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帝国の赤い死神~ライラック王国編~

遊ばれる王子様

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 帝国の領土拡大の立役者の一人、リラン・ブロック・デ・フロレンス。

 制圧のためなら手段を選ばないことや、圧倒的な戦闘能力、そして赤い長髪から“赤い死神”と呼ばれている。



 ライラック王国と大陸の間にある小島での他国の戦いは記憶に新しい。

 自身の率いる騎士団の隊を待機させたまま、単独で制圧した武勇はライラック王国だけでなく世界中に広がっただろう。



 死神と呼ばれるにふさわしい戦闘能力、残虐性、そして得体の知れなさを持つのだ。

 どの武勇を聞いても、彼のもつ力が掴めないのだ。

 ある武勇では彼は水の魔力で起こした緻密な魔法で勝利を掴んだとあり、とある武勇では風と雷で制圧した、またとある武勇では圧倒的な光の魔力で戦意の喪失を謀ったなどある。荒れ狂うほどの大火を操り魔獣を沈めたともある。



 この男が何人もいるのではと思うほどなのだが、こんなのが何人もいてたまるかという結論になる。



 その武勇もあり、年齢は20代前半と若いにもかかわらず、帝国という大国で大きな権限を持っている。



 若造のホクトが敵う相手ではない。

 まして本人の戦闘能力に加えて後ろに付いている軍事力の違いは大きい。



 空の玉座以外、人が溢れかえっている謁見の間。



 そこで大臣とホクトはリランの笑みを受けて、どう乗り切るかを考えているようだ。



「この国で犯罪を犯したのなら、この国で処罰されるべきでは?そもそも、国王殺害は問答無用で死罪だ。」

 貴族の一人がざわめきのある沈黙を破った。



「そうです。帝国の御仁…父上はあなたと会って殺された。それは確かです。」

 ホクトは呼吸を整えながら言った。



「そうですぞ。こちらの被害は…」

 大臣がホクトに続き、国王死亡によっての損害を主張した。



 そして、殺害の動機、機会全て考えて犯人はリランしかいないという話をした。



 オリオンはその様子を見ていた。



 全ての主張を聞き終えると、リランは溜息をついた。

 悩まし気に眉を寄せて、まるで頭の悪い者を相手にしている様子だ。



 侮辱ともとれる表情や、余裕のある様子にライラック王国側は苛立っていた。



 真実を知っているオリオンだけは気が気でなかった。

 何かをきっかけにこの男が国を消すと言ったらライラック王国は地図から消える可能性があるのだ。

 そんな愚かな選択はしないと思っているが、さっきからリラン側を怒らせることを言っているのを王国側は理解しているのだろうか。



「帝国側に罪人の受け渡しを要求する。」

 ホクトは堂々した様子でリランに言った。

 その堂々とした様子は虚勢であるのは簡単にわかる。

 彼の持つ魔力が震えている。

 兄弟であるオリオンだけにしかわからないが、それを察知して心苦しくなった。



 リランは横に立っている男に何やら話しかけている。

 男は確か昨日もリランと一緒に城に来た男だ。

 おそらくリランが頭だとしたら彼の次の位置にいる者だろう。



 男は緩やかなウェーブを描いた黄土色の髪を首元まで伸ばし、澄んだ真っ黒な瞳と人の好さそうな目つき、純朴そうな眉から穏やかな印象を受ける。ただ、全体的に年齢不詳な外見をしている。しかし、どう見てもリランより年上であり、体つきもおそらく騎士団であろうと予想できる。



「昨日確かにお会いしました。しかし、夜は会っていない。」

 リランはホクトではなく、後ろの貴族たちを見ていた。



「確かに、証人の国王陛下はもう亡くなっている…」

 大臣は明らかに自分とホクト相手に話していないリランを見て顔を歪めていた。



「証人…ですか?私も会いたいですよ…姫様に」

 リランは次は兵士たちを見た。



 ホクトは目を見開いていた。



 どうやらリランとミナミが接触していたことは想定していないことだったらしい。同じ建物にいるのだからその可能性はあるはずだが、深く考えていなかったようだ。

 なんておざなりな計画で死神を陥れようとしたんだ…とオリオンは頭が痛くなった。

 あの大臣はどのみち先は無いが、自分が王位に就いたとしても絶対に登用しない。オリオンは心に決めた。



「姫様どこに?確か悲鳴が聞こえましたよね。」



「お前が攫ったのでは?」

 ホクトはリランの主張に乗っかり、彼に更に疑いを向けた。



 国王殺害に加え、ミナミの誘拐容疑もかけられて一石二鳥というわけになる。

 しかし、本当に目先しか見ていない。



「まず考えていただきたい…私たちの得ですよ。」

 リランは貴族と領主たちだけを見ていた。



「国王陛下は友好的だった。それをなぜ?」



 リランはとりあえずもっともな主張をした。



 それには確かに頷ける。



「ですよね…オリオン王子。」

 リランはオリオンに目を向けずに言った。



 急に話を振られたオリオンは驚いたが、直ぐに頷いた。

 その方針でオリオンとぶつかっていたのは有名な話だ。



「先ほど…ホクト王子が王位を継承する理由が国王陛下の遺言と仰っていましたね。」

 リランは次は兵士たちに目をむけた。



 兵士たちはびくりとしたが、警戒するように腰の剣に手をかけた。



 そこまで聞いていたのかとオリオンは驚いたが、彼なら何があってもおかしくない気がした。



 リランは兵士たちの様子を見て何かを探っているようだ。



「それに対して…疑問を持っているのですね。」

 リランは兵士たちから何かを察したのか、満足そうに笑った。



 それはオリオンも気になっていたことだ。

 純粋に兵士たちは何で遺言のことでざわめいたのか気になった。



 父親の遺体をまだ見ていないオリオンは、純粋に父親に何があったのか気になっていた。



「国王陛下は…どのような怪我をしていましたか?」

 リランは言葉にホクトはわずかに焦りを見せた。



「…心臓を…一突き…で」

 兵士の一人が遠慮気味に言った。



「ほう…それで、遺言ですか…」

 リランは笑みを浮かべてホクトに目を向けた。



 貴族たちもざわめき始めている。



 リランが手を下したなら、ホクト達はその場にいたことになる。

 彼の性格を知っているのなら生存者は残さないだろう。

 リランの残虐性と動機を無理に通そうとすると、疑問が生まれるのだ。



 そもそもそんな回りくどいことするはずないのだ。

 正面から武力を持って脅せばいい。



 しかし、オリオンはわかった。

 彼は徹底的にホクトを叩くつもりだと。



 彼は強力なカードを持っている。

 いや、帝国は前もって友好的でなくなる場合も考慮して保険をかけていた。



 その保険は友好的であれば使うことが無いが、友好的でなくなれば問答無用で使う。



 それは、今日見た、港の様子に関わる。



 オリオンは朝、海を見た時わかったのだ。



 港を出入りする船がライラック王国のものだけであることだ。



 この国に於いてそれはとても珍しい。



 それだけなら別に気にすることは無かっただろうが、沖に見える黒い影は違った。



 おそらく港もパニックになっているだろう。



 沖に帝国の軍船があり、国内には一人で小隊を壊滅させるレベルの力を持つ騎士がいる。



 完全に武力による脅しだ。



 要は、彼は、確実に権限は持って行けるだけの準備はしているのだ。

 それにも関わらず、なぜここまでするのかというのは、オリオンへの牽制だ。

 自惚れでなければ、リランはオリオンの存在価値を高く置いている。



 もうすぐ城に港の様子が連絡されるだろう。



 リランはオリオンを見て笑った。



「殺す意味が無いです。」

 彼はもう気を遣うのを止めていた。



 何故なら、ホクトに疑惑を向けるという作業を終えたからだ。





「王位継承の件は…国内の話です。そちらに干渉はさせません。」

 オリオンはリランへの抗議をこめて発言した。



 リランは眉を顰めた。



 オリオンの主張に貴族側も同意した。



 ただ、兵士たちは、国王の遺体を見た彼らはやはり疑いの目をホクトと大臣に向けていた。

 おざなりな計画だとつくづく思うが、即死でなければ国王は自分の魔力で治癒することができる。

 殺害を試みるとしたらそれしかなかったのだろう。



「父上の殺害の疑いについてのそちらの言い分はわかりました。それを考慮したうえで、捜査を進めさせていただきます。」

 オリオンはホクトに疑いをこれ以上向けないために話を変えようとした。



「そうはいきません。疑われ犯人扱いされているのであれば、こちらも協力は惜しみません。」

 リランは両手を広げて言った。



「証人である姫様の捜索のお手伝いをします。」

 彼は高らかに宣言するように言った。その表情はまるで善意で言っているように見える。



「彼女はこちらで探します。」

 オリオンはすぐさま断った。



 リランは目を細めてオリオンを見ていた。



 ホクトに対する主導権は取られても、ミナミに対しては抵抗しなければならない。

 オリオンはミナミを助けた事実があっても、リランを信用していなかった。

 むしろしてはいけないと思っていた。



 またもや、廊下から騒がしい声が聞こえてきた。

 今度は揃っていない足音だ。

 ドタバタとしている。



 何があったのかオリオンは直ぐに分かった。



 バタンと、大げさな音を立て、また扉は開かれた。

「大変です…港が…港が…」

 兵士が息を切らせている。



「…帝国の軍船が…沖から向かって来ています。」

 兵士の言葉に、謁見の間は混乱した。



 リランは笑みを浮かべてオリオンを見た。

 オリオンはリランを睨むことしか出来なかった。



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