六音一揮

うてな

文字の大きさ
上 下
13 / 95
2章 接続独唱

第11音 冠履倒易

しおりを挟む
【冠履倒易】かんりとうえき
人の地位や立場、また、
物事の価値が上下逆さまで秩序が乱れているさま。

======================

真夜中、ルネアの部屋でのこと。
ルネアとツウは、先日ノノに襲いかかったルカが動き出さないか見張っていた。
ルネアは眠そうにしてウトウト、爆睡したダニエルを見て言う。

「ダニエルさん、爆睡じゃないですか~」

ルネアが言うと、ツウは手元のメカをドライバーでいじりながら言った。

「仕方ない。ダニエルは『夜更しは美容の大敵』って言ってるし。」

ちなみにルカも、すやすや眠っている。

ルネアにはその寝息は子守唄に聞こえたのか、そのまま寝落ちしてしまうのであった。



気が付けば次の日、部屋の三人は既に起きていて布団を片付けていた。

「ルネア寝すぎ~ぃんちょ!」

ルカはそう言ってルネアを起こすと、ルネアはのっそり起き上がって布団をたたむ。
ルネアは三人の綺麗にたたまれた布団を見ると思った。

(まだまだ僕は、修行が足りない…)

ルネアの布団は、たたんでもまだ汚いのだ。
それを見たツウは言った。

「ごめん王子、今夜から僕が見とくから王子はゆっくり休んでよ。」

「うぅ…。ツウくんはなんで元気なの…」

「僕は夜でも平気な種族だからね。」

すると、ルネアは眠気も忘れて話に食いついた。

「どんな種族!?
ツウくんってすっごく綺麗で、どんな種族か気になる!」

ツウは考えると言う。

「形は人間だけど、元は深海で暮らしてたんだ。
天敵が海に住まうようになってから地上で暮らすようになって、人間に近い体を得たんだって。」

「凄い…!進化だ…!ルカくんは!?」

「う~ん、俺さ、零ん頃からここにいるからわからない!」

「えぇ…ダニエルさんは?」

するとダニエルではなくツウが言った。

「人間の血が濃いらしいけど、多くの血が混ざっている雑種だね。人はそれを魔物って呼ぶんだけどね。」

「ダニエルさんが魔物…!?」

ルネアは震え上がると、ダニエルは頬に手を当てて体を揺らしながら言う。

「あら酷い言い様だわ~私をそこらの魔物と同じにしないでちょうだい。人間とほぼ変わりゃしないわ。」

「へぇ~。パートリーダーの皆さんは?」

すると、即ルカがルネアの前にやってきて言った。

「ノノ様は火の鳥!」

「火の鳥?」

ルネアは首を傾げると、ツウは頷く。

「シナさんは妖精だったかな。いつもフードで隠してるけど、本当は耳がとんがってるんだ。
他はわからないや。」

「えぇ!?謎が多いの!?」

ルネアはそう言うと、ダニエルも頷いた。

「私、鼻がいいから大体の種族がわかるんだけど、ラムとアールは人間の匂いしかしないのよ~」

「人間!?人間は児童園に入れないんじゃないんですか!?」

それを聴いたツウは言う。

「でもラムは膨大な魔法力を持ってる、人間らしくないのはそこだよ。
んでアールの人間らしくない所は…仕方ないね。」

(ラムは魔法で人間の男に化けてる…からかな?)

ルネアはそう考えていると、もう一つ気になったことが。

「なんでアールさんは仕方ないんですか?」

するとルカが震え上がってから言う。

「アイツの目見てみろよ…!超怖い!
なんかこう…恐ろしい何かがアイツの中に潜んでる…そんな感じしないか!?」

「しません。」

ルネアが即答すると、三人は苦笑。

「王子は人間だからわかんないんだと思う。
僕達孤児は彼の目を見ると変な感じしちゃうんだ。
アールはそれが理由で親しいのがラムしかいないし、その上小さい頃は虐められてたらしいんだ。」

「イジメ!?」

「うん。シナさんが虐めてるの見かけるよ最近も。」

それを聴いたルネアは正義に燃える。

「シナさんを叱らないと…!」

するとツウは笑顔で窓を指差して言った。

「じゃあよろしく。あっちの森をちょっと進んだ所でよく見かけるから行ってみたら?」

「はい!では行ってきます!」

ルネアはそう言うと、そそくさと外に出ていくのであった。

ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*

ルネアは森を歩きながら、先日まめきちから聞かされた言葉を思い出した。


――「いいかルネア。彼等には本来、今言ったような個性が備わっている。
彼等の中には個性を失った者、失いかけている者がいる。
そうなるとその人の持つ歌声は【迷い】に変わってしまう。」――


(そうです…!アールさんの怒りの感情が見えてこないのは、その迷いがあるから!
イジメられては迷いに迷って本来の自分を出す事なんてできないはずです!)

すると、ラムが木に隠れながら向こう側を覗いているのを発見。
明らかに様子が変なので軽く驚かせてやる事に。

「わっ」

「うぁっ…!」

ラムは叫ぼうとしていたが、自分の口を手で押さえた。
体が跳ね上がっていたので、相当驚いたのだろう。
するとラムはゆっくり振り返ってきて

「ル ネ ア ~っ…お前ぇ~っ」

と怒りの表情で、小声だが言ってきた。

「何を覗いているんですか?」

ルネアが聞く。

「しっ!聞こえんだろ!」

ラムは慌ててルネアを木の陰に一緒に隠すと、ルネアに場所を譲った。

「見てみろ。」

ルネアは言われた通りに木の向こう側を覗く。

そこにはアールとシナがいるようで、様子がおかしい。
アールは両手首を縄で縛られ、シナはそんな彼を抓ったりして虐めているようだ。

しかしこの光景には違和感があった。
シナの顔には楽しそうな顔も、怒りもなく、ただ悲しそうだった。
逆にアールはと言うと、痛みつけられて声を小さくあげながらも顔は綻んでいる。
自分の傷を見て喜んでいるようにさえ見えた。

ルネアは衝撃で、真顔でそれを観察してしまう。

(アールさんに迷いなんてなかった…!
彼は明らかに あっち の気がある…!)

それからルネアはラムの方を見ると言った。

「アールさんってこういう趣味?」

「知らねぇよ…。止めたくても、あんな顔見たら止めたら俺の方が悪くなるだろ…」

ラムは見るのも辛いのか、その場でしゃがみこんでしまう。

ルネアには理解が不能だった。
ルネアの思う虐めとは、虐められた者は悲しみ怒りを覚え、虐める者は娯楽や軽蔑を持つものだと。
だが、この状況はまるで逆とも言える。
虐めるのに悲しそうで、虐められているのに満たされている。

すると、シナは手を止めて言った。

「…ねぇ、もう止めましょ。
痛いのが好きなら毎日転んでなさいよ…私はもうあなたを虐めないって決めたのに…。」

それを黙って聞いていたルネアだが、ラムが呟く。

「アール、小さい頃は児童園の奴等に虐められててよ。シナも虐めをしてた一人だったんだ…。」

ルネアはアールの専らでもない反応のせいで、何の感情も浮かび上がってこなかった。

シナが言うと、アールは呟く。

「…まめきちさん…児童園みんなの父…。
まめきちさんは、子供達には優しい人。
でも姉さんと私だけは違う。
あの人に避けられ、姉さんは苦しみ、鬱憤を向ける先が無ければ、私に向けた。」

すると、シナは耳を塞いで言った。

「やめて!小さい頃みたいに姉さんって呼ばないでよ!
それに…!それにまめきちさんの事でアンタに当たってたのもそうよ…!
アンタはあの時苦しんでた!そんなのも知ってた!だからやめようって言ったのに…!」

それを聴いたアールは言う。

「子供の時みたいに…苦しい思いをもっとぶつけていいのに…」

その言葉に若干の恐怖を覚えたのか、顔が青ざめるシナ。

「なんなのよ…っ」

シナはそう呟くと、そのまま森を出て行った。
アールはそんなシナの後ろ姿を見送ると、ポケットから工作用のカッターを出す。
カッターで手首の縄を切ると、アールもそそくさと森から出ていくのであった。

ルネアは平和的ではないと思ったのか、アールの後をつける。
それを見ていたラムは

「お、おい!どこ行くんだよ…!」

とルネアを呼んだが、ラムは先程のショックで足が動いてくれないようだった。



しおりを挟む

処理中です...