上 下
167 / 234
ライラック王国~プラミタの魔術師と長耳族編~

油断した青年

しおりを挟む
 

 血しぶきと口から洩れる唾液、そして衝撃で折れた歯を飛ばしながら長耳族の初老の男は倒れた。



 顎の骨は砕けたようだが、ギリギリで衝撃を殺したようだ。

 息はある。



 マルコムは倒れた長耳族の男を見下ろし、とどめを刺そうとした。

 しかし、その手を止めるようなふわりとした魔力を感じ、もう一人の長耳族の方を見た。



 彼はうねった海藻の様な黒髪を逆立てて、青い目に怒りをにじませている。

 魔力を溢れ出させている様子から、魔力の方はかなりの実力者だろう。



 とはいえ、マルコムにとってはそこまで脅威を感じない。



「侮辱には反撃がある。これ、人間の常識。」

 マルコムは指を立てて、子供に言い聞かせるように言った。



「見下してもいいけど、勉強不足だとお里が知れるよ?」

 マルコムはさらに続けて煽るように言った。



「おのれ…メンダ様をよくも…」

 怒りをにじませた声を震わせながら長耳族の青年は言った。



 どうやらマルコムが殴り倒し半殺しにした初老の男はメンダと言うらしい。



 そのメンダは、マルコムの足元で途切れ途切れ息をしている。



 ギリギリで衝撃を殺したとはいえ、このまま放置したら間違いなく助からない。



 彼が癒しを持っていれば別だが、盗賊の襲撃での傷の様子を見たら癒しが無いのはわかる。

 あっても隠したのかもしれないが、ここで片付けるつもりなのでマルコムはあまり考慮していない。



「じゃあ、メンダ様を助けたければ

 なんで人間の領域でお前らが色々やっているのか教えてよ。」

 マルコムはメンダを助けるつもりは全くないが、人質のように彼に槍の刃先を向けて言った。



「卑怯な…」

 青年はマルコムに声を震わせて言った。

 その様子はまるで自分たちが正義という様子だった。



 そして、マルコムは悪だと示唆しているようだ。

 それがマルコムはおかしくてたまらない。



「あははは!盗賊使って魔術師片付けようとしたお前らにはお似合いの手段だよね。



 それに、卑怯というよりかは効率的といいな。」

 マルコムは別に自分が卑怯とは思っていないので、笑いながら返した。



 そもそもマルコムにとって正義は力だ。



 ミナミの逃亡の手助けや面倒を見ることで慌ただしく忘れていたが、マルコムは強いものが正義なのだ。



 世の理や常識はあるが、極端に言えば強ければ正義と言っていいのだ。



「俺の中だと俺が正義。お前らは…羽虫。」

 なので、自分よりも弱い長耳族の男たちはマルコムにとって正義ではない。

 それどころか、悪でもない。



 単なる不快な存在だ。



 マルコムの言葉に長耳族の青年は顔を怒りに歪めた。



 その様子もおかしい。

 別にマルコムの中での評価なんて気にせず自分の正義を誇っていればいい。



 実際は正義を否定されたよりも羽虫扱いに怒っているのだが、マルコムはそこまで気が付けない。



 青年は体にバチバチと魔力を纏い始めた。



 その魔力から彼が雷の魔力を持っていることがわかる。

 そして、彼の片手に淡く緑に光る魔石がある。



 風の魔力の魔石だと分かった。

 ならば、風と雷で対の魔力での攻撃を放つだろう。



 シルビに教えてもらった知識がさっそく役に立っている。

 といっても、つい最近にマルコムは風と雷の対の魔力での攻撃をしのいだことがある。



 その時の攻撃に比べたら、この青年の魔力はおままごとだ。



 子どもが背伸びをしたレベルだ。



 青年が魔力を放つと同時にマルコムは槍の刃先に魔力を込めて地面を刺した。



 すると土の魔力で地面が盛り上がり、土の防壁と成った。

 青年が放った魔力はその防壁にぶつかり、消滅した。



 衝撃で防壁が砕けたが、長期的にずっと置くものではないので気にしない。



 防壁が崩れると同時にマルコムは地面を強く蹴り、青年に向かった。



 槍の刃先には魔力を込めている。



 青年はひるむことなくマルコムに対の魔力で鋭くした雷の魔力を放った。

 それをマルコムは地面を斬りながら土の防壁を築き、崩されを繰り返しながらしのぎ、確実に青年に近づいた。



 ただ、地面を盛り上げたせいで足元にいたメンダはゴロゴロと移動してしまっている。

 もちろん地面の揺れと衝撃をもろに感じているので呻いている。



 マルコムは敵に気を遣えない男なのでメンダは苦しそうだ。



 マルコムは青年が対の魔力の攻撃をした瞬間からメンダのことは頭から消えていた。

 なので、もしメンダがマルコムの足元にいたら踏まれていた可能性が高い。



 幸いなのはマルコムが踏む可能性がある場所から離れたことだろう。



 マルコムは青年の攻撃をしのぎながら距離を詰め、ついに槍の攻撃範囲まで近づいた。



 槍を振り上げ、青年を殴打しようとした瞬間、まるでマルコムが近づくのを待っていたように青年は笑った。



 確かに冷静に考えれば、人質としていたメンダに槍を向けている状態を解除し、青年に突進したのは考えなしだ。



 しかし、仕方ない。



 マルコムはメンダを片付けるつもりしかなかったので人質として見ていなかったし、青年が攻撃をしてきたから殴りたくなったのだ。



 昔騎士をやっていた時に抑圧してきた分、マルコムはその場の感情で動くので避けられない事態だ。



「死ね!」

 青年は叫ぶと同時に髪を逆立てて体に纏った雷の魔力を暴発させた。



 破裂するように広がる魔力は、彼の髪が範囲を広げているのかマルコムまで届いた。



 雷の魔力を扱う者は長髪が多いな…

 などマルコムは考えながら持っている槍を素早く地面に差し、無理やり体の軌道修正をし、体を逸らせて背面に回転しながら後ずさった。

 その動きの判断は正しく、頭や胴体を素早く抜け出させたお陰で攻撃はある程度しのげた。



 ただ、よけきれなかった太ももやひざなどの足に雷の魔力を食らった。

 幸い足が使い物にならない状態ではないが、痛みとビリビリとした感覚がある。



 動きには支障が出そうだ。



「一族の武人でもそこまでの反応はしないぞ…お前何者なんだ?」

 マルコムの回避を見て、長耳族の男は目を見開いて驚いていた。

 おそらくこの攻撃でマルコムを仕留めるつもりだったのだろう。



「帝国に行っていたならわからないかな?」

 マルコムはプラミタ一行が帝国からの帰りだと聞いていたので、そろそろ正体がバレると思っていた。

 しかし、シルビを始めとして誰も気づいた様子が無いのだ。



 ミナミの事は帝国で女神と祀り上げられている“彼女”と重ねたのだから覚悟はしていたのだが、一向に気付く気配がない。



 もしかして、リランが情報統制をしたのかもしれないが、それにしてもライラック王国までマルコムとシューラの噂は出回っている。



 長耳族の青年の様子を見ながらマルコムは足の感覚を地面を軽く蹴りながら確かめた。



 少しのしびれと痛みがあるが、相手の手札がわかったのなら多少足に支障があっても、負けることはない。



 そう判断するくらいの怪我だった。

 実際は表皮を火傷しているので後でシューラの癒しを受ける必要がある。



「…顔の傷…お前」

 青年はマルコムのことにやっと気付いたのか、目を見開いて驚いた様子を見せた。



 中々勘の悪い男だとマルコムは思ったが、自分の周囲にいる連中は勘がいいので比べたら失礼だなとすぐに思い直した。



「…なら、一緒にいたあの白髪は…」

 青年の様子から、どうやら彼らはマルコム達とミナミ姫が一緒に行動をしているという情報を掴んでいないようだ。



 ミナミの事が気づかれていないのは幸いだ。

 プラミタ一行がライラック王国の王族を探っているのは彼らも知っているはずだ。

 もしかしたら彼らも探っている可能性がある。



 マルコムは手早くこの男を片付け、メンダという初老の男から情報を聞き出すことにした。



 しかし、マルコムは失念していた。

 村のものには外に出ないようにガイオに言ってもらうように伝えたし、プラミタ側で警戒するべきシルビには事情を説明している。

 なので、心置きなくこの二人を叩きのめせると思っていた。



「長耳族…どういうこと?」

 驚きの声を聞き、マルコムは初めて見物人がいたことに気付いた。



 この状況はマルコムの悪癖のせいだろう。

 侮って高を括り決めつける。



 マルコムはエラの能力を低く見積もり過ぎていたのだ。



 彼女は解けかけの惑わしの魔力を纏って、マルコム達を驚いた眼で見ていた。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

王子様から逃げられない!

BL / 完結 24h.ポイント:8,555pt お気に入り:311

淫乱お姉さん♂と甘々セックスするだけ

BL / 完結 24h.ポイント:376pt お気に入り:8

魔物のお嫁さん

BL / 完結 24h.ポイント:697pt お気に入り:751

どっちも好き♡じゃダメですか?

BL / 完結 24h.ポイント:2,421pt お気に入り:57

暁の騎士と宵闇の賢者

BL / 連載中 24h.ポイント:9,082pt お気に入り:268

ほっといて下さい 従魔とチートライフ楽しみたい!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:3,088pt お気に入り:22,201

聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:32,486pt お気に入り:11,560

処理中です...