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番外編

砦の男たち<俺たちの専任隊長>①

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 ガルディアス王国は四方を隣国に囲まれた内陸の国だ。
 東西南北にある国境門を守る砦には、持ち回りで騎士が詰めている。
 大体三年勤めれば中央に戻り、また新たな騎士がやって来る。
 たまに延長を希望する者もいるが、その場合、別の砦に配置替えするのが決まりだ。
 何故なら、地元の有力者や、部隊員たちとの癒着を防ぐためらしい。

 それでも砦勤務を続け、国境門以外の砦にも赴任し、ついに一周してしまった稀有な騎士が存在した。
 付いたあだ名は『砦専任隊長』。又は『砦ラウンダー』。
 騎士本人に否定された密かな二つ名は『竜殺しドラゴンスレイヤー』。
 砦の男たちから、畏怖と尊敬を集めていた。


「おい、聞いたか? また“お客さん”が来るらしいぞ」

「またかよ。今度はどこの『馬鹿ぼん』だ?」

 馬鹿ぼん――馬鹿な事をやらかした、貴族や金持ちのお坊ちゃん、“ぼんぼん”の事を言い現している。

 王都でやらかした罰が『砦送り』にしてくる貴族が多い。
 そう言った連中は反省の色も見せずに、とにかく問題を起こしてくれる。
 それでいて魔獣に怪我をさせられると、砦の者が責められるのだ。
 素人の問題児を預かった上、責任追及される。たまったものではない。

「全くよぉ、砦は矯正施設じゃねぇっつーの!」

「この雪解け時期によくも送り出したなぁ。死んでもいいって奴か?」

 国境の深い森や峻険な山沿いなどは、魔獣の住処である。
 魔獣も野生動物と同じように冬眠するモノが多いのだが、雪解けのこの時期、冬眠から目覚め、餌を求めて森や山から人里へ出てくるのだ。

 小物なら問題ないが、大物は飢えて凶暴さを増している。
 しかも魔獣は魔法を使うのだ。
 つまり、腹が減ってイライラして、辺り構わず暴れまわる、そんな大物魔獣ツゥラードンがこの時期出没するのは毎年の事だ。

「それがよぉ、どうもかなり身分が高いヤツらしいぞ」

「いつもの事じゃねぇか。伯爵子息に侯爵子息。返って大商会のぼんぼんの方が気を遣うぜ」

「ちげぇねぇ」

 がはははと豪快な笑い声が沸き起こる。
 大商会縁の者を粗末に扱うと、物流に影響が出る場合があるので、貴族の『馬鹿ぼん』よりも大事にされる傾向にあった。

「いやいや、それがな……」

 最初に話し出した男が言いかけた時、カーンと一つ余韻を響かせて鐘が鳴った。集合の合図である。

「ちっ、どうやらその“お客さん”が到着したみてぇだな」

「めんどくせぇなぁ」

「おまえら、お行儀良くしろよ? 今回の“お客さん”は王族だ」

「ぁあ!?」

「隊長たちが話しているの聞いたんだよ」

「マジかよ」

「つーことは、視察か?」

「いや、そこは分かんねぇ」

「使えねぇ」

「ンだとゴラァ!!」

 一触即発。
 冬の間の鬱憤が爆発するのもこの時期の名物である。

「おまえらぁ!! いつまで遊んでいる!? 集合を掛けたらさっさと整列しろ!!」

 大声で叱りつけたのは、この東南砦の新任の大隊長だ。
 一喝でシャキッと姿勢を正す男たち。やれば出来るのである。

 因みにこの国では、騎士は皆貴族階級だ。
 下級貴族の男爵家や子爵家出身者が多い。
 かつては貴族子息としてお行儀が良かった者も、何故だか砦勤務を一年過ごすと粗野に染まる。
 そして任期が明け中央に戻ると、ギャップに戸惑い腑抜けてしまうのだ。

 騎士団内でも頭の痛い問題で、医者、もしくはカウンセラーに対応してもらっている。
 大抵の場合、すぐに環境に適応出来るので、問題は表面化していなかった。

「大隊長に敬礼!」

「休め! 諸君、噂を聞いているかもしれないが、本日、王都より第一王子殿下が遠征に参加する為に参られた」

 王族は王族でも、王子がやって来るなど近年なかった事である。
 言葉にならない声が漏れざわつく。

「随伴は第一騎士団のである」

……」

 言った大隊長本人が皮肉気だったので、声を漏らした騎士は叱責されなかった。
 何しろ呟きは一人ではなかったからだ。

 王族と王宮警護が任務の第一騎士団は、他の騎士団から煙たく思われていた。
 第一騎士団の構成員は、ほとんどが伯爵家以上の上級貴族家出身者な事もあるが、義務付けられている砦勤務を、権力者に取り入り何かと免れているからである。

 つまりは魔獣討伐などの実戦経験がない者が多いという訳だ。
 地方の守りを任務とする第三騎士団所属の者が多い、現役砦勤務者たちは、第一騎士団と聞いただけで嫌悪感が湧くのである。

「尚、第一王子殿下の監督官として、昨年までこの砦の大隊長を務められていたキリアン卿が同行されている。粗相がないようにな」

 ベテランの域に入った大隊長は、前任の大隊長の後輩であり、第二騎士団所属である。

「おお……」

「専任隊長」

「出戻ってきたのか」

「おいおい、今は第二の副団長だぞ」

 先ほどとは温度の違うざわめきが大きくなっていった。

 砦勤務者の内訳は、第三騎士団が六割、第二騎士団が三割以上、第一騎士団が一割以下である。

 第一騎士団から砦勤務に出向する騎士は、大抵ストイックな男が多い。
 王宮警護では腕が鈍るといって、自ら希望してやって来るのだ。
 そんな男には、砦の者も敬意を払っている。

 因みに、現在の砦には女性騎士はいない。
 かつては男女共に砦勤務が義務付けられていたのだが、閉塞感のある砦では色恋沙汰で揉め事が多くあった。
 その為、厳しい環境でもある事から、男性騎士のみの勤務地となっている。むさくるしい事この上なし。

 そんな所に、キラキラとした麗しの第一王子が登場したのだ。
 更に、王子の斜め後ろに控えていた『砦専任隊長』の姿を見つけて、男たちは色んな意味で色めき立った。


「「「「「お帰りなさい、専任隊長!!」」」」」


 『砦専任隊長』のあだ名を持つキリアン・クルクス=ベイユールは、半眼にして男たちを睥睨する。

「……出戻りではないぞ」


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