。
「改めてお礼を。マリアとシャルラを助けて頂いて、ありがとうございました。イールト殿がいなければ、私は最愛の人をこの手で殺してしまう所でした」
「イールトがお役に立てたなら何よりですわ。あの日は偶然、下町にいたようですから。運がよろしかったのね」
紅茶とお菓子が出されると、父さんは神妙な面持ちでお礼を言った。それに答えたのは、イールトさんではなくアルフィール様だった。
でも、そのアルフィール様の言葉に私は引っかかりを覚えた。
だってイールトさんは「お嬢様の予言」で下町に来ていたはずだ。事故に巻き込んでしまったし、目当ての人には結局会えなかったのだろうけど。それでも、イールトさんが下町にいた事をアルフィール様が知らないわけがない。
疑問が顔に出てしまったのか、一瞬だけイールトさんが目を向けてくれた気がしたけれど、やっぱり私と目が合う事はなかった。
「ところでモルセン卿。シャルラさんの今後については、どうお考えですの?」
「もちろん、王立学園に通わせるつもりです。ただ、マナーなど最低限のことを学ばせる必要がありますので、二学期からになるかと思いますが」
学園の詳しい事を私はまだよく分かっていないけれど、父さんの話はもっともだと思えた。
学園には貴族の子どもがたくさん集まってるんだろうし、アンヌさんから教わった付け焼き刃のものじゃ、きっと父さんたちに恥をかかせてしまうだろうから。
今だって目の前に美味しそうなクッキーや見た事もないお菓子が並んでいるけれど、私はグッと我慢しているんだ。お昼も食べてないからよだれが出そうだけど、アルフィール様の前で何か粗相があったら困るから諦めるしかない。
紅茶ぐらいは飲むべきかなって悩んでるけれど、アルフィール様や父さんたちを見ていると、カップを持つ仕草まで洗練されているのが分かる。
私と母さんは人形のように笑みを貼り付けて、ただ話を聞いているだけ。それだって、何かおかしな所はないかと心配で堪らなくて、変な筋肉痛になりそうなぐらいだ。
二学期というのがいつからなのか分からないけど、それまでに色々覚えなくちゃ……なんて思ったんだけれど。
「まあ、それはいけませんわ!」
スッと目を細めたアルフィール様は、私を見てニヤリと……うん? ニヤリと? 自分の目が信じられなかったけれど、そうとしか言いようのない笑みを浮かべていた。
「モルセン卿もご存知のように、わたくしも今年入学したばかりですの。学園の授業は今ならまだ挽回出来る程度ですけれど、これからどんどん難しくなるようですから、悠長なことは仰らず早めに入学された方がいいわ。明日から一週間はちょうどテスト休みですから、その間に必要最低限を仕上げて、来週から登校なさっては?」
怪しい笑みを一瞬で引っ込めたアルフィール様は、先ほどと変わらぬ様子で微笑みつつも、とんでもない事を言い出した。
(来週⁉︎ あと六日しかないなんて、絶対無理でしょ! 無理……!)
驚いたのは私だけじゃなかったみたいで、父さんも兄さんも目を見開いていた。
「いや、来週はさすがに……。そういうことなら、来年度に入学させても」
「心配せずとも大丈夫ですわ。わたくしがお手伝いしますから」
「アルフィール嬢が、ですか」
「それに一学年上にはなりますが、ミュラン様だっていらっしゃるんです。絶対に今年入学させるべきですわ。ミュラン様もそう思いますでしょう?」
「いや、まあ。でもそれは」
「悪いようにはしませんわ。わたくしにとても良い考えがありますの」
頭を抱えたい気持ちでいっぱいの私を置いてけぼりにして、話はどんどん進んでいく。
アルフィール様はかなり押しの強い方のようで、渋っていた父さんと兄さんも、結局頷かざるを得なかった。
「分かりました……。では、お願い致します」
「良かったわ。ではとりあえず、シャルラさんと二人きりでお話させて頂けないかしら?」
「娘と二人で? いや、それはしかし」
一難去ってまた一難。今度は私と話したいですって⁉︎
今度こそ無理だと、必死に目線で父さんに助けを求めた。父さんは察してくれたみたいだけれど、畳み掛けるようにアルフィール様は話を続けた。
「入学に際して、女同士でお話しておきたいことがありますの。ああ、お茶なら心配いりませんわ。イールトがいますもの、メイドもみんな下げてくださいね。シャルラさんもよろしいわよね?」
すごく美しい笑みを向けられているのに、どうしてか背筋が寒くなって、絶対に断っちゃいけない気がした。
コクコクと頷くだけで精一杯の私に、父さんと兄さんは心配で堪らないというように眉を下げた。
「シャルラ……くれぐれも失礼のないようにな」
「ごめんね、シャルラ。もし何か失敗しても僕たちが一緒に謝るから。頑張って」
「わ、分かりました……」
メイドさんたちを下げると、父さんたちは悲壮な面持ちで母さんを連れて部屋を出て行く。閉まる扉を見つめながら、生贄に差し出される子羊ってこんな心境なのかなって、ぼんやりと思った。
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