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二章 増えた住人達

16話

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 ざわりとざわめく森の中に、たくさんの気配がする。この森でこれだけ気配を感じたのは、山脈から下りて来た巨大な熊のような獣に、森の動物たちが追われて走り回っていた時以来だ。
 あの時はまだシルバーもいなかったから、急いで集落に走って戻ったわね。


 ガサガサと下生えを踏み歩く音と人の話声がだんだん近づいて来たので目を凝らすと、木々の間に姿が見えた。
「エーデルドさーんっ!」
「おお、これはリザさん。もしかしてお出迎えですか?」
 先頭に見えたエーデルドさんに気づき、手を振る。

「ピュラが教えてくれたの。もうすぐ着くって」
 速足で急いだので、無事に出迎えることができた。
「おお、それは。わざわざありがとうございます」
 前回エーデルドさんが訪れた時は、気づかないでしまったけれど。

「今度はここで、迎えたかったんです。……話し合いがどうなったか、ここで返事を聞かせていただいてもいいですか?」
 エーデルドさんを筆頭に、獣の耳がある獣人や、恐らくドワーフかハーフリンクだろう九人ほどの集団を見回す。そしてしっかりとエーデルドさんと目を合わせた。

「……はい。長老達を含めて里の者全員で話し合った結果、里としてはこちらへ移住させていただくことになりました。ただこの場所と今ある里では植生が少し違うので、向こうでしか取れない植物もあるので里にも常駐か交代かで何人か残し、里も維持していくことになりそうです。こちらの都合ばかり優先で申訳ないのですが……」

 移住させていただくことになりました。そう聞いた時、やはりな、という想いと同時に言葉に言い表せないなんとも言えない気持ちが湧き上がった。
 ここが私だけの郷でなくなるということ。ここでまた、笑い合いながら楽しく暮らせるということ。その寂しさと喜び、それになんとも言えない感情が渦巻いた。
 それを表に出さないように、声が震えないように奮い立たせながらしっかりと返事を返した。

「いいえ、かまいません。自分達で造った里ですもの。離れたくないというのは当然だと思います。……私もここから離れたくなくて、一人でもここで、と暮らしていますから。私は、貴方方の移住を受け入れます」
 移住を受け入れる、そう口に出すのも勇気がいった。それでも浮かべた笑みは、引きつらなかったと思う。
 察したシルバーが心配そうに見上げて来るのを、微笑みながらも目線で大丈夫だと知らせた。

「……ありがとうございます。今回は先遣隊を連れて来させてもらいました。全員が移住する前に、その準備をさせて下さい。建設が得意な者や力がある者たちです。準備が整い次第、少しずつ移住させていただくことになると思います」
 そう言われて改めて見回すと、がっちりとした体型の人が多かった。

 そうだよね。私が受け入れ準備をしておくとエーデルドさんはに言ったけど、家を建てるどころか解体するのも無理だったのだ。全て私一人がやらなくてもいいんだよね。
 そのことを分かっていた筈なのに、理解してはいなかったのだと気づくと、肩から力が抜けていった。
 一人で背負う必要なんて、ないよね。なんだかなぁ。精神年齢的にとっくに大人だったつもりだったけど、ダメダメだな。リザとしては十五歳だものね。抜けてたって仕方ないわよね。 

「分かりました。では、この集落の仲間として歓迎します。遠いところようこそいらっしゃいました!ここが私の集落です!」
 そう思うと、気負うことなく笑顔で集落の中へと一行を迎え入れることが出来たのだった。



「大分、準備を進めていただいたんですね……。大変だったでしょう?ありがとうございます」
「ふふふ。シルバーが頑張ったんですよ。でも元々人数の少ない集落だったので、作業用の道具も少なかったので、道具を持って来て下さって助かりました」

 出迎えた後、全員と自己紹介を終えて集落の中を案内している。
 シルバーは挨拶の時、一人一人しっかりと睨みつけるように確認していたが、獣人の人に膝をついて挨拶をされていた。その時シルバーが大仰に頷いていたのを見て、白銀狼は獣人にとってはそこまでの存在なのかと驚いた。
 まあ、その挨拶のお陰かシルバーは不機嫌になることなく私の隣を歩いている。

 初めて集落の様子を見たエーデルドさん以外の人は、広い土地とのんびりとした空気に驚いていた。
 森の中を抜けると、ぽつりぽつりと点在する家と畑が一面に広がって圧倒されたのだろう。動物に荒らされることなく、人の住める豊かな土地が森の中にある。そのことは点々と移住していた里の人達にはどのように映っただろうか。
 ここを、故郷として大切に暮らしていって欲しい。目を丸くしている人達を見ながらそう思った。


 皆が落ち着いた後、私が描いた集落の予定図を見せると、全員が驚いていたがエーデルドさんには謝られてしまった。そこまでして貰ってすいません、と。
 あれだけ森を伐ることはしないと言っていたのに、畑予定地として森を拓く予定になっているからだろう。そこは気にしないで欲しいと言っておいた。ただ、この地図以上はもう、土地を広げることはするつもりもないことも伝えた。誓約については、その場では何も言わなかった。

 まだ手をほとんどつけていない外周部、そして中心部の広場と井戸、それから小麦畑と貯水槽と水路まで行くと皆から驚きの声が上がった。
「これは凄いな!リザじょうちゃんとシルバーさんの二人で造ったんだろ?ほおー。ここから集落へ水路を造って水を送るのか」

 そう言ってしげしげとドワーフの血が濃いダリルさんに関心して言われた時は、とてもうれしかった。この一月の頑張りが認めて貰えたように感じたのだ。
 今はもう貯水槽に水が溜まっているので水路の水は止めてあるが、造るのには精霊のドォルくんとスヴィーの協力がかかせないと伝えると、うやうやしく一礼された。

 精霊のことはきちんとエーデルドさんが説明したようで、全員が森の民として敬意を捧げると誓っていた。
 皆には姿は見えていないだろうが、それをピュラとスヴィー、それにドォルくんもその場で聞いていた。そして満足そうに頷いていて、これで良かったのだと感じた。



 その後は切ってある木は材木として使っていいことを伝えると、運んで来た大工道具を始めとする荷物を片付け、ヤヴォ用の飼育小屋を建てる準備をし始めた。
 今日中に建ててしまうと聞いて驚いたが、今回は建築に秀でた人を連れて来たそうだ。

 エーデルドさんと一緒に到着したのは、ドワーフの特徴なのか背の低いがっしりとした人がダリルさんを含めて六人、そしてガラードさんとエルフの壮年に見える長老の一人だと紹介されたサジスティさんだ。それにヤヴォ二頭に引かれた荷車が二台あり、荷車には建設用の大工道具や資材などが積まれていた。
 ヤヴォ用の飼育小屋がないことはエーデルドさんに伝えてあったので、予め最初にヤヴォ用の飼育小屋を造る予定で建材も持参して来たそうだ。

 集落にはエリザナおばあちゃん達がこの集落を造った時に使った古い道具類と、それ以外はロムさんが村から運んで来てくれたものだけしかなかった。だからエーデルドさん達が大工道具などを持って来てくれてとても助かった。
 これで予定通りに建設も進められそうだ。

「……本当は迷ったんですよ。返事に来ると言ったのに、家を建てる準備までして来てよいものかどうか。だから、感謝します。こうやって私達の受け入れの準備を進めてくれていたなんて」
「もうエーデルドさん。私はこの集落へ貴方達をこうして迎え入れたんですから。敬語なんていいので、普段通りにして下さい。あと集落の家はもう片付けてあるので、取り壊す予定の家は扉に印をつけておいたので、それ以外の家に皆で別れて泊まって下さいね。家にあるものも使って下さってかまわないので」

 集落の家の残された皆の荷物は、彼等個人の大切にしていたものだけ形見として貰い、それ以外のものは服に至るまで整頓して家にそのまま置いておいた。解体する予定の家の荷物も、他の家へと振り分けてある。

「ありがとう。シルバーさんもありがとう。あとで改めて彼を紹介させて下さい」
「ガァウ」
 シルバーの視線に合わせて少しかがみ、エーデルドさんはお礼を言いつつ近くで作業をしているガラードさんを示した。
 ガラードさんは、狼に似た灰色の耳と尻尾の獣人だ。挨拶をした時、シルバーに膝をついて挨拶をしていた。

 挨拶の時、ついガラードさんの耳と揺れるふさふさの尻尾に目を奪われていたら、シルバーに尻尾で背中を叩かれてしまった。うん、大丈夫だよ。大人の獣人の耳と尻尾は触っちゃダメ。ちゃんと覚えているよ。
 ただ、つい手を伸ばしてシルバーの耳と尻尾をもふもふしてしまったのは仕方なかったと思うのだ。尻尾に触れてシルバーもビクっとしていたが、怒らないシルバーを見てガラードさんが目を丸くしていた。

 
「本当にありがとう、リザ。私の言葉だけで、こんなに準備してくれていたなんて。あの時は水路があったら素晴らしいとは言ったが、まさか一月の間にこれだけ造っていたなんて。本当になんて言っていいかわからない程だよ」
「水路はエーデルドさんが来なくても、造っていた処だったので。まあ、大分予定より長く引く予定になっているので、そこら辺は私だけでは無理です。家の解体も無理でしたし。……シルバーはいてくれても、一人の限界を感じましたね」

 だから移住は私にとって負担なことばかりではない、と告げると少しだけ肩の力が抜けたようだった。
 エーデルドさんと話した時は、移住して来なくてもかまなわいと思っていたのもあって、『誓約』を持ち出してまで強く言ってしまった。その条件を持ち帰って纏めるのは大変だっただろう。

「でも、良くこれだけ早く、移住を整えられましたね。そろそろエーデルドさんが返事を持って来るだろうと予想はしていましたけど、これだけ体勢を整えて来るとは思ってもみませんでした」
 移住が決まるのも、一月でエーデルドさんが戻って来るのも予想通りだったが、見学を飛ばして作業員まで一緒に来るとは思ってもいなかった。

「あれから里に戻ると、移住先をバラけて探していた者の中で私が最後でね。でも、いい場所を見つけた者は誰も居なかったから、長老に話を持ち掛けたら決めたのはすぐだったよ。それについては一緒に来た長老のサジスティを改めて紹介させてくれないか?」

 その言葉に頷くと、落ち着いて話をする為にエーデルドさんとサジスティさん、それにシルバーと一番近くにある家へ向かった。



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