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願わくば
しおりを挟む書斎にあるパソコンと向き合って、何時間経っただろうか。
時間を確認すると、まだ二時間程しか経っていない。短い針と長い針が頂点を指しつつある。窓の外も、朝の日差しから昼の日差しへと変わりつつあった。
疲れが出てきた目頭を指で揉みつつ、画面の中にある文章を流し読む。フォルダの奥から引っ張り出してきたのは、俺のデビューシングルの歌詞だ。子どもが七月に行うサイン会とミニライブをするのに合わせて用意した曲である。
子どもはアイドルと俳優を兼業しているが、持ち歌はまだ与えていない。俺や他の先輩の曲を披露しながら、歌の技術を伸ばしている最中だからだ。
既に出来上がっている歌詞を見直しているのは、子どもの雰囲気に合わせて語彙を変えているから。作詞家に無断で歌詞を変えたことで揉めるアーティストが時々現れるが、この歌詞と曲は俺が作った物だから、如何様にも変えられる。編曲だけは、編曲した俺のプロデューサーに確認せねばならない。
「あのプロデューサーもなかなか喰えない女豹(ババア)なんだよなあ」とぼやいたところで、小鬼が書斎を覗きに来た。
「パパー。俺、出掛けてくるねえ」
「ああ、気をつけてな」
「もうそんな時間か」と驚きながら、子どもを送り出す。
子どもは朝ごはんを食べているときに「午後から友達と遊んでくる」と言っていたのだ。
「友達居たのか?」と冗談半分で聞いたら「失礼な!」と怒られた。
アイドルのイベントに出たときに仲良くなったそうだ。向こうはアマチュアだけど、歌唱はもちろん衣装もプロ並みに凝ってて凄いんだよと、子どもは絶賛していた。
「怖がられるから」と言って、友達作りを積極的にしなかった子どもが、友達のことをちゃんと話せる日が来るとは。角だけでなく、心も成長しているのだと確認できて嬉しかった。
願わくば、どうかその心がこれ以上傷つきませんように。
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