優しい空の星

夏瀬檸檬

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番外編 ~もう一つの物語~

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番外編
~もう一つの物語~





私は、もともとこんな人だったわけじゃないの。
ただ、夢見ることが大好きで、ちょっと普通じゃない、変わったお姫様。それが私だった。
愛されたかった。いつかは2人で、そう信じてた… 


10数年前ー

「え?」
私はその言葉を聞いた瞬間、考えもせず、その言葉がでたの。お父様から聞かされたことは、私にとって想像もつかないものだったから…
「聞いていなかったのか。そなたを隣国のアルトア国王へ嫁がせるというのだ。」
「で、ですが、私は、まだ15歳ですわ。結婚など、お姉さまが先のはず…」
「アルトア国王は、28歳という若さながら立派な国の国王だ。そなたの年にはいい頃合いだ。」
涼しい顔でそういうお父様。
お父様が、なぜお姉様よりも先に、私を嫁がせる話を持ち出して来たかは本当はわかってたのよ…

「はぁ…」
王宮の中で、一番静かで人気ひとけのない中庭で、風に吹かれながら一人ため息をつく。

私は、ソニア・オリウィシュ。15歳。
シュヴァルト皇国の皇家に生まれた第4皇女だった。父は皇王、母は皇后、美しい姉3人に囲まれて、華やかな少女時代を過ごした。豊かな富を与えられていたシュヴァルト皇国は、その当時巨大な勢力を持っていたアルトア王国と肩を並べ、お互いをライバル視していた。だが、近年になって、同盟を結ぶことをお互いの国が望み始めた。もちろん、そのことに私たちが使われてしまうこともわかっていたわ。皇女の宿命。男子が生まれなかったから、誰かが他の国に嫁ぐことは想像できたし、そうでないと、この国を守ることはできなかった。
私の一番目のお姉さまと二番目のお姉さまは、もうすでに別の国の王妃として嫁いでいる。ただ、三番目のお姉さまだけ、未だ国に残っている。体が弱く嫁ぎ先が見つからないからだった。三人のお姉さまの中で、一番綺麗で、優しくて、賢い方だ。これでお体さえ丈夫であれば、王后陛下として申し分のない方…なのに、私が強国のアルトア王国に嫁ぐことになるとは、さすがに想像ができなかった。
…それに、私には…すでに愛しい殿方がいるのですもの。

「ソニア皇女。こちらにいましたか。」
落ち着いた声で、優しく話しかける大好きな声に私は振り返る。
「クラウス。」
私の愛しい殿方、それは、皇女である私の付き人のクラウス。ブロンド色の長いふわふわした髪を後ろに一つに束ねて、長身で、かっこよくて、素敵な殿方。現在19歳。私の4個年上で幼い頃から私に仕えてくれて、いつの間にか、好きになっていた。そして、クラウスも私の気持ちに応えてくれたのよ。もちろん、皇女と、付き人じゃ、たとえ、クラウスが公爵の家柄の出でも身分が違うけして許されない恋。お互いがお互いを意識しながらも、周りには秘密にして過ごしている。
「どうしたの?クラウス。何か言付けでも?」
クラウスは、静かに笑って、自分の肩につけているマントの紐をほどき、私の肩にかけた。
「こんなところでどうなさったのですか?風邪を引かれますよ。」
「…ありがとう。クラウス…」
「それで?どうなさったんです?ソニア皇女がそんなに暗い顔をしているなんて珍しい。」
言った方が、いいわよね…。
私たちの今後についても決めないと…私は、あなたのそばで生きていきたいのよ…
「…あのね…私に縁談が来ているの。」
私は流れに乗って、一言、ボソリとそう言った。
ピタッ
クラウスは一瞬動きを止めて、私を見た。
「…それは……ソニア皇女も…もうそのようなお年頃なのですね…」
「…クラウス…私っ。」
「先に!」
クラウスによって私の言葉は途切れさせられた。
「…先に、戻ります。」
「クラウス!」
クラウスは走って王宮へ戻る。
私はそれを、ただ、呆然と見ているしかできなかった。
わかってるわ。いつまでも子供ではいられないと…でも、好きなのよ。愛しているの。
私はまた、クラウスのマントを手で握りしめた。

「ソニア。…ここにいたのね。」
また聞き覚えのある優しい声に振り返った。
目の前には、自分のドレスよりももっと派手やかなものを着ている美しいお姉様。
「お姉様…何故こちらへ?寝ていらっしゃらないと…」
「今日はなんだか気持ちがいいわ。少し散歩をと思って…」
「そう…?」
お姉様には、私よりもたくさん共のものを連れて歩く。
私より派手やかで美しいドレスを着て、美しいアクセサリーをつけて…これは、お父様からのせめてもの気持ちなのであろう。体が弱く、外に出て遊ぶことのできなかった、婚約者も作れない可哀想なお姉様のための。
私はと言うと、共のものを連れて歩くのは昔から嫌いで最低限の人数で大抵は一人でいる。独り言もろくに言えないし、私にはそんなおとなしくお姫様として生きるのには向いていないみたい。生まれながらの皇女でありながらも、私は普通とは違うのかもしれない。お姫様っていうのは、お姉様のように静かで、賢い、美しい方なのよね。
「先ほどまで、クラウスがいたのでは?」
お姉様が優しく笑って聞いて来る。
それは、お姉様ご自身も殿方に恋をしている目と同じだった。…もちろん、婚約者がいなくても、姉上にとって愛おしいと思う殿方はいるのよ。私と同じように、お姉様の付き人のジャー。すらっとした長身で、美しい人なの。お姉様が愛おしいと思うのもわかる。そして、ジャーもまた、お姉さまを愛している。
「お姉さまこそ、今日はジャーを連れていないのね。」
お姉さまは一瞬で顔を赤くして、うつむいた。
あ、お姫様だ…。そう思った。
「…そんなことより。ソニア。」
「はい?」
いきなり真面目な口調になったお姉さまは私に体を向き直した。
「縁談の話が来ているんですって?」
私は体を一瞬止めたが、また、お姉さまの方を向いた。
「何故、それを?まだ公にはしていないのに、」
「お父様が今日話しているのを聞いたのよ。」
「…そう。」
私はうつむきながら言った。
…結婚なんて本当はしたくない。クラウスを、失うのは、絶対に嫌。
「…クラウスのことを本当に愛しているのね。」
「もちろん!優しくて、心が綺麗で、容姿も抜群。私を惹きつけるものしか持っていない。あんなに素敵な人、クラウスしかいないわ…」




「何をしてるの?!」
部屋に戻ると、たくさんの使用人達が私の部屋の服などを荷物にまとめたり、整理をしていた。…いったい何を…
1人の使用人が私の元へ歩いて来た。
「皇王陛下からのご命令でございます。隣国との結婚を急がせよ。という命が下りました。」
うつむきながらもはっきりと喋る使用人は、頭を下げて、作業に戻った。
「…だから、もう荷物をまとめるの?私はまだ…」
「もしや、此の期に及んで、嫁ぐのをやめると、そういうのではありませんね?ソニア。」
「…お母様……ですが、私っ」
「子供みたいなことを言うんじゃありません。まさか、まだクラウスのことが好きなんて馬鹿なこと言うんじゃないでしょうね?夢みたいなこと言わずに、しっかり現実を見なさい。隣国に嫁ぐことが、ソニアの務め。」
私の後ろに静かに立つお母様は、この場にいる人すべてを固まらせ、空気を凍らせてしまう…そんな方だ。昔から、苦手で、怖くも思っていた。…でも、私は…クラウスじゃないと嫌…クラウスと共に歩いていきたい。お母様やお父様の冷たい空気の中、クラウスだけが、クラウスだけが私のそばにいてくれた。クラウスが私のそばにいてくれたから、愛を知れた。人を愛して、愛されることがどう言うことか。
『国に和平を。』それが、皇女の務め。
小さな頃から教え込まれて来たこの教え。『国に和平を。その為には、己の命は惜しむな。』…無理よ。私にはできない。私にはそんなことできない。大人しくなんていられない。皇女として生まれるには、その荷は重すぎる…私には、向いてないわ。


「…女!…皇女!ソニア皇女!」
んん…クラウスの、声?
ハッ!
目を開けて、上半身を慌てて起き上がらせる。
…庭だ。お姉さまと話した後、いつの間にか座って寝てしまったのね…風も強いし…だから、あんな悪夢を…
「クラウス…私…」
私はまだ心が現実に戻らずクラクラしていた。
そんな私の目をクラウスは一瞬で真っ暗に覆った。
クラウスの腕が私の肩に乗せられ、強く抱きすくめられた。
「…クラウス?どうしたの?」
「……ご無事で…よかった…」
「え?」
「うなされておりましたので、何かあったのかと…」
「…ふふ。平気よ。クラウス…今はふたりきりなのだから、敬語はいらないのでは?」
私は、彼に問いかける。
彼は、やっと私から離れて、私の目をじっと見る。
「…クラウス?」
「…隣国の国王と結婚するのか?」
やっと言葉を発したクラウスは、静かに私に聞いた。ボソリとした静かで、なんだか切ない声で…
「皇女の務め…『国に和平を。その為には、己の命は惜しむな』ずっとそう教育されていたんだもの…お父様には逆らえない…」
私はうつむきながらいう。
やっぱり、皇女なんて私には向いてない。
「…私と生きる約束は、」
「え?」
「お忘れになったか。」
クラウスは目に涙をいっぱいためて、走り去った。
クラウス…ちがう。ちがうわ。私あなたのこと大好き。愛してる。愛してるのよ。だから、行かないで。私をひとりにしないで…
皇女として生まれて、隣国に嫁ぐ。
それは、どこの国でも当たり前のこと。王子のいないこの国ならなおさら…でも私もお姉様も他に想う殿方がいる。持ってはいけなかった恋。身分違いで、決して結ばれることのない恋。皇女としての立場にいる私たちも、そんな恋に夢を見ていたかったのよ。いつか必ず来るって信じて疑わない私たちふたりきりでの人生の長い長い旅。共に踏み出そうと。誰の手も借りずに、2人で生きていこう。2人で、2人の世界を築いていこう。そう約束していた。そんな約束に、時々、大きな夢を見たくなるのよ。私が、皇女でなかったら、あなたが王子だったら、結ばれていたかな。そんな思いを持って、夢を見たくなるのよ。叶わない夢であっても時々大きな夢を見て、あったかもしれない可能性に心をときめかせたくなるの。そして、時々、あなたと心から愛し合うの。それだけで、それだけで幸せだったのよ。あなたに強く抱きしめて貰えば、何もかもが溶けていくように硬かった心も柔らかくなる。いつだってあなたがそばにいたから私も私なりに生きてこれた。
…もう、2人が結ばれることは許されないの…?
私たちはこんな別れ方をしなければならないの?

愛しているのに…
愛してるだけじゃダメなの?
何をすれば、私がどうすれば、2人で生きれる…?
わからない。わからないわ。



そのまま、クラウスと話す時間もなく、私の嫁ぐ日は刻一刻と近づいていた。

ついに、明日だ。


「ソニア。当日のドレスはこれを着るのよ。シュヴァルト皇家が代々受け継いできたウェディングドレス。金の刺繍に我が皇家の紋章がありますからね。」
お母様が立てかけてあるウェディングドレスを見ながら話をする。
私はベッドに座って、何かただ一点を見つめ、お母様の話に相槌を打つ。
隣にはお姉様が座っている。お身体は大丈夫かしら…
お姉様はジャーがそばにいる。大丈夫だろう…
私には、夫となる国王陛下。これからは彼しかいないの。
「なんです?ソニア。そんな顔をして。」
「え?」
お母様からいきなりの指摘で私は驚いて顔を触る。
…あ、硬い。表情がない。
「嫁入りを目前に控えた女性の顔とは思えませんよ。」
「…」
もう、お母様に反論する気も起きない。
私、一人、この国を出るのよ。

お母様はため息をついて私の部屋から出て行った。
私とお姉様と、ジャーの三人だけ部屋に残る。

「…お姉様。」
「ソニア、そんな顔をして…どうしたの?やっぱり、クラウスと共に生きたいのよね…」
お姉様には全て分かっている…
それくらい私の気持ちは単純。それくらい私の気持ちはわかりやすくて…
「…お姉様、私、結婚が女を幸せにする唯一のものだと思っていたの。」
「え?」
お姉様もジャーも、私の目線に合わせて、首をかしげる。
愛し合っている二人だからこそ、同じ行動をする。
「結婚すれば必ず幸せが訪れると思ってたの。でも、それは、愛し合う人とじゃないと、意味がない…。…なのであれば、誰でもいいのよ…」
「…ソニア。あなたはそれでいいの?」
お姉様は、私よりももっと辛そうな顔で聞いてきた。
「本当に好きな人と結ばれないのなら、誰だって同じこと。」
「…ソニア皇女。何故そのようなことを…」
ジャーも私に聞いてくる。
私は、ため息をついた。こんなに幸せそうな二人に、私の悩みなんて、重すぎる。でも、今は許して。
「お姉様とジャーを見てると…結婚が何か、考えずにはいられなかった…。結婚が全てだと思ってた私からしたら、何故お姉様とジャーがこんなにも幸せなのかわからなくて…でも、クラウスが…彼が好きって思えてからは…私…」
ガタッ!!
部屋中に何かが床に落ちた音が響く。
お姉様は、私よりも先に扉の方を向いて、「あら…クラウス…」そう言った。クラウスは私の元へと駆け寄る。それと同時に私は、座っていたベッドから立ち上がって部屋から飛び出した。その後ろから逃げる私を驚いたように、いや、切なげに追いかけるクラウスがいる。私は小走りに走り出した。いや。来ないで。やっと、気持ちを切り替えて、嫁げると、思っていたのに…


「全く。結婚するから幸せとは限らないわよね。ジャー?」
私は、ため息をつきながら、少し笑みを浮かべて言った。
隣にいるジャーは、優しく微笑む。
どこが好きってそんなのは、よくわからない。でも、彼のそばにいると、落ち着く。発作も出ない。昔から彼の側だとこうなのよ。いつかしら、これが恋だと気付いたのは…
ソニアは、まだ恋をうまく知らないのね…
私の代わりに、たくさんの重荷を味あわせていたわ。体の弱い私の代わりに…
「皇女。お部屋に戻りますか。」
ジャーが私の顔を覗き込みながら聞く。
私は、ジャーの肩に腕を回して、彼を抱きしめた。
「どうなさいました?」
「二人の時は、敬語はよして、名前で呼んで。ジャー。」
ジャーは少し微笑み、笑いながら「はい」と言った。
「レミリア。愛してる。」
「知ってるわ。ふふ。」
ソニア。
結婚なんてしなくても、幸せになれる方法はいくらでもあるわ。結婚なんてしなくても、心が通じていれば、それだけで幸せになれる。あなたなりの幸せをあなたの手でつかんでほしい。私はもう、そばにいられないから…



「ソニア!待ってくれ!話がしたい。」
後ろからクラウスの声がする。
でも振り向けない。見たら戻れなくなる。皇女としての務めを果たせなくなる…
「ソニア!二人で生きる道を一緒に探していこう!」
…クラウス。私は立ち止まったまま、俯いてしまった。二人で歩む。生きていく道は、クラウスと私がともに選びたい。そんなことを夢のようにずっと夜通し話していた時もあった。それは、今、実現できるのだろうか…
「ソニア…」
クラウスの声が近づいてきたと思ったら私の肩を引き寄せて抱き締められた。
息切れを必死に抑えながら私をきつく抱きしめる彼の腕は、いつの間にこんなにも頼れる腕になったのだろう。小さな頃は私の方が背も高くて、力持ちだったのに、いつ越されたのだろう…今の彼だったら私を守って、助けてくれる…?
クラウスは、抱きしめていた腕をようやくほどき私の瞳を見つめた。芯の曲がらない強い瞳だ。そして、優しく微笑む。
「やっと、止まってくれた。」
…ああ。彼だから、私は好きなのよ。
「…ソニア。二人で生きよう。二人で生きれる道を二人で探そう。大丈夫。守ってあげるよ。どんなに時間が経っても迎えにいく。」
私の瞳を見つめながらいうクラウスは、少し目が赤い。泣いていたのかな…
「私、皇女なのよ。」
「うん。」
「私、明日には隣国へ嫁ぐのよ。」
「そうだね。」
「私、あなたのこと忘れちゃうかもよ。」
「それは、困るな。でも、大丈夫。君が私のことを忘れないうちに、きっと迎えにいく。」
「…もし、私が隣国の国王陛下を愛しちゃったら…?」
「ソニアを殺して私も死ぬよ。」
「え!」
「うそだよ。ソニアはそんなことしないって信じてる。」
「クラウス…」
私は、彼を強く抱きしめる。
それに答えるように、彼も私を強く抱きしめる。温かい。彼の体温はこんなにも温かい。そんなあなたの体温が私をどれだけ安心させていたが、クラウス、あなたは知っていた?あなたの鼓動が心地よくて、あなたの前なら何もかも、皇女という地位でさえも忘れて、一人の女として、いられたわ。
「……必ず、いつか必ず、迎えにいく。」
クラウスの静かな声が私の耳に入る。
「…約束よ。約束。私待ってるから。どんなに長くても、おばあちゃんになっても、いつまでも、待ってるわ。」
私と、クラウスは顔を見て、唇を合わせた。
何度目の口づけだろう…。私とクラウスはキスをしなかった。彼が私に気を使ってるのはわかったし、でも、あなたのキスは安心するのよ。お願い。私を忘れないで。きっと、迎えに来てくれることを信じてる。


そして、私は、アルトア王国に旅立った。
不思議と寂しくはなかった。馬車に乗る寸前に、彼と目を合わせて微笑みかけることができたから。迎えに来てくれる。いつか二人で、皇女と、公爵家の後継という身分を忘れて、笑いあえる。そんな夢を見つめて…


…でも、そんな日はいつまで経っても来なかった。いつまでも、いつまでも、来なくて、いつの間にか、国のことも忘れていきそうだった。新しい側室のフローラという方もできて、おしゃべりに花を咲かせて、いつまでも来ない約束の寂しさを紛らわしていた。

そんなある日、私は、突然、現実に引き戻された。

レミリアお姉様が亡くなったという知らせを聞いたから…
ジャーと共に、泉のほとりで、亡くなっていた。何かが起こったのだろう。お姉様が死にたいと絶望する何かが。それでも、私は詳しく聞かされなかった。死に顔は安らかで、ジャーと手を繋いで、幸せそうに眠っていたと。それだけ…お姉様、あなたは今幸せですか?
私は、部屋にこもって、泣く日々が続いた。
いつまで経っても、現れない彼のことを思って。こんな時そばにいてほしい。そんな思いを隠しながら…

でも、そんな日は一度として来なかった。
お姉様が亡くなってから、一ヶ月後。
クラウスが夜道で盗賊に斬られて亡くなった、という知らせが入った。
「…クラウスが死んだ?何言ってるの!ふざけないで!」
皇国にいた時代から私とクラウスの中を知っていた使者にものを投げつけながら泣いた。
「…これを。ソニア様。」
使者が差し出したものは、一つの指輪だった。
私はそれを受け取ると、もう涙が溢れて止まらなかった。その指輪は私の指にぴったりのサイズだ。
「…クラウス様が、夜道に出ていかれた理由はこれだと思われます。」
「…どういうこと…」
私はわかっていたのに、信じられなくて、聞いた。
「迎えにいく準備ができたので、指輪を買いに行って、その途中、斬られたものかと…思われます。」
私は、もう立っていられなかった。
座り込んで、子供のように泣いた。
「…こんな、指輪のために、クラウスが…うっ。ああああああ!生きるって言ったじゃない!なんで…なんでよ!」


その三日後、側室のフローラが懐妊したという知らせが入った。


私は、結局、こんな人生しか歩めなかった。
好きだったのに、愛していたのに、共に歩むことは許されなかった。




享年32歳
私は、クラウスの後を追った。
天国では結ばれる…そうよね?


シュヴァルト皇国の皇女として生まれる
クラウスと恋に落ちる
隣国のアルトア国王と婚約
クラウスと別れる
アルトア国王と結婚
レミリアお姉様とジャーが他界
クラウスが他界
(フローラが懐妊)
(フローラがキルベールを出産)
国王の息子を懐妊
アルベーサを出産
フローラを暗殺


こうして、私の人生の幕は閉じた。
私の生き方を人はひどいというだろう。
でも、私にはこんな生き方しかできなかった。
身ごもったアルベーサでさえも、クラウス以上に愛することはできなかった。


これが、アルトア王国王妃、第二王子アルベーサ王子殿下の実母であり、シュヴァルト皇国第四皇女のソニア・オリウィシュの生涯。

優しい空に浮かぶもう一つの星の物語です。
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