妹と歩く、異世界探訪記

東郷 珠

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終わりと再生

238 エルフ達の侵攻

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 世の中には、触れてはならない物がある。それを禁忌と呼ぶ。
 この世界ロイスマリアにおいて、エルフは禁忌と呼べる存在だった。

 知能やマナの力はどの種族よりも高く、長寿故に多くの知識を蓄えた存在。知恵者と呼ばれる彼らは、能力の高さからか自らを管理者と名乗った。
 決して温和とは呼べない種族であるエルフ。最高の知能を誇るが故に、条理によってしか行動せず、一切の妥協を許さない。
 それは、時として冷徹な決断を、迷う事なく行う。
 
 エルフは、かつて多くの亜人達を、正義の名の下に滅ぼしていった。究極の合理主義とも言える彼らの行動は、多種族から見れば過激そのものだった。

 これまでエルフ達は、森の賢者と呼ばれるホビットと、勇敢な戦士の一族ドワーフの厳重な監視を条件に、神々から国の存続を許されてきた。
 ただホビットやドワーフ側から、エルフに干渉する事は無い。当然だろう。藪をつついて蛇を出す、そんな愚考は犯さない。

 危険分子とも思えるエルフが、多種族の監視が有ったとて、神々から自由を許されていたのには理由がある。
 エルフ達は大陸随一の知恵者で有り、その恩恵にあずかる者も少なく無い。政治から生活技術に至るまで、その知恵を持って大陸を豊かにしてきた側面も持つ。
 何しろ、ミノタウロスの農耕技術開発にも、エルフ達は力を貸して来たのだから。だからこそ、神々や他国から蛮行が見逃されて来た。
 周囲のそんな態度こそが、エルフ達を増長させる一因でもあった。
 
 エルフが動けば、世界が滅びる。それは、亜人達の間で語り継がれる格言であった。

 かつて、エルフの国で生まれたクロノスは、彼らの思想を嫌い国を出て、ラフィスフィア大陸に渡った。
 しかしクロノスとて、合理性を追求した思考を捨てきる事は出来なかった。結果として、魔道大国メルドマリューネは繁栄を極めたが、邪神ロメリアによって内部から崩壊させられた。
 兄クロノスを追い国を出たクラウスにとって、、ペスカとの出会いは正に幸運であった。

 彼の兄弟は、エルフの中では異端であった。
 だが多くのエルフは、同じ思想を持つ。我らが、世界を管理せねばならないと。

 そして現在、神が世界から消え崩壊が進んでいる。戦乱が、大陸中を覆い始めている。業を煮やしたエルフは、立ち上がった。
 今こそ、自分達が世界から混乱を治める時であると。ただ、それこそが過ちであると、エルフ達は気が付いていない。
 
 彼らは世界を滅ぼす。
 彼らが戦いを治めるのは、戦う両陣営を殺し尽くす以外にない。戦いの根源すら断ち切る徹底した考え方は、大陸に絶望しか齎さない。
 それは、アンドロケインの歴史が証明する。

 また、彼らが特に危険視されるのは、集団で行使する大規模魔法の存在にもある。
 国一つを簡単に破壊する大規模魔法は、大量の核兵器を一国が保有する事と、なんら危険性は変わり無い。
 相対すれば例えドラゴンとて、無事では済まないだろう。
 ましてや殲滅ではなく鎮圧ならば、エンシェントドラゴンのミューモとて、無傷で止める事は難しい。

 そして、丁度エレナがミノタウロス達を説得していた頃、エルフの民全てが一斉に進軍を開始した。
 エルフ達のある国は、アンドロケイン大陸の最北端に位置する。しかし、戦乱が起きているのは、大陸中央から南部にかけて。
 南部の国境を隣接するドワーフとホビットの国、いずれかを通らなければ、大陸中央には行きつけない。
 
 剛腕であるドワーフは、肉弾戦にかけて大陸随一の実力を持つ。対して、ホビットは俊敏さや隠密性にかけては、キャットピープルに劣らないものの、直接的な戦闘力は極めて低い。
 当然エルフ達は、ホビットの国に侵攻した。誰にも気が付かれる事も無く静かに。
 
 突然現れたエルフの大群に驚きつつも、制止を試みるホビットに対し、エルフ達は実力行使を行った。
 止まらないエルフ達の進軍。もはや大移動とも言って良い国民総出の進軍を、ホビットだけでは止める事は出来ない。
 すぐさま、ドワーフ達に救援を求めるも、エルフ達の行動は素早かった。

 立ちはだかろうとする者は、全て敵である。エルフ達は、次々とホビット達を殺し、町は焼かれていく。
 たった一日の事であった。ホビットの国は、文字通りに消滅した。最後は大規模魔法によって。
 救援がドワーフの国に届く事すらなかった。ミューモがそれに気が付いた時には、全てが終わっていた。

 ☆ ☆ ☆
 
「不味いエレナ。エルフ達が動きだした」

 ミノタウロスの国で起きる、暴徒を鎮圧しエレナに合流したミューモは、急に声を荒げる。
 その声にやや驚き、エレナはミューモの顔を見やる。ミューモの表情は、これまでよりも硬く、危機感が伝わってくる。
 しかし、エレナはややお道化た様に、話しかけた。

「な、何を言ってるニャ、ミューモ。怖い事を言っちゃ駄目ニャ」
「嘘ではない。大規模魔法が発動した気配を感じたのだ。使用されたのは大陸の東側、恐らくホビットの国であろう。あれは不味い、決して使ってはいけない術だ」

 確かにいつエルフ達が動きだすかは、予想が付かなかった。ただ早すぎる、こちらは準備が全く整っていない。
 ミューモの言葉を聞いたエレナは、エルフ達の後塵を拝した事に動揺した。
 
「まさか。本当かニャ?」
「お前の恐れていた事が起こってしまった。俺は直ぐに奴らを抑える」
「お前だけで行くのは駄目ニャ。せめて眷属を一体だけでも連れて行くニャ」

 ミューモはゆっくりと頷く。
 エレナの危惧は同然の事だろう。先程ミューモの語った中に、大規模魔法という言葉があった。エレナは、禁忌の魔法のその存在のみしか知らない。だが、それが一国を滅ぼす事だけは、伝え聞いている。
 禁術は、ホビットの国すら滅ぼしたに違いない。そんな魔法を使う連中を相手にすれば、例えミューモでも危険である。
 
 心配そうな表情でエレナは、ミューモを見上げていた。そして、やや溜息をついてミューモは呟く。
 
「せめて、我が眷属が全て揃っていれば楽なのだがな」
「言ってる場合じゃないニャ。スールには連絡取れないニャ?」
「取れなくはないが、ラフィスフィア大陸を放置して、こちらに来いとは言えまい」

 わかってはいた。
 ミューモの眷属達は、各地の戦争を止める為に、今も交戦を続けている。スールやブルには、ラフィスフィア大陸でやる事がある。
 
「にゃ~! 準備の時間くらい欲しいニャ! どいつもこいつも~!」
「それには同感だ。だがなエレナ」
「わかってるニャ。ミノタウロスは任せるニャ。きっちりしごいて、一流の戦士にするニャ。この国は大陸の生命線ニャ、私が守るニャ!」
「頼りにしている。お前はあの最弱共を、大陸最強にしたのだ。それは、我らドラゴンとて出来ない偉業だ」

 そう言うと、ミューモは飛び立った。ただ、エレナの心配は尽きなかった。
 時間は短くても、ミューモとは決して浅い付き合いではない。
 ミューモの性格は、良く知っている。今のミューモは、エルフを止める事が出来るなら、己の身すら簡単に投げ出すだろう。
 元は仲間想いの、優しいドラゴンなのだ。時として、それが仇になる。
 それがミューモなのだ。
 
「焦っちゃ駄目ニャ、ミューモ。あいつらが帰って来るまで、絶対に耐えるニャ」 
 
 既に遠くの空を駆けるミューモには、エレナの言葉は伝わるまい。
 しかし、エレナは呟かずにはいられなかった。

 戦いは、激しさを増す。各地で起きる騒乱は、止まる様子を見せず、更なる混乱が巻き起こった。
 ドラグスメリア大陸に、絶望の影が広がろうとしていた。
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