デッドエンド・ウェディング

うてな

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15 ジェット:忘却

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ここは高層マンションの上階。美夜はその一室に軟禁されていた。
一人の部屋にしては少し広く、家具と家具との隙間が気になるくらい。それもその筈、部屋のデザインは非常にシンプルで日常に必要な物しかない。タンスやクローゼット、ベッドに勉強机に鏡。誰かが過ごしている感じもしない、ただ用意しただけの部屋の様だ。
美夜はベッドの上で座り込んでいて、綺瑠はその近くで怪しく笑んだ。

「ごめんね美夜、ずっと使ってなかったからカワイイ部屋じゃないんだ。これからカワイイ家具を沢山入れるから、少しの間我慢してね。」

美夜は冷や汗を流す。

(嘘…本当に誘拐された…)

美夜が呆然としている中、綺瑠は美夜の隣に座った。綺瑠は美夜の頬に手を添え、そっと顔を近づける。

「可愛い美夜…美夜は僕の物。えへへ…やったね…」

そんな綺瑠に狂気を感じる美夜。思わずいつもの綺瑠が戻る事を願ってしまうくらい。

(早くいつもの綺瑠さんが戻ってきますように…!)

さっきまで取り乱して手の付けられない様子だった綺瑠は、美夜を軟禁した瞬間に落ち着きを取り戻した。それどころか喜んでいる始末。

「最初からこうすれば良かったんだよね。そうしたら美夜が僕の元カノに殺される心配も、美夜が僕から離れる事もない。最高じゃないか…!」

「で、でも私、たまには外に出たいです…」

美夜が恐る恐る言うと、綺瑠は美夜を優しくベッドに押し倒す。美夜は緊張した様子でいると、綺瑠は囁くように言った。

「安心してよ美夜。元カノが来ないような場所でお散歩させてあげるから。旅行するのもいいかもね…?」

いつもならドキドキする状況も、今回ばかりはできなかった。頭の中では常にどう逃げるかを考えている。美夜は警戒した様子で綺瑠を見つめた。

(今までと全く違う雰囲気…。いつ暴力されてもおかしくないかも…。特に、『愛』と発言したら暴力する確率がグッと上がる。)

綺瑠は普段は両手に黒い手袋をはめているのだが、綺瑠はそれを脱いだ。そしてその手で、美夜の顔に触れる。恍惚とした表情で、綺瑠は言った。

「はぁ…美夜を沢山触るっていいね……幸せ…」

綺瑠の右手の甲には、大きな火傷の跡があった。何かのエンブレム…まるで烙印だ。美夜はそれを眺めていると、綺瑠は言う。

「そんなに『愛の印』が気になるの…?美夜も欲しい…?」

美夜はそれに恐怖を覚えたのか、首を横に大きく振った。すると綺瑠はつまらない顔。

「あぁ…どうして誰も僕の愛を喜んで受けてくれないんだろう…。元カノも、父さんもそうだった。いざ僕が愛したら、喜んではくれなかった。」

「綺瑠さん…。」

美夜は悲しさを覚えた表情で見ていると、綺瑠は急に焦りを抑えるような表情を見せた。

「ねぇ美夜、暴力って愛じゃないんだよね…?じゃあ僕は、どうやって美夜を愛せばいいの…?どうしたら、僕を愛してくれる…?」

それを聞いた美夜は意外に思ったのか目を丸くした。

(てっきりこのまま暴力かと思ったけど…一応抑制はしているのね…。)

「な…軟禁は…私は愛じゃないと思います…、悲しくなります。」

美夜が言うと綺瑠は目を大きく見開いて美夜を見つめた。正気とは思えない動揺に満ちた瞳。まるで軟禁を愛と思っている…いいやそう思っているのだ。

「悲しい…?こ、こんなに愛していても悲しいの?これは愛だよ…!暴力以外の、僕が知ってる愛…!父さんからもそうやって愛されてきたんだ…!」

それを聞いた美夜は綺瑠を不憫に思う。

(綺瑠さんは、実の父親に暴力を奮われて育ってきた。「暴力は愛」と言われながら…。結果、綺瑠さんも彼女を愛する為に暴力を奮うようになった。だからこの綺瑠さんは、歪んだ愛しか知らない…。)

綺瑠は愛の表現の仕方を知らないせいか、自分の愛を否定された気分になっていた。自身の髪を両手でぐしゃりと握り締めて歯をむき出しにして食いしばる。思うように行かない為か、再び綺瑠の声が荒くなった。

「これは愛じゃないの…!?みんなそうだ!僕が愛しても、『これは愛じゃない』そう言ってくるんだ!!」

綺瑠の表情には理解されない悔しさと受け入れてもらえない怒りが混じっている。

「何が愛なんだ…!どうすれば愛が伝わるの…わからない…」

すると綺瑠は俯いてしまった。怒り狂ってしまうかと思いきや、恐怖を覚えた様に身体がガタガタと震えている。裏綺瑠の心は壊れてしまっているのか、抱く感情に一貫性がなかった。
美夜は心苦しいのか目を閉じつつ、綺瑠の頭を優しく撫でる。

「綺瑠さん、愛って難しいけど…受ける相手がそれを愛だと感じたら、それが愛だと思うの…。だからね…人それぞれ感覚が違うというか…」

美夜が言葉選びを迷いながら言うと、綺瑠は美夜の顔を見る。綺瑠は落ち着いた様子になっていた。その表情を見た美夜は何が始まるのかと息が詰まる。

「父さんから、『愛だ』って言われて愛されてきた…。だから愛だと思ってきた。痛くても…苦しくても。これは愛…?」

綺瑠がか細く呟く言葉に、美夜が思う以上の辛い出来事が綺瑠の身に起こっていたのだと再度認識した。思わず難しい顔を浮かべてしまうほどに。
美夜はふと、綺瑠の服のボタンに手を伸ばした。ボタンを外すと綺瑠の上裸が見えていく。綺瑠の胸や腹には、見るに絶えない傷跡が沢山あった。胸が痛むほどの傷が、沢山だ。美夜はそれを、虚しそうに眺めていた。

(それを愛だと盲信する裏綺瑠さんと、それさえ知らない普通の綺瑠さん。本当にそれを愛だと思っていたら、きっと二人は離れ離れにならないと思うの…。でもこれを、今の綺瑠さんに言ってもいいのかしら…)

すると、綺瑠は不気味にも微笑む。美夜は綺瑠の目を見つめると、綺瑠は言った。

「でも、いいんだ。美夜から教えてもらえばいいんだから。ねぇ美夜、僕にこれから沢山教えて…?愛を。」

そう言って、綺瑠は美夜に覆い被さるのであった。





璃沙の家にて。
家には既に広也と進也が帰宅し、綺瑠達が帰ってきていない事について璃沙と話し合っているところだった。璃沙は言う。

「本当に綺瑠や美夜に会わなかったの?」

「会わなかったっす!迷子にでもなったんすかね?」

進也が首を傾げると、広也はソファーにて携帯ゲームをしていた。

「綺瑠の車がなかった どっか出かけてるのかと思ったが 連絡もないと心配だな」

璃沙は我慢ならなくなったのか、自身のイヤホンに付いているアンテナに手を添える。どうやら何かと交信している様子。しかし璃沙は眉を潜めた。

「数十分以上、同じ場所から動いていない。しかも道路の真ん中だ。」

「発信機を追ってるのか? ずっと同じ場所にいるのもおかしいな…」

「隠れんぼっすね!裏綺瑠がやりそうな事っす!」

進也が笑顔で言うと、広也は即座にツッコミを入れた。

「滅茶苦茶やりそうだが 一歩も動かないのはおかしいだろ お前に似てアイツ落ち着きねぇし」

「発信機を落としたのかもしれないっす!」

珍しく鋭い事を進也が言ったのか、広也と璃沙はツッコミも入れずに頷いた。すると広也は言う。

「だがな バッグに発信機を入れてる綺瑠が発信機を落とすなんて普通は考えられないな?」

璃沙はそれに対して頷いた。

「さっき話した通り、二人は綺瑠の元カノに命を狙われているって話だ。もしかしたら、元カノ達が悪さしている可能性も否めない。」

「確かにな 早めに探しに行ってやるか」

「そうだな。と前に電話。」

璃沙は綺瑠に電話をかける。璃沙はロボットなので、電話に携帯等は使わない。イヤホンから伸びるアンテナから直接通信を行うのだ。しかし綺瑠に切られたのか出てこない為、璃沙は眉を潜める。

「無理だ、切られた。」

すると、進也は腕を捲って笑顔を見せた。

「んじゃ、早速探しに行くっすよ~!」

進也はあまり事を重く受け止めていないのか、能天気な様子だった。





数時間後、もう街並みは真っ暗になっていた。美夜は風呂上りなのか髪を解いており、窓を覗いていた。高層ビルの上階にある窓から見下ろすと、街の光が非常に美しかった。
綺瑠は風呂から上がってきて、冷蔵庫からお茶を出して飲んだ。そしてキッチンに立ち、綺瑠は考える素振り。

「夕御飯作らないと。何作ろう…」

綺瑠は閃いた顔をしてガッツポーズ。

「卵焼き!」

そう言って冷蔵庫から卵を取り出し、ボウルの縁で卵を割った綺瑠。しかし綺瑠は力みすぎて、卵が潰れてしまう。手に白身と黄身が滲み、細かい殻が絡みつく。綺瑠は眉を潜めると諦めまいと呟いた。

「も、もう一回…!」

綺瑠は二度目の挑戦をするが、それでも結果は同じ。何度も挑戦している内に、綺瑠の表情が絶望に満ちていく。最終的には、部屋の隅で体育座りをして伏せていた。

「どうせ僕は何もできない…」

綺瑠がネガティブになっている中、部屋にいた美夜が部屋の扉から顔を出した。

「綺瑠さん…?」

美夜の声で咄嗟に振り返る綺瑠。美夜は黄身と白身にまみれた沢山の殻を見ると、思わず苦笑。

「料理…私がしましょうか?」

しかし綺瑠は変にプライドが高いのか、ムスっと頬を膨らませた。

「でっ、できるし!一人でできるし!」

強がっている綺瑠を見ると、美夜は癒された表情に。

(相変わらず裏の綺瑠さんは強がりだなぁ…可愛い。)

綺瑠は更に言った。

「と言うか、部屋から出ちゃ駄目って言ったじゃない。勝手に出たら今度は鍵かけるって。」

それを聞くと美夜は困った顔。

「うぅ…」

綺瑠はその間に手を洗い、手を拭いてから美夜の背を押して部屋に入れた。

「つ、作れなかったら僕にはとっておきがあるから大丈夫!」

「とっておき…?」

美夜は何の事だがさっぱりでいると、部屋の鍵を閉められてしまう。閉められた音を聞くと、美夜は落ち込んでしまった。一方綺瑠は、キッチンの前。綺瑠は少し冷静になり、呟く。

「仕方ない…『彼』に任せるか…。」

綺瑠はそう言うと、ポケットからメモ帳を取り出す。そのメモに『二人分の料理を作って、きゅうきょ!』と書いて、ペンを置いた。それから綺瑠は深呼吸すると、綺瑠の様子が一変した。綺瑠は周囲をキョロキョロすると言う。

「あれ?ここは…僕の家?なんで?」

どうやら、綺瑠は元の人格と交代したようだった。綺瑠は目の前のメモ帳を見ると、眉を潜めた。

「二人?一体誰と?」

綺瑠は美夜のいる閉め切った扉が気になり鍵を開ける。するとその先にいる美夜を見て、綺瑠は驚いた。

「美夜!どうして鍵のかかった部屋に!」

様子の変わった綺瑠を見て、美夜は全てを察した。

「綺瑠さん!実は、裏の綺瑠さんに…!ここから出してください!」

美夜が小走りでやってきたが、綺瑠は少し留まる。様子のおかしい綺瑠を見て、美夜は首を傾げた。すると綺瑠は扉を閉め、再び鍵をかける。

「綺瑠さん!?また裏綺瑠さんと代わった!?」

美夜が言うと、綺瑠は動揺した様子で言った。

「いや…身体が勝手に…」

「えっ…」

美夜はそう言いつつも、膨れながら思う。

(裏綺瑠さんの仕業だ…!)

その時、美夜のお腹が鳴った。人の沈黙を得るには十分なほどの長い音が。それに目を丸くする綺瑠と美夜。思わず綺瑠は笑った。

「ご飯作ってくるよ、ちょっと待ってて。」

美夜は顔を赤くしながらも返事をした。

「は…はい…」
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