小鬼は優しいママが欲しい

盛夏の頃

揃える

　するりと、肌に溶けるような手触りの生地で作られた衣装が用意された。
　八月にある、プロデューサーの芸能活動五〇周年を祝うライブで着る衣装だ。試作品が届いたので、今日はその確認である。
　昨年の夏に着た服は白い面が多かったけど、今年は上も下も靴も真っ黒だ。詰襟なのは変わらずで、違うところはジャケットの下に着るシャツだろう。タンクトップではなく、一分丈の袖にお尻が隠れるほど長い丈のシャツは、裾の部分にフィッシュテールカットにされたレースがついている。動くとひらひらと揺れる様は金魚のひれみたいだ。その上に長袖の詰襟ジャケットを重ね着する形だ。ジャケットはシャツよりも丈が短く作られて、シャツの裾が映える作りだ。前は閉じないので、シャツのボタン部分を隠すように付けられた刺繍がよく見えた。ジャケットの刺繍とお揃いで、この衣装は鬼灯柄。昨年は蔦だった。
　真っ黒なズボンとステージ用のブーツも履いて、鏡の前でくるくると回ってみる。うん、フィッシュテールのせいか、出目金の気分になってきた。袖口にレースがあるのはパパの趣味かな。それともプロデューサーの趣味かな。作る時に「金魚っぽくして」とは言ったけど、袖口に関しては何も言っていない。
　スタッフの人に「可愛い？」と聞けば、「可愛い可愛い」と拍手された。さすが、調教されたスタッフである。
　鏡の前で両手を広げたり上げたりしながら、違和感がないか、生地のほつれは無いか、縫い目が甘いところはないか、丈の長さは問題ないかと衣装係さんたちが確認する中、俺は鏡に居る俺を見た。
　同じ顔、同じ衣装。違うのは、角が生えているかどうかだけ。鏡に居る俺に角は無い。鏡に角はうつらないのだとパパが言っていたけど、本当にそうなのかな。もしかしたら、鏡の向こうに居る俺は本当に角が生えてなかったりして。そうなると、鬼であるかどうかも怪しいね。
「ねえ」と口を開くと、近くに居たスタッフさんが「はい」と返事をした。しまった。今、スタッフさん居たんだった。
「なんでもない」と笑って誤魔化して、再び鏡を見る。
　鏡の中の俺は、「馬鹿でしょ」って表情をしてた。

　──ねえ。君は今、何をしている？　楽しいこと？　それとも、