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ロートス王国への道のり~それぞれの旅路と事件編~

鉄仮面の将軍

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 ロートス王国で一番大きな港町ハーティス。

 色鮮やかで華やかな街並みを誇り、王から領地を賜った領主夫婦は仲睦まじく心優しいと有名だ。



 そんな町には似合わない暗雲が立ち込めていた。

 天気だけなのか、町の先を暗示しているのかわからないが、港の様子が少しおかしい。



 秩序を重んじる港であるのに、見覚えのない不穏な影がチラホラ見えるのだ。



 そんな港を様子を、町の一番奥の高台にある屋敷にいるアズミたちは察知していた。



「ねえ、クリス。やっぱり長耳族なのかしらね。」

 アズミは飲んでいる紅茶を置いて、傍にいる付き人を見た。



 付き人がクリスと言うようだ。

「そうですね…魔術将軍がいます…これ以上近づくと勘づかれそうなので…ですが、何が目的なのでしょうね」

 クリスは目を閉じて何か眉を顰めている。

 瞼の奥で何かを探っているようなそんな顔をしている。



「無理をしないでいいわ。

 魔術将軍…カウスがいるなら大丈夫よ」



「姫様は魔術将軍と面識があるのですか?」



「ええ。私がロートス王国で結婚式を挙げる前にね…求婚されたのよ。」

 アズミは口を歪めて嘲笑するような笑みを浮かべた。







 それはアズミがロートス王国で夫となる現ハーティス公爵と会う前のことだった。

 ロートス王国の王城で、何度目になるかわからないやり取りをおこなっていた。



 ただ、アズミたちにとってはロートス王国の王族は親族だ。

 なので、比較的気楽に過ごせていた。



 とはいえ、魑魅魍魎がいる伏魔殿には変わらない。

 ライラック王国よりも開放的な分、質が悪いかもしれない。



 まさに、目の前にいる男の存在がそうだろう。

 急にアズミのいる部屋に入ってきた無礼な男。

 存在を認知した途端追い出そうと人を呼ぼうとした。



 そもそも、なぜこの男と二人きりで部屋にいる状況になったのか。

 アズミは内心舌打ちをした。

 だが、それは男の顔を見て察した。



「あなたがこの状況を作ったのね。」

 アズミの言葉に男は驚く様子も見せず、無機質な表情で頷いた。



「変装でもしているのかしら?ご立派な耳は隠しているの?」



「…正体を知られているか」



「顔を見たらわかるわ。」

 アズミは男の顔を顎で指して言った。



 アズミは男が長耳族だと察したが、無下にできなかった。

 なぜなら、彼の顔は一番上の兄のオリオンにそっくりであったからだ。



「…私の顔は伯母に似ている…お前と面識はないということは、オリオン王子は母親似か」

 男はアズミの様子を見て納得したように頷いた。



 彼の外見は顔立ちはオリオンそっくりだったが、髪と目の色が違った。

 オリオンは金色の髪だが、目の前の男は薄紫の髪、オリオンは灰色の瞳だが目の前の男は薄茶色の瞳をしていた。



 だが、顔の造りが似ているとはいえ、表情は全然違う。

 無機質、無気力、投げやりといった言葉が思い浮かぶ。感情的になることが多いオリオンとは全然違う。



「お兄様の方が可愛いわ。あなた気色悪い。」



「そうだろ。よく言われる。」

 アズミの直接的な悪口に対して彼は当然のように受け止めた。



 男の言う通り、オリオンは母親似の顔立ちであるのはアズミも知っている。

 そして、オリオンの母親の血縁と言ったら長耳族しかないのだ。

 他人の空似と言うにはオリオンの顔は華やかで稀有だ。なので似ているとなったら血縁を疑うのが普通だ。



 しかし、男はアズミに何の興味もない様子で黙っている。

 彼がこの部屋に来た目的はあるはずだが、彼はただ黙っている。



「あなたの名前は?」



「カウス・ロ・シスイ。オリオン王子のいとこにあたる。」

 アズミの問いに男はためらいも感慨も見せずに淡々と言った。

 本当にどうでもいいようだ。



「じゃあ、あなた大物なのね。」



「そうだろうな。こう見えて魔術将軍と呼ばれて、魔術での戦闘を指揮する役割を与えられている。」



「あら、じゃあライラック王国に攻めてくるときは手加減してほしいわね」



「手加減はしない。命じられれば攻撃はする。」

 男、カウスはアズミの問いの淡々と答えた。

 質問を繰り返すことで会話が成立するようだ。



「どうしてここに来たのかしら?私に何の用?」



「ああ。ロートス王国の者と結婚する前に私は相手にどうだ?という持ちかけだ。」

 アズミの質問に男は何でもないことの様に答えた。

 今までの質問よりもずっと肝心なことで重要なことなのに、男は自身の感情がそこに無いように答えた。



「…呆れた。あなた乗り気じゃないでしょ」



「乗り気もなにも、上に言われたから持ちかけただけだ。お前だって、ロートス王国の者との結婚など望んでいないだろ?」



「あら?なぜかしら?」



「お前は王族以下になりたがらない。こう見えて人を見る目はある。」



「いやだわ。失礼ね。じゃあ、あなたは王族なの」



「末端だが王族だ。」

 カウスは淡々と答えた。

 相変わらず彼は何も感慨が無いようだ。



 男の様子も苛立つが、アズミはなによりも一番大事なことがあった。

「あらそう。でもごめんなさいね。私長耳族大っ嫌いなの。」

 アズミは強調するように言った。



 そう。アズミは長耳族が嫌いなのだ。

 兄であるオリオンは別だ。彼の事は大好きだ。それに彼は半分だけだ。



 アズミが嫌いなのはオリオン以外の長耳族だ。

 話せばいい人がいると言われるかもしれないが、そんなのアズミの知ったことではない。

 嫌いなものは嫌いなのだ。



「わかっている。こちらも了承されるとは思っていない。」

 アズミに明確な憎悪を向けられてもカウスは淡々と答えた。



 人形のような男。

 アズミはカウスにそんな印象を抱いた。



「こちらも断って貰えてよかった。」

 カウスは口元をわずかに緩める程度の笑みを浮かべて言った。



「わたしと同じで反対に人間が嫌いとかかしら?」



「何故だ?人間に嫌われても私が嫌う要素は無い。そもそも関わったことが無い。」

 カウスは驚いた顔をした。といっても目を少し見開く程度で、感情は読めない。



 彼はあまり人間とか長耳族とか気にしていないようだ。

 短い時間の会話だが、ここまでの様子でこの男が誰かと結婚するなどアズミには想像できない。



「あなた、まるで余生を生きているみたいね。」

 アズミはどうでもよくなってカウスに投げやりに言った。



 だが、その言葉はカウスによく響いたようだ。

「余生…そうか。そうだな。」

 カウスは納得したように頷いていた。

 一人で勝手に納得している。



 余生を無気力に生きている男。

 アズミの中でカウスという長耳族の男の評価だった。





 おかわりの紅茶を淹れてもらい、アズミはそれをゆっくりと飲んだ。

 その様子をクリスは見つめていた。



「求婚と言ってもあの男は温度なんて何もない。彼は熱を入れてライラック王国をどうにかしようとはしないわ。」

 アズミはカップから口を外し、ゆっくりと置きながら言った。



「魔術将軍が冷血で鉄仮面と言われている噂は知っていましたが、そんな人なんですね。」



「ええ。だから彼が前線でとりかかっているうちは大丈夫よ。

 だって、絶対に本気にならないもの…」

 アズミは口元に笑みを浮かべて言った。



 その彼女の様子を、クリスは不安そうな顔で見つめていた。

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