上 下
11 / 98

パパは嬉しい

しおりを挟む

 久しぶりの深夜勤務を終え、泥のように眠り、昼を過ぎる前に目を覚ました。
 ベッドの中に子どもの姿は無かった。先に起きて、ソファーとローテーブルの間にあるいつもの定位置でゴロゴロしていることだろう。
 我が儘で甘えたなあの子どものことだから、洗濯も食事の用意もしていないだろうと思って、期待を抱かないままリビングに入った。
 ふわりと、春の風が肌に触れ、髪もゆるゆると撫でていく。
 寝起きで焦点が合っていない視界をバルコニーに向けると、薄い布がパタパタと揺れる姿が霞んで見えた。
 改めてバルコニーで揺れるものを見ると、それは昨日着ていた子どもの衣服とバスタオル、手拭き用のタオルであった。ご丁寧なことに、バスマットも洗ってある。
 春の風は開いた状態にしていた窓から入ってきたらしい。
 呆然としたまま、リビングと廊下を繋ぐ扉の前で突っ立っていると、ソファーの影から子どもの気配を感じた。
 ぼんやりとしていた頭がやっと働き始める。
 まだ怠さが残る足を動かしてソファーに歩みより、背もたれから床を覗き込む。春物の黒いトレーナーと半ズボンを着た子どもが、長座布団の上ですやすやと居眠りをしていた。
 CDを聴いていたらしく、耳にはプレイヤーに繋がった有線のイヤホンが入ったままだ。テーブルに置かれたCDのジャケットは、俺もよく覚えているやつ。二枚目に出した、俺のアルバムだった。
 大人が起きたことにも気づかず、子どもはすやすやと眠り続ける。
 この子どもは、起きるのが苦手だ。朝は特に、起きるのに時間を要する。
 大人が遅く帰ってきたことを知っている子どもは、大人よりも早く起きて、普段しない洗濯をしたのだろう。

「お前が俺に気を遣う日が来るなんてな……」

 ソファーの背もたれにかけていたタオルケットを、ふわりを被せるようにして子どもにかけた。
 子どもはやはり、眠ったままだ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

龍の寵愛

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,803pt お気に入り:2

悪役令息の義姉となりました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:24,487pt お気に入り:1,603

140字の見本市

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:49pt お気に入り:4

死が見える…

ホラー / 完結 24h.ポイント:2,172pt お気に入り:2

幸介による短編恋愛小説集

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:418pt お気に入り:2

グリフォンとおおかみさんのやくそく

児童書・童話 / 完結 24h.ポイント:213pt お気に入り:0

詩集「支離滅裂」

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:846pt お気に入り:1

ショート朗読シリーズ

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:284pt お気に入り:0

オレはスキル【殺虫スプレー】で虫系モンスターを相手に無双する

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:3,877pt お気に入り:627

処理中です...