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ライラック王国の姿~ライラック王国編~

帰省するお姫様

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 ライラック王国の港には、他国からの弔問客の船が押し寄せていた。

 さまざまな船や人々が集まり、いつも以上に港は騒がしかった。



 青を基調とした城壁に合わせ、町全体も青を中心に作られている。

 だが、今は違った。



 国王陛下が亡くなったのだ。



 穏やかで優しく、争いを好まない彼は、沢山の人から愛されていた。



 喪に服す町、国は暗く、黒い。



 黒い列を為す弔問客は、絶えることが無い。



 王城の前には国民たちが集まり、国王陛下の死を悲しんでいる。



「大臣が…」



「第二王子が…」



「そのきっかけは帝国だ」



「何で堂々とこの国にいるんだ?」



「まったく面の皮が厚いことこの上ないな…」



 死を悼むべきだが、人々の会話は殺害犯から帝国に矛先を向けるものだった。



 真っ黒で大量の弔問客は、まさにミナミが紛れられるものだった。



「大丈夫ですか?」

 ミナミの横に付いて、真っ黒の服を着ているアロウは、人酔いをしたようにふらつくミナミを見て心配した。



「…は、はい。ちょっと人が多くて…」

 ミナミは離れないようにアロウの服の袖を掴んでいた。



 お転婆で元気があるとはいえ、ミナミはお城の中で育った。

 完全に温室育ちだ。

 そんな彼女が町の人混みを経験したことがあるはずがない。



 ということでミナミは人酔いをしている。



「無理をしないでください…これからが本番です…」

 アロウはミナミの肩を優しく抱いて、人混みの中をエスコートするように歩いた。

 ミナミはアロウに導かれるまま顔を俯いて隠し、人混みを進んだ。



 王城に近付くにつれて、人も増える。

 ミナミとアロウは簡単に王城に近づけない。



 だが、長く居ても目立たないという利点がある。



 そして、ミナミはモニエルのアドバイスのおかげか、魔力をある程度抑える術を身に着けたのだ。

 彼の言った通り簡易的なものだが、それでも短時間王城に戻るには十分だった。





「…もっと、お父様の近くにいたい…」

 ミナミは、かろうじて王城の門の前から見える棺を見て、呟いた。



「…大丈夫です。もうすぐ…」

 アロウはゆっくりと周りを見渡した。



 およそ、二人が王城前の人混みに入り始めて30分経つと、見張りの兵士が追加された。



 その兵士の顔を見てアロウはミナミの肩を改めてしっかりと抱いた。



「打ち合わせ通りです…」



 新たに追加された兵士は、宿に来たミナミとルーイの馴染みの兵士だった。



 後は、二人は待つだけだ。

 オリオンの連絡通りのことが起きるのを…



 ミナミは少し体を震わせた。



「…後で会えます。」

 アロウはミナミの肩を優しくさすると、注意深く周りを見渡し始めた。



 二人は少しずつ王城の塀に近寄る。



 塀に、少しだけの窪みがあるのだ。

 ミナミ一人なら、身を隠せるような小さなものだ。



 その近くまで少しずつ人混みの中を移動する。



 見張りの兵に目を動かして、アロウは更に人混みを見た。



「…おそらく、帝国の騎士が紛れています。」

 アロウはミナミにだけ聞こえる音量で囁いた。



「モニエルさんの言った通りですね…」

 ミナミは打ち合わせをしたときを思い出した。



 モニエルは、帝国は見えないところで絶対に警備に紛れていると主張し、更には何段階かの目くらましがないと、ミナミは王城に入ることは叶わないとも断言した。



 だから、ミナミたちは目くらましを用意した。



 キキーと、馬車のタイヤが擦れる嫌な音が耳をついた。



「…いやあああ。お父様ああ」



 悲痛な叫びが響いた。



 その声はミナミにも耳馴染みのあるものだった。

 ただ、声の帯びている感情悲痛で悲しさを隠してない。



 叫び声の主は、大層立派な馬車に乗っているかなり若い貴婦人だった。

 黒の喪服に身を包んだ貴婦人は飛び出すように馬車から降りていた。



 人混みに飛び込もうとしているのを、従者らしき者達が止めている。



 彼女の元に、警備にあたっていた兵士たちが集まる。



 人混みの中でも数人が兵士と同じような動きを見せた。

 アロウはその動いた人間の場所と顔をよく盗み見て覚えようとしていた。



「ハーティス夫人…どうか、別の入り口の方へ回ってください。」

 見張りの兵士とは別に、厳重そうな装備をした年齢も位も高そうな兵士が、彼女を宥めるように言った。



 叫び声の主は、ライラック王国からすると隣国にあたる、ロートス王国の公爵夫人の“アズミ・リラ・ハーティス”。彼女はミナミの姉だ。



 ミナミは、人混みの向こう側に見えるアズミに懐かしさを感じ、同時に寂しさも感じた。



 優しくて、明るい姉に会いたい。

 話したいことが沢山ある…



「…準備してください。」

 アロウは、ミナミの様子に気付いたのか、彼女の肩を叩いた。



 ミナミははっとした。



 そうだった。今はアズミを懐かしんでいる場合ではない。



 アズミが兵士たちに導かれ別の出入り口に行ってしまい、辺りはまた王城に入って国王との別れをしようとするもののひしめき合いに戻った。



「何をして居る!?」

 鋭い兵士の声が響いた。



 今度はそちらの方に注目が向いた。



「え?」

 間抜けな声を上げたのは、若い男二人だった。

 特徴も無い二人だった。

 どうしてこんな人物に声をかけたのか不思議に思うようなものだった。



「こちらへ…」

 アロウは素早くミナミを塀の窪みに押し込めた。



 ミナミたちの動きに注目するものなどいない。



 今は不自然に声をかけられた男に皆が注目している。



「こっちに来い。」

 若い兵士は、特徴のない若い男二人を不自然に連行し始めた。

 連行している兵士は、ミナミの馴染みの若い兵士だ。



 なにやら連行に関して兵士同士でもめ始めた。

 どうやら、あまりにも不自然な行動に他の兵士たちは違和感を覚えたようだ。



 騒ぎを聞きつけたのか、他のところから、追加の兵士が集まってきた。



 視線が連行される男たちや、兵士同士のもめごとに向くことを確認したところで、アロウはミナミを塀の窪みから引っ張り出した。



「行くんだ。気を付けるんだ。」

 アロウはミナミの背中を軽く押した。



「…はい。」

 ミナミは、底上げの靴を履いて、ライラック王国の兵士と同じ格好をしていた。

 体型隠しのために、かなりの厚着をして居る。



 ミナミは追加される兵士たちに紛れるようにもめている兵士たちの近くに付いた。



 兵士たちはミナミに気付かず、不自然な連行をした若い兵士たちを責めている。



 その様子を人混みの中に入る数人の者達が見ている。



 中にいた時はわからなかったが、その者達が帝国の騎士だろうとミナミはわかった。

 向いている視線の鋭さが全然違うのだ。



 ただ、幸いにミナミに注目することは無い。



 兵士からの手引きとアズミの協力もあり、ミナミは王城の内部に入ることができた。



 数日しか経っていないのに、久しぶりのように感じた。



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