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二人の罪人~ライラック王国編~

穏やかそうな副団長

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 路地を走るマルコムの後ろからエミールが追いかける。



「君に構っている暇はないんだよ。」



「お前の事情など知らない!!」

 エミールは変わらず走ってマルコムを追いかける。



 全速力ではないが、マルコムの走るスピードに付いてきて、なおかつ剣を構えて攻撃への集中力を途切れさせないエミールは相当な力を持っている。



 エミールは年齢不詳だと言われ、だいたい20代後半~30代前半ほどに見える彼はその実40代前半とほどほどの古株だ。



 そして、帝国騎士団副団長という肩書は伊達ではない。

 普段の穏やかそうな顔とは別に彼は好戦的な性格をして居ると言われている。



 彼自体はリランのような“死神”という二つ名は無いが、戦い方には定評がある。まあ、“死神の狂信者”という二つ名も相当だが。

 彼はマルコムほどの腕力も、リランのような身軽さも無いが、体力だけは自信を持っている。

 彼自体が元々剣の腕に自信が無かったため、がむしゃらに持久力を増やそうと訓練し続けた結果だ。



 そして、幸運なことに彼は癒しの魔力をもっていた。

 彼は、自分を癒しながら訓練すればずっと訓練できるという結論にたどり着いた。

 少し頭のおかしい理論だが、その結論はエミールにとって正解だった。彼は恐ろしいほど長い訓練時間を得た。



 彼は、他者よりも圧倒的に長く取った訓練時間で今の実力を得たのだ。



 ちなみに同じ考え方で、自分を癒しながら戦えば早く決着がつくという結論にもたどり着いた。

 その結論と普段の行いの結果が“死神の狂信者”という二つ名だ。



 正直言うなら、マルコムも戦ってみたいと思っているし、今の状況は中々楽しいと感じている。



 エミールは、頭のおかしい考え方を含めてマルコムにとって好感を覚える類の人間だ。



 自分の強みをわかって敢えてマルコムとの追いかけっこに臨んでいる。



 彼の集中力もおそらく他よりもずっと優れているのだろう。



「じゃないと…リランを差し置いて副団長にならないよね…」

 マルコムは変わらず自分を追い続けているエミールを横目に呟いた。



「いい加減騎士団に捕まらないのか?」



「今の生活が気に入っているんで無理だよ。」



「未だ、あのシューラと行動しているのか?」



「会ったんでしょ?ならわかっているはずだよ。」



 距離こそ縮まらないが、エミールもマルコムも話せるほどの余裕はある。

 というよりも、おそらく両者とも動けなくなるほど全力で戦うほどに、この後の展開に対して楽観的にいないのだ。



 楽しく会話をしているわけではないが、お互いあわよくば集中力を切らせられるという思惑がある。



 エミールに関しては、マルコムの体力が少しでも落ちることを願っている。

 マルコムもここで大人しく言い合いを続けることをするつもりもないし、持久力ならエミールに敵わない可能性も考えている。



 入り組んだ路地に入り、道幅が狭く、建物同士の幅が両手を広げたよりも狭くなった時、マルコムは槍を仕舞った。



「!?」

 エミールはマルコムのその行動を見て、慌てて走るスピードを上げた。



 この判断のいいところもマルコムにとってエミールの好ましいところだ。



 マルコムは両壁に両手を突っ張り棒のように伸ばし体を支え、両足を使って勢いづいて建物の上まで登って行った。

 曲芸じみたその動きに付いていけることなく、エミールは登っていくマルコムを見上げ顔を歪めるだけだった。

 持久力はエミールに負けるが、マルコムには並外れた身体能力がある。



「あの人の気持ちを考えたことがあるのか!?」

 エミールは口を歪めて、おおよそいつも穏やかと言われている外見からは想像もつかない顔をして叫んだ。



「…今の、団長さん…のことか。」

 マルコムは登り切ってわずかに息を切らせながら地上にいるエミールを見下ろした。



 マルコムが見下ろした視線の先には、エミールが顔を歪めて立っていた。



 エミールは普段の穏やかそうな顔とは別に彼は好戦的な性格をして居ると言われている。



 そして、二つ名のとおり、彼は帝国騎士団団長であり、リランの養父であるフロレンス公爵に心酔している。

 彼の進める勢力拡大に関しては、リランほどの働きは出来なくとも盲目にがむしゃらに取り組んでいる節がある。

 そのため見た目以上に“好戦的”という評価は仕方ないものであるが、その評価は少し控えめともいえる。

 やはり二つ名はふさわしいものなのだ。



「今更、そんなものないよ…」

 マルコムがエミールへの返事のように呟いた時には、エミールは行動を切り換え立ち去って行っていた。



 その切り換えの早さもマルコムにとっては好ましいものだ。



 マルコムは溜息ひとつ付いてから走り出した。



 思った以上に体力を消費して息が上がっているのは仕方ないことだと思っていた。



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