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番外編
砦の男たち<俺たちの専任隊長>②
しおりを挟むキリアン・クルクス=ベイユールは各砦を巡って勤務し続け、最終勤務地はこの東南の国境門砦であった。
役職は大隊長。砦の実質No.1。
その前の砦では部隊長、前の前も部隊長であった。
大元の籍は王国第二騎士団にあるのだが、砦勤務を希望し続け、隊長職を歴任した為、砦勤務の騎士たちから親しみを込めて『砦専任隊長』のあだ名を贈られた。
中央からは揶揄を込めて『砦ラウンダー』というあだ名を付けられている。
本人的には好きに呼んでくれ、という感じで聞き流しているが、一時期、『竜殺し』という二つ名を付けられた事があったが、これは否定して回った。
それは飛竜種を部隊で討伐した事が、まるで単独で倒したように聞こえたからである。
一部隊で討伐に成功したのだから、『竜殺し』という二つ名は部隊に贈るべきだと。
そう説明して回ったおかげか、その二つ名はいつしか消えていた。
――と本人は思っているが、実はひっそりと生き続けていた。
何故なら当事者の部隊員が噂を広めていた為である。
確かに一部隊で討伐に当たってはいたが、結局の所、倒したのがほとんどキリアンだったからだ。
「貴様たち! 第一王子殿下にご挨拶せんかぁ!!」
新任大隊長の雷が落ちると、男たちはすかさず騎士の礼を取った。
「「「「「王国の輝ける明星、第一王子殿下にご挨拶申し上げます。ようこそ地獄へ!」」」」」
「おまえら……」
頭を抱えたのは新旧の大隊長。
「ふんっ! 鄙に染まった者どもの、なんと粗野な事か。殿下に対し奉り……」
この遠征に参加した第一騎士団十名のリーダーが吐き捨てる台詞の途中、第一王子が手を上げて制した。
最後までビシッと言い捨てたかった彼は、空気を噛む。
「王国の第一王子、ユーリウス・シオン・ゼクト・ガルディアスである。
魔獣討伐に関しては素人の集団だが、これから十五日間世話になる。
国境を守護する卿等を労う為、僅かばかりだが嗜好品等を持参した。夕食時にでも楽しんで欲しい」
「「「「「おおっ、ありがとうございます!!」」」」」
今まで、『馬鹿ぼん』の随伴の者たちが差し入れなどしてくれた事はあったが、当人たちは尽くされるのが当たり前で、そんな気遣いなど頭の片隅にもない。
しかし、今回は王子本人から。
砦の男たちの王子への好感度が少し上がった。
ところで、この招集には騎士や兵士だけでなく、砦で働く職員も集まっていた。どんな面子がやって来たのか情報を共有する為だ。
そして、この職員の中には取り扱い注意な人物たちがいる。それをこの遠征にやって来た第一騎士団員に紹介する為でもあった。……のだが。
「殿下、お疲れでございましょう。すぐに部屋をご用意させます」
「お茶と軽食も必要だが、こんな辺境の食事が殿下の口に合うはずもない。わたくし目が持参した高級茶葉と焼き菓子をお出ししましょう」
「全く田舎者どもの気の利かない。殿下を立たせたままなど許しがたい」
ろくに挨拶も終わらない内から、第一騎士団員たちは王子をもてなす行動をし始めた。
というより、ただの腰巾着が媚びへつらっているだけだが、挨拶もまともに出来ない面々を見る王子の目は冷ややかだ。
しかし、彼らは気づかない上に、やってはいけない事を知らずに仕出かした。
「これ、そこの女、突っ立ってないで殿下をご案内しないか!」
とある第一騎士団員の一人が、染みのある白いエプロンを着けた初老の女性に向かって指差すと、ひゅっと声にならない悲鳴がそこかしこから上がった。
(((((あいつ、終わったな)))))
砦の男たちの声にならない思いは一致した。
不作法に指を突き付けた騎士の手を、キリアンは叩き落とす。
「いっっ! 何を……」
「大変失礼しました、“おばちゃん”」
痛んだ右手を庇いつつ文句を言おうとした騎士を無視し、キリアンはその女性に頭を下げた。
しかし“おばちゃん”とは……。
失礼な物言いだが、親しみを持って砕けて言っているようにも聞こえる。初めて砦にやって来た者には判断が難しい。
「躾が間に合いませんでした」
さらっと酷い事を言うキリアンに、“おばちゃん”呼ばわりされた初老の女性は穏やかに微笑んだ。
だが、砦の男たちは息をひそめて成り行きを見守る。
「キリアン君、久しぶりねぇ。第一の“小僧ども”にはなんら期待していないからいいのよぉ。ところで、第一王子殿下、お久しぶりにございます」
親し気に挨拶をする“おばちゃん”に、第一騎士団の面々は混乱しながらも、無礼者を叱責しようと口を開きかけた。
何しろ、“おばちゃん”呼ばわりされるような平民の女が、自分たち第一騎士団員を侮辱し、王子殿下に許しもなく話しかけたのだから。
――しかし。
「お久しぶりです、“大叔母上”」
「……おお? 大お?」
それより早く返答した王子の言葉に絶句してしまった。
戸惑う第一騎士団を置き去りに、王子とおばちゃんの会話は続く。
「お小さい頃にお会いしたきりでしたのに、私を覚えておられたのですか。嬉しく思います」
「一度でも会って会話した相手を忘れるはずもありません」
因みに王子がこの大叔母と会っていたのは十年程前までである。
先ほどとは違う淑女然とした佇まいの老女と、微笑を浮かべている王子の会話を耳にし、第一騎士団員たちは血の気が引いていた。
特に指差してしまった騎士は、その場に膝を着きそうになった。何しろ、王族に指を突き付けて命令してしまったのだから。
(((((なんで!? なんでこんな所にエプロン着けた王族がいるんだよ!!)))))
第一騎士団員たちの心の叫びも一致した。
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