Decalogus

百尾野狐子

文字の大きさ
上 下
8 / 10

しおりを挟む
「ジョージ」
「ジョージ?」
眉を寄せながら私は背後のカイル様の顔を見上げた。綺麗な翠色の瞳が、苦し気に細められていた。
「…私は貴殿の相手と似ているのだろう?私を見て…ジョージと…」
イヤイヤイヤイヤ!まさかまさかまさか!
あの小さな呟きを聞いて、今の今まで覚えていたなんて、どんだけ記憶力が良いんですか?言った私の方が忘れてましたわ。
「…ジョージと云うのは、私のいた世界で有名な俳優の名前で、私の相手ではありません」
「俳、優?」
カイル様は目を瞬かせて、困惑も顕に私を見つめた。
「俳優。演劇をする人です」
「演者の事か」
「そうです。カイル様を見た時、少し似ていると思って。もちろん、カイル様の方が何倍も素敵ですよ。そもそもその人には会った事さえありませんし」
「まさか…」
「だから、その、私は、どなたとも経験した事はないので…」
うーむ。声高に自分が清らかさんとは言い難い。
「純潔と…云うことか…?」
純潔。まぁ、そうだわね。
「すみません…」
「何故謝るんだ…私はてっきり…」
普段顔を合わせる時のカイル様は、穏やかで優しい。それ以外の顔を見せない、ある意味ポーカーフェイスな方だったけれど、今のカイル様からは色々な感情が窺える。
「ケイコ殿…」
カイル様は困惑した顔のまま、私の膣に挿入していた指を引き抜き、ぎこちない動きで背後から私を抱き締めてくれた。
「カイル様…?」
どうしたのだろうか。未経験とはしないとか、そういうポリシーをお持ちなのだろうか。いや、別に、して欲しいわけではないのだけど。いや、まぁ、多少は残念ではあるけど。
「全ては…私の早とちりか…」
私のこめかみに唇を押し充て、カイル様は溜め息混じりに呟いた。
「ケイコ殿」
「はい…」
「私に触れられるのは嫌じゃないか?」
「はい」
嫌じゃないどころか、ドキドキして、嬉しいです。恥ずかしいから言わないけど。
「…そうか…良かった…」
カイル様は安堵したのか、ゆっくりと息を吐き出すと、私の身体を横抱きにして立ち上がった。
「ひゃっ」
何ですか?急にどうしたんですか、カイル様?
「体が冷えてしまったな。温まって出よう。アンジュが湯上がりにレモネードを用意している」
あ、やっぱり、行為はお仕舞いなんですね。アンジュ君が待ってるなら早く出ないと。
私は頷き、カイル様に言われるがままお湯の中に再び入った。
しかし、本当に途中で止めて良いのでしょうか。カイル様のカイル様が私のお尻にあたっているのですが、とても存在感がある状態かと思われます。
「…あの…」
動物園で見た馬の交尾が脳裏に過った。雄の性器の大きさと長さに、当事中学生だった私はかなり引いた記憶があった。一緒にそれを見ていた友人の一人は既に非処女だったからか、雌の気持ちになって羨ましそうにしていたが、私はあんな物を挿入される雌に同情した。
カイル様のカイル様は、あの時見た雄馬のモノ並みにご立派で、とても存在感がある。
「ケイコ殿…」
背後のカイル様が遠慮がちに私の首筋に唇を押し充ててくる。
私とカイル様は身長差があるから、その姿勢になると私の上半身は前屈みに必然的になる。
「ん…っ」
意図的ではないのだろうけど、カイル様のカイル様が私のお尻の隙間に挟まり、その刺激に私の下腹が熱を思い出して疼いた。
「はぁ…ケイコ殿…っ」
カイル様は私を抱き締めながら、ゆっくりとカイル様のカイル様を私の股ぐらに挟み込んだ。
「嫌じゃ、ないか?」
耳元で聞く魅惑の低音ボイスが、私の下腹の奥を痺れさせた。
「…っ」
頷く私の腰を掴んだカイル様は、ゆっくりと腰を動かし始めた。
これは、もしや素股と云うものでは?
硬くて熱いカイル様のカイル様は膣口の中には入らず、襞や陰核を擦る。グチュグチュとイヤらしい音を立てながら私の股ぐらを出入りする様子は、淫らとしか言いようがない。
私が清らかさんだから、きっと挿入するのはやめたのだろうけど、やっぱりかなりの存在感になっていたカイル様のカイル様だから、素股で発散する事にしたのだろう。
しかし、何で、私達は浴場で欲情しているのだろうか。お風呂に入りにきただけなのに。
カイル様の役に立ちたい思いはあったけれど、こういうお役の立ち方は想像していなかった。そもそも、カイル様が私相手に性的興奮を覚えられるとは想像さえしていなかった。
この世界が女性不足だから、私のような枯れた三十路女も女としてそれなりに見えるのだろうか。
「駄目、ダメ、あ、やだ」
陰核を的確に抉るように擦られ、体温が一気に上がった。ドーパミンやエンドルフィンが一気に分泌されて、閉じている筈の目が白い世界を見た。
体が脱力して、浴槽に突いていた両手から力が抜けてへたり、腕に額を擦り付けて喘いだ。
「ケイコ殿、ケイコ…っ」
お尻を突き出すような格好で、腰を掴まれて背後から突き上げられる。カイル様に呼び捨てにされて、下腹の奥が更に熱くなった。
股の間から覗くカイル様の張り出した先端から乳白色が迸り、私の太股を濡らしながらお湯の中にも溶けてゆく。
私とカイル様の息が、広い浴場に響く。
お風呂に入りに来ただけなのに、何で私はカイル様とこんなに際どい行為をしているのだろう。カイル様の気持ちどころか、自分自身の気持ちも分からない。
「ケイコ…大丈夫か?」
まだ息を乱している私と違って、既に平常に戻っているカイル様の魅惑の低音ボイスが再び私の鼓膜を襲う。
もう、本当に、その声は反則です。しかも呼び捨て。一体カイル様は私をどうしたいのですか?
返事は出来なかったけれど頷く私を横抱きにして立ち上がったカイル様は、手早く私と自分の身体を洗って大浴場を出た。
まめまめしく私の世話をするカイル様は、見慣れた看病モードで、さっきまでの艶っぽさもない穏やかポーカーフェイスに戻っていた。
私もかなり人様にお世話されるのになれたものだ。この世界の男性は、女性の世話をしなれているし、するのが当然だと思っているようだ。そして、女の私が自分で何かをしようとすると驚くし、戸惑う。体調不良だったから、お世話を任せていたけれど、そろそろ自分の事は自分でやりたいのだけれど、それを伝えるタイミングを掴めずにいて、この有り様だ。
自分で歩くと伝えたけれど、カイル様に微笑まれながら却下され、またまた横抱きにされて三階にある私が使用させて頂いている部屋へと戻った。
「アンジュ君」
「サトー様」
アンジュ君が冷えたレモネードを用意して待ってくれていた。
出会った当初、彼が巫女様と私を呼ぶので、名前で呼んでくれるようにお願いしたら、アンジュ君は姓の方を選んだ。そして、神官長と一緒でサトーと云う発音で私を呼ぶ。やっぱり言い難いのかな。
ベッドではなく椅子に運ばれ、アンジュ君からレモネードを受け取ったカイル様は、私に差し出してくれた。
「ありがとうございます」
小さく頭を下げながら銀のゴブレットを受け取った私は、喉が渇いていたので一気に飲み干した。普段使わない声帯を使ったからか、若干喉が掠れていたからレモネードが染み渡った。
駄目駄目、思い出したら。喉が掠れる原因は忘れてしまおう。大浴場での行為には意味なんてないし、あれは、そう、大人のじゃれあいみたいなものよ。私は大人。カイル様も大人。白黒つけずにグレーで忖度するものだ。
「ケイコ殿」
「はい」
カイル様は椅子には座らず、私の斜め前に片膝を突いた。
「貴殿の体調はまだ万全だとは言い難い」
え?いや、そんな事はないと思うのだけど。じゃなきゃ、あの大浴場であんな事は出来なかったし、耐えられなかったと思いますが。あ、駄目、また思い出してしまう。顔が赤面しそう。平常心、平常心。
「本来ならばまだ寝台で休んで頂きたいところなのだが、ケイコ殿はそれだと逆に苦痛に思われるだろう」
その通りです、カイル様。
私の頷きに、カイル様は端整な顔に優しい笑みを浮かべた。
「まだ部屋から自由に出る許可は出せないが、部屋でこの世界の事を学ぶ時間を組み入れようかと思っているが、如何だろうか」
「ありがとうございます。嬉しいです」
やったわ。やっとお勉強が始まりますか。脱穀潰し計画の始まりね。
「アンジュが当面、ケイコ殿の教師となる」
「え…」
扉の脇に控えていたアンジュ君が、柔和な顔に笑みを浮かべて胸に左手を充てて軽く頭を下げた。
私の驚きを見越していたのか、カイル様は簡潔にアンジュ君の立場を教えてくれた。
アンジュ君のフルネームはアンジュ・ライト。実は伯爵家の三男で、代々オクタグラム家に使える家門の出身だとか。ライト家は代々文官を多く輩出している家門で、オクタグラム領を影で支えているそうだ。
なんと、アンジュ君は14才だそうだが、既にこの国で一番賢い人達が通う学校を卒業しているのだとか。博士号みたいなものも取得済みで、本人が希望すれば王都の王城でエリート文官にもなれたそうだが、オクタグラム愛が強い彼はカイル様に直談判しにきて根性でカイル様の召し使いの職を勝ち取ったそうな。
「サトー様、先ずはアステル王国史、オクタグラム領地史を学び、デザートとして淑女講習をいたしましょう」
にっこりと微笑むアンジュ君は天使のような可愛らしさがあった。でも、目が怖い。あ、この子は本当に賢い子だ。私、大丈夫かしら。
「アンジュは私が信用している者だ。さしあたって、アンジュ以外の者と関わる事は少ないだろうが、私がいない時はアンジュを頼るように」
カイル様は私の手を取ると、手の甲に唇を押し充てた。弾力のある温かい唇の感触に、私の心臓が跳ねる。
赤面を隠す暇もなく、私の顔は熱を持つ。だから、カイル様、そういう態度が誤解を招くんですよ。
「…!…下さい、お待ち下さい!なりません!」
ん?何?どうしたの?
突然、扉の外が騒がしくなったかと思った瞬間、ノックも無く扉が勢いよく開き、知ってるようで知らない青年が部屋に入ってきた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

言ってはいけない言葉だったと理解するには遅すぎた。

BL / 完結 24h.ポイント:683pt お気に入り:460

私の初恋の人に屈辱と絶望を与えたのは、大好きなお姉様でした

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:3,822pt お気に入り:95

You're the one

BL / 完結 24h.ポイント:576pt お気に入り:62

あなたの妻にはなれないのですね

恋愛 / 完結 24h.ポイント:40,702pt お気に入り:398

ファントムペイン

BL / 完結 24h.ポイント:113pt お気に入り:39

私の婚約者は、いつも誰かの想い人

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:109,065pt お気に入り:2,749

処理中です...