妹と歩く、異世界探訪記

東郷 珠

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132 翔一の忙しい日々 その2

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 訓練をしていた翔一は、ペスカに連れられ王立魔法研究所にやって来た。そこで、マルスの助手に指名された。

 マルスの下には、王国各地は元より、東の国々からの要望も多く来ていた。
 ペスカは、旧メルドマリューネ兵の治療で、かかりっきりになっており手が貸せない。冬也は知識に乏しい為、役に立たない。空は、治療院での仕事が忙しい。
 ペスカと同郷で、且つ妙な知識が有る者の知識を得たかったマルスは、翔一に目を付けた。
 翔一を開いた椅子に座らせると、マルスが翔一の顔を覗き込む。
 
「さて、何から始めようか。君、自動的に敵を迎撃する案を持っているか?」

 唐突に始まったマルスとの打ち合わせに、少し戸惑う翔一だが直ぐに答えを返す。

「それは、例のミサイルを想定しての事ですか?」
「みさいる? ペスカも同じ言葉を使ってたな。メルドマリューネが使った、空飛ぶ兵器の事だ」
「それでしたら、考え方は二つ有ります」

 目を輝かせて、マルスが翔一に顔を近づける。

「君。早速、聞かせてくれ」
「はい。先ずは物理的な方法です。一定区域に対象を検知出来る装置を備え付け、対象が区域を通過後に物理攻撃で撃ち落とす方法です」
「うむ。意味は理解出来る。次も聞かせてくれ」
「次は相手の攻撃を無力化させる方法です。汎用性が高い方法でもあります。魔法の根本はマナ。先のミサイルもマナを使用したと仮定すると、マナを混乱させる方法があれば、無力化が可能です」
「似た方法は既に有る。だが、あの攻撃には対応出来ん。もう少し、具体的な説明を貰えんか?」

 マルスは、散乱するテーブルの上を、強引に手で払い退けると、数枚の紙をテーブルに乗せる。手招きして翔一を呼ぶと、説明の詳細を紙に書かせた。
 翔一は、先ず物理的な迎撃システムを、紙に図を書きながら説明をした。

 探知魔法の魔石を入れた装置を、王都を囲む様に設置する。この装置が、王都に侵入した何かを検知する。そして検知用の仕組みと連動させて、侵入した何かを魔攻砲で迎撃する。
 ただし自動化したい場合は、攻撃対象を限定させる条件付けが必要になる。そうしないと、王都へ入るものを、無作為に攻撃する可能性が有る。

 対象の無力化については、先の迎撃システムの要領を少し変えた物になる。
 マナを通さない鉱石を極小化し、大気に混ぜる。これにより、その大気内では魔法が使用不可になる。この大気を閉じ込める様にし、王都を包む大気の層を形成する。

 所謂、マナを通さない鉱石が、チャフの代わりを果たす。それにより、外部からの魔法攻撃を無力化させる仕組みである。ただし、鉱石を混ぜた空気の層を、固定化させる事が出来なければ、効果が薄くなる。またマナの使用を禁ずる為、人体に及ぼす影響可能性も有る。

「うむ。一つ目の案は有効的だな。二つ目は、致命的な問題が起こりかねん」
「所長さん、問題と言うと?」
「君が言っていただろう、人体の影響が大きい。それと仮に大気を固定し維持したとして、王都内の大気はどうなると思うのだ?」
「固定化の魔法次第では、窒息状態にはなりませんよ」
「大気を通しつつ、層を固定するか・・・。魔法構築の難易度が高すぎるな。代替え案か、再検討が必要だ。先ずは第一案を進めよう」

 マルスは翔一が書いた紙に、書き込みを入れると自分の机に置く。引き続きテーブルに着いたマルスは、翔一と向かい合う。

「次は農業だ。一昨日、ペスカが言っていたのだ。ろぼっとと言う物について、説明してくれ」
「所長さん。因みに、用途は自動的に作業の全てを行う。それで、間違い無いですか?」
「そうだ。今は、土地は有り余ってるのだ。国が無くなったしな。だが、食料が圧倒的に足りない。エルラフィアには、北と南から難民が押し寄せている。だが、国民の半分を失って、作物を育てる人間が足りん」
「それは難民の方々に、働いて貰えば良いのでは?」
「もう、やらせている。だが、このままではいずれ食いつぶす。その為には、新しい土地の開墾が必要だ」
「そうですか。では、一連した作業より、単一作業を行わせる方が良いと思います」

 翔一は、農作業に自律システムを組み込み、連動性を持たせるよりも、単一作業を補助するシステムの方が、実現可能性が高いと感じていた。
 開墾なら、開墾する事だけの命令を持たせた、機械を作る。種まきなら種まきだけを、実行させる。
 あくまでも、人が主として機械を使用する。補助的な機械を使えば、人間の作業効率は上がる。
 複雑な命令を持たせてケアが必要な機械を作るより、余程効率的な方法だと説明をした。

「うむ、的確な意見だ。君は、予想以上に頭が働くな、気に入ったぞ。早速、試作機を作ろう。きたまえ、翔一」

 マルスに手を引っ張られて、翔一は部屋を後にする。
 その日は夜遅くまで、迎撃システムと農作業の試作機の製作を手伝わされた。そのまま、作業室内で寝てしまった翔一は、目を覚ますと兵達の訓練に混ざる為、急いで研究所を出る。
 訓練が終わり兵舎で昼食を取ると、研究所に戻りマルスと意見交換、試作機の研究に没頭した。
 
 経験した事が無い程、目の回る忙しい日々が続く。しかし、不思議と翔一は充実感を覚えていた。
 辛い訓練の時間や、マルスとの意見交換も、頼りにされる事に喜びを覚えていた。
 それと同時に、己の知識が浅い事を実感させられた。一介の高校生である翔一に、専門的な知識を求めても限界があるのだ。頼りにされる程、その現実にぶつかる。

 それは翔一の、自己理解を深める事に繋がる。
 忙しい日々の中で、自分に足りない物、欲しい物が徐々にわかり、目指したい場所が漠然と見えて来るようだった。

 そんな中、夜遅くに作業がひと段落した翔一は、ペスカに呼ばれた。用意されていたが、ほとんど誰も戻らない宿に行くと、冬也とペスカが待っていた。

「おう、何だか久しぶりな感じだな。翔一」
「そうだね、冬也。同じ建物にいるのに、全く会わないからね」
「翔一君。マルス所長に、気に入られてたね」
「有難いけど忙しいね。その分、足りない事を思い知らされるよ」

 苦笑いをする翔一に、冬也が微笑みかける。
 
「充分すげぇって。なぁペスカ」
「まあね。マルス所長って、案外厳しいんだよ。爺ちゃんの癖にさ」
「俺はあのジジイに、毎日叱られてんぞ!」
「所で二人共、何か用が有るんじゃ無いの?」

 久しぶり二人と会った様に感じる。雑談に興じていたい。しかし翔一は、自分を読んだ理由を問いかける。忙しいはずの二人が、わざわざ時間を作ったのだ。
 それは、翔一なりの配慮であろう。
 そして翔一の意図を汲み取ったペスカは、用件を切り出した。 

「あのさ。翔一君に、三か所からオファーが来てるんだよ」
「オファー? 何の?」
「何のって、翔一君の進路だよ」

 翔一の表情が驚いたものに変わる。しかし、ペスカは気に留めず話を続けた。

「エルラフィアの近衛が再編されるの。その筆頭に、翔一君を押してる奴がいるんだよ」
「はぁ? 何で僕が?」
「知らないよ。気に入られて良かったね。まだ有るよ。マルス所長が正式に助手にしたいって」
「えぇ! 僕が正式に助手?」
「一々驚かないでよ、翔一君。最後の一つは、パパリンからね。東京で増えた能力者達の対応で、忙しいんだって。即戦力が欲しいって言ってたみたい」

 ペスカは、少し間を置いてから言葉を続けた。

「んで、どうするの?」
「僕は、日本に帰るよ」

 ペスカの問いに、翔一はあっさりと返した。

「軍も、所長さんも、欲しいのは未来の僕なんだと思う。僕は、まだ足りないんだ。色々と足りないんだ。それがこの数日で良くわかったよ。だから日本に帰る」
「翔一君。日本に帰ったら、近衛の話しは流れるよ。良いの?」
「良いよ。軍に入るなら、それなりの覚悟をしてから、もう一度挑戦すれば良いんだ。研究所も同じだよ」
「だって、お兄ちゃん」

 翔一の真剣な表情を見て、ペスカは冬也に視線を送る。冬也もまた、翔一の真剣な目を見ていた。

「翔一、俺もそれが良いと思う。お前は充分に強くなったよ。虐められてた頃が、嘘みたいに強くなった。もう自分の未来は、自分で切り開けるよ」

 親友からのエールに、翔一の胸は熱くなる。
 長い間、この親友に守られて来た。これからは、守ってくれる親友は、遠い異世界の住人となる。
 翔一は、冬也と出会ってからの事を思い出し、涙が溢れそうになった。
 
「流されやすい翔一君が、良く決断したね。近衛の件は、私からクラウスに断っておくよ」
「クラウスさんが、どうして?」
「トールが翔一君を気に入って、クラウスを巻き込んだんだよ。モテモテだね、翔一君。東京に戻っても、BL街道まっしぐらで頑張ってね」
「違うよ、何言ってんの? 止めてくれない?」
「あっ、そうだ翔一君。日本行きは一人増えるからね。面倒見て上げてね」

 意味深なペスカの言葉に、再び頭が痛くなる思いだった。翔一は、日本に帰る当日に、腰が抜けるほど驚く事になる。
 
 未来はわからない。だからこそ挑戦する。だからこそ切り開く。
 他人が敷いてくれたレールなんかじゃ、満足は出来ない。
 辛いだろう? それが何だ! 苦しいかも知れない? だから楽しいんだろ!
 これは未来に希望を抱く、少年の物語である。
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