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「雌(おんな)」No.16
しおりを挟む16、
藤子は谷川に向かって啖呵を切った、何もかも、それこそ口から出任せ、何一つ根拠はなかった、ジョージなんて名前、聞いたことも無い、それに、竜次から受け取った物は元からなにも無い、ただ相手が、谷川が勝手にそう思い込んでると確信した藤子は、谷川の思い込みを利用して取引を提案しただけだった、
面白いように話は進んだ、そして物々交換の話迄まとまった、この後どうするかはまだ何も決めていない、というより緒から藤子は何も考えていなかった、
藤子は小料理屋「竜次」に戻った、他に行く宛もなかったが、よくよく考えれば、谷川から、少なくとも物々交換当日までの命の保証を得た以上、ここが一番安全だと判ったからだった、
店は、藤子が拉致された日から客足は遠のいているが、それでも、ひとの記憶も、ひとの我が身の心配も、時間と日が経つにつれて薄らぎ、少しずつは客の数も回復してきていることを仲居らと一緒に体を動かしながら実感していた、
藤子は思う、本当は、このまま何もややこしいことに関わらず、皆と賑やかに、ワーワー客を迎えて客とわーわー騒いでいたい、とつくづく思う、別に、ここが他人の店だろうと何だろうと構わない、一緒に皆と働けば一日が充実してあっと云う間に過ぎて行く、
藤子の性分なのか、それとも男が勝手に藤子を巻き込むからか、それは藤子には判らない、判らないが、何かするに、いつも男が絡む、しようがない、
ふと藤子は、耕三のことを思い出した、
(あんた、具合、どない?ちょっとは良うなってるか?春猪ばあは、ちゃんと世話してくれてるか?)
あの、墓地横の、大きな松の木の枝が覆い被さるその下の、今にも崩れそうな荒れ小屋の風景が藤子の脳裏に蘇る、
(あんた、生きてるか?しんどかったら、もう頑張らんと、死んだ方が楽かも知れんよ、あんたに約束した入院のこと、うまいこと行ったら明日にでもすぐ入院させたげられる、かも知れん、せやけど、あんまりあてにせんといて、な、
やっぱし、それでも、また入院したところで、手術やら注射やら苦い薬やら、えらいしんどい目するだけで、結局直らんと死んでしまうかもしれんし、あんた、もう手遅れかもしれん、それやったらいっそ、今の内にすっと死んだ方がマシや、思う)
ふと思い出した隣接する墓地の風景が、藤子に、突然に或る考えを齎した、藤子はその閃きを元に、或る作戦を練った、考えるうちに、その作戦を実行するには、男の力無しではどうにもならない、ことがわかってきた、
やはり、あの男は居た、イクタマさんの、石の慰霊碑に隠れる姿があった、会社務めの男のように今日も律儀にカッターシャツを着、長い袖を折って腕まくりしている、
藤子はその慰霊碑の前を素知らぬ顔で素通りし、店に向かう振りして途中で、よその小料理屋の角で裏へ回り、生玉神社の境内へと戻った、
カッターシャツの男は、藤子の無事の出勤を確めて安堵したのか、たばこを出して白い煙を空に向かって吐き出した、
藤子は、慰霊碑の反対側から男の前にすっと姿を現した、男は余程驚いたのか、吸った煙草の煙を飲み込んで、喉で蒸せ、咳込んだ、
第四部「そして死刑」
カッターシャツ男の、苦しく咳込む様子が、藤子には何故か、藤子の心の中の、女の本能をくすぐった、
「兄さん、ごめん、やで、脅かした、みたいや、ほんま、ごめん」
藤子は、男の肩に体をくっつけ、背中をさすってやった、そうしてやることに何のためらいも気恥ずかしさもない、極く自然で、藤子にも不思議な感覚だった、
男もそれを拒否しなかった、漸く咳が治まり、男は藤子の顔を見詰める、藤子は何故か照れてしまった、
「ごめん、な、兄さん、お詫びに、それにこの前、うちのこと、助けてくれたお礼も未だ出来てなかっってん、そのお礼も兼ねて、うちの店で、何か食べてくれたら、うち、嬉しい、ねんけど?…」
男は、どれぐらいの歳なんやろ、うちより一回りぐらい若い?よく見ると結構、整っていて、表情は暗いが男らしい顔、藤子好み、男は、断らずに、藤子の後ろを従いて来た、
先に藤子が「竜次」の店の暖簾を分けて入り、続けて入って来た男の様子、男の顔に覚えのある仲居らが、口に手を当てて息を飲んだ、
「ええね、ええね、このひと、どうも悪いひとや、ない、みたいや、この前、殺されかけた時、この人が助けてくれてんや、えらい喧嘩強かった、あっと云う間に四人、やっつけてくれた、悪いひとやない、思うね、な?」
最期の所、藤子は振り返って男に訊いた、男は、にこりともしない、
「ま、こっち、上がって下さい、ますみさん、用意、頼みます、うちの店で2番目にお値段、高い、の」
普段、藤子が居住する二階の部屋、そこに男を招じ入れた、膳が運ばれてくる、盃を男に渡し酒を注ぎ、飲み干すのを待って、
「本当に、先日は、危ない所、ありがとうございました」
藤子は、両手をつき、頭を下げた、男は、次の一杯もぐいと飲み干して藤子に返杯した、男は藤子の手の盃に酒を満たす、藤子もぐいと飲み干し、口紅で赤く染まった飲み口を拭き取らず、その飲み口が男の唇に向くよう盃を返して酒を注いだ、男はその赤い紅の付いた飲み口に唇を当て、盃を傾けた、
藤子は、男のその飲みっぷりを見ていると、自分の体の芯の部分が男の体とつながっているように感じて、そのことを男に悟られてはと思うと、却って頬が熱くなり、うっとりと官能的な酔いに体がとろけ始めた、
「いい飲みっぷり、お強い、んでしょうね?うちは、駄目、ちょっとのお酒ですぐ酔っちゃう、今頂いた一杯で、もう、駄目、あと、お願い、してもいい、ですか?」
藤子は腰を歪めて男の体に体を寄せる、男は別に拒む様子はない、藤子は知っている、どの世界に住む男であろうと、酒を嫌いな男は居ないし、ただの女を食わぬ男は居ない、
「お名前、教えて頂いていいでしょうか?私、多分ご存じだと思いますが、藤子、と云います」
悪戯っぽく云ってみた、
「並木、です」
「並木、さん、ね、本当にありがとう、並木さん、あの時、居てくれてなかったら、うち、もうここに居てない、あの男達、ね、上六の、谷川組のやくざ者、この谷川組の組長が、うちを殺せと命令した、んやと思う、並木さん、竜次のこと、知ってる?」
並木は、暫く考えていたが、頷いた、
「谷川組の組長、竜次のことで、何か根に持っている、ようなんやけど、それで竜次、殺されて、竜次を殺したあの四人の男の一人、顔、うち、はっきり覚えてる、けど、竜次、何で殺されたのか、うちには何んも解れへん」
男は、卓袱台の上の料理を盛った皿を、箸でつつき、何も云わず、手酌で注いだ盃を数杯、立て続けに喉に流し込んだ、藤子は男のそんな様子を何も云わず見詰めていた、
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