3 / 5
1話
しおりを挟む
春の暖かい風が吹く軍学校の門の前。腰に剣を携えた短い黒髪の青年エルドは、妹のエリノとともに校庭の先にある校舎を眺めていた。
青く晴れ渡った空の下、特に何かを主張するでもなく建つ三角屋根の校舎は、頑丈そうではあるが飾り気のない質素な雰囲気の建物だった。
二人が通っていた学校とも大差のない見た目のその校舎は、通常は一般的な軍学校として使用されている、そう二人は聞いていた。
しかし、今日普通の軍学校としての用でここに来た人は恐らくいない。
何故なら、今日はそもそも学校として使われてはいないはずの日なのだから。
そう、今日は――――。
「……エンデイド王立精鋭兵養成学校入学試験会場」
校庭の入り口にある引き戸式の門に貼られた紙を見て、エルドは確認するようにそう呟いた。
そしてそのまま手元の案内用紙に目を落とすと、案内用紙の会場の欄に書かれている場所の名前と門の石版に書かれた学校名が一致しているのがわかる。
エルドは安堵して小さく息を吐いた。
……どうやら試験会場はここで合っているようだった。
「まあ、大体家から1時間半くらいかな」
エルドの隣にいる茶色い髪の少女エリノが、肩に掛けた鞄から取り出した懐中時計を開いて呟いた。
家を出たのが朝の7時。そして現在は8時26分。試験は9時から始まるため時間的にはまだ少し余裕があるようだった。
「それでも結構かかってんなぁ。まあ、家からこのくらいの距離で試験ができるだけでもまだマシなのかもしれんが」
「まあね。それに1月を過ぎてから試験を受けられるのも助かったよ」
エリノが小さく微笑んで言う。
今回の試験は臨時で行われる試験であり、それが5月に行われることを1月半ばの時点で二人は広告などで知っていた。だからこそ、当時通常の軍学校の試験がある1月上旬を過ぎていたにもかかわらず、二人は軍に入ろうと考えたのだった。
しかし、エリノはすぐに落ち着いた表情に戻り、
「でもきっと、簡単じゃない」
と、校舎を見据えたまま、どこか自分に言い聞かせるように呟いた。
毛先が首をくすぐる程度に伸びたエリノの髪を、穏やかな風が揺らす。
エンデイド王立精鋭兵養成学校入学試験。通常の軍学校の試験とは別の時期に特別に全国に会場を設けて行われることになったこの試験は、トゥライデン王国の首都エンデイドに戦争の戦力強化の一つとして急遽建てられたたった1校だけの学校に入る生徒を集めるための試験、そう二人は聞いていた。つまり、それはおそらく、国中から特に優秀な人材を探し出すための試験。
そのため、当然、そんな倍率が高いであろう試験が楽なものでないことは二人にも想像がついた。
エルドはエリノをちらりと横目に見て、何気なく訊く。
「勝算は?」
エリノは小さく首を傾げる。
「……わかんない。だけど受かりたい。努力はしてきたつもりだし」
「まあ、そうだな。どんな試験か分からないが全力を尽くすしかない」
エルドは小さく頷き、再び校舎を見る。
もし試験に失敗すれば、次にいつ同じ試験が行われるか分からない。そして、今回失敗して、もし通常の軍学校に入るにしても、試験のある来年の1月まで待たなくてはいけないだろう。そうなれば、エルド達は貯金を切り崩しての生活か、学校を一度辞めるか休んで街で働きながら軍の試験を待つことになる。それはやはり、苦しく不安定で、ひどくもどかしい日々になることが想像できた。
必ず合格し、出来るだけ早く父親の生活を楽にする。そして、母親の為にも、悲しみ苦しむ人達を減らす為にも、戦争を終わらせる為にできることをする。
そんな思いを支えに、二人は校舎へと歩き始めた。
青く晴れ渡った空の下、特に何かを主張するでもなく建つ三角屋根の校舎は、頑丈そうではあるが飾り気のない質素な雰囲気の建物だった。
二人が通っていた学校とも大差のない見た目のその校舎は、通常は一般的な軍学校として使用されている、そう二人は聞いていた。
しかし、今日普通の軍学校としての用でここに来た人は恐らくいない。
何故なら、今日はそもそも学校として使われてはいないはずの日なのだから。
そう、今日は――――。
「……エンデイド王立精鋭兵養成学校入学試験会場」
校庭の入り口にある引き戸式の門に貼られた紙を見て、エルドは確認するようにそう呟いた。
そしてそのまま手元の案内用紙に目を落とすと、案内用紙の会場の欄に書かれている場所の名前と門の石版に書かれた学校名が一致しているのがわかる。
エルドは安堵して小さく息を吐いた。
……どうやら試験会場はここで合っているようだった。
「まあ、大体家から1時間半くらいかな」
エルドの隣にいる茶色い髪の少女エリノが、肩に掛けた鞄から取り出した懐中時計を開いて呟いた。
家を出たのが朝の7時。そして現在は8時26分。試験は9時から始まるため時間的にはまだ少し余裕があるようだった。
「それでも結構かかってんなぁ。まあ、家からこのくらいの距離で試験ができるだけでもまだマシなのかもしれんが」
「まあね。それに1月を過ぎてから試験を受けられるのも助かったよ」
エリノが小さく微笑んで言う。
今回の試験は臨時で行われる試験であり、それが5月に行われることを1月半ばの時点で二人は広告などで知っていた。だからこそ、当時通常の軍学校の試験がある1月上旬を過ぎていたにもかかわらず、二人は軍に入ろうと考えたのだった。
しかし、エリノはすぐに落ち着いた表情に戻り、
「でもきっと、簡単じゃない」
と、校舎を見据えたまま、どこか自分に言い聞かせるように呟いた。
毛先が首をくすぐる程度に伸びたエリノの髪を、穏やかな風が揺らす。
エンデイド王立精鋭兵養成学校入学試験。通常の軍学校の試験とは別の時期に特別に全国に会場を設けて行われることになったこの試験は、トゥライデン王国の首都エンデイドに戦争の戦力強化の一つとして急遽建てられたたった1校だけの学校に入る生徒を集めるための試験、そう二人は聞いていた。つまり、それはおそらく、国中から特に優秀な人材を探し出すための試験。
そのため、当然、そんな倍率が高いであろう試験が楽なものでないことは二人にも想像がついた。
エルドはエリノをちらりと横目に見て、何気なく訊く。
「勝算は?」
エリノは小さく首を傾げる。
「……わかんない。だけど受かりたい。努力はしてきたつもりだし」
「まあ、そうだな。どんな試験か分からないが全力を尽くすしかない」
エルドは小さく頷き、再び校舎を見る。
もし試験に失敗すれば、次にいつ同じ試験が行われるか分からない。そして、今回失敗して、もし通常の軍学校に入るにしても、試験のある来年の1月まで待たなくてはいけないだろう。そうなれば、エルド達は貯金を切り崩しての生活か、学校を一度辞めるか休んで街で働きながら軍の試験を待つことになる。それはやはり、苦しく不安定で、ひどくもどかしい日々になることが想像できた。
必ず合格し、出来るだけ早く父親の生活を楽にする。そして、母親の為にも、悲しみ苦しむ人達を減らす為にも、戦争を終わらせる為にできることをする。
そんな思いを支えに、二人は校舎へと歩き始めた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる