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ロートス王国への道のり~それぞれの旅路と事件編~

まともな死神

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 帝国騎士団団長で“黒い死神”と呼ばれ、他国から恐れられているサンズ・ド・フロレンス公爵は、通信装置の向こうでさめざめと泣いていた。
『光ったと思ったら通信装置が繋がるなんて…』
 どうやら光った通信装置が気になって前に立ったらエミールが映し出されて驚いたようだ。

『それに…後ろにいるのはオリオン王子だろう?他国のものに見られるなんて…もうお婿に行けない』
 どうやら彼の方にはオリオンも映っていたらしい。
 確かに前リランと通信したときは、距離を取っていた。

「団長既婚者ですから大丈夫です。それよりも報告…」
『妻にも見られたことが無いのに』
「団長と奥様は白い結婚で寝所を共にしたことないですから当然じゃないですか。それよりも報告があります。」
 エミールとフロレンス公爵はさらっととんでもない会話をしているが、エミールは全然気にしていないようだ。

 そして、帝国の内部事情でもかなりデリケートな部分を今エミールはさらっと話した。
 オリオンに対してかなり辛らつであったのは彼がそう意識したからだろうと思っていたが、エミールはもしかして無神経なのでは?
 オリオンはちょっとエミールに対する評価が変わった。

『おい。エミール。人前でする話じゃない。』
 フロレンス公爵はまともなようで、すぐにエミールを咎めるように言った。

「それよりも報告があります。」
 エミールはフロレンス公爵の言葉を流し、報告をごり押ししている。
 確かに大事だが、エミールはフロレンス公爵に心酔しているはずだ。

「団長を貶していたと言っていたクソゴミ魔術師がいたじゃないですか?
 それ尋問してできる限り痛めつけてください。自分が直接できればいいのですが生憎、諸島群を離れられないので。
 尋問する口実ができたので、可及的速やかにお願いします。あの無礼者に生まれてきたことを後悔させてください。」
 いや、エミールはやはりフロレンス公爵に心酔しているようだ。
 フロレンス公爵を貶した魔術師への拷問を最初に願い出たのだから。しかもかなり圧がある。

 通信の向こうのフロレンス公爵も驚いている。

 コイツ報告とか言ってなかったか?
 オリオンはエミールの後ろから一歩引いた。

「で、報告に入ります。」
 とエミールが続けたので先ほどの拷問の要望は報告ではなかったらしい。

「ライラック王国から兵士がどこかに派遣されているみたいです。
 領主の独断で、個人事業に協力と言っていますが人数を食う出来事の影って今ありますか?」

『…プラミタで原理だけ組み立てられた魔導砲撃というものがある。ただし、それは複数の魔術師が必要だ。兵士の魔力では必要な人数が莫大過ぎる。』

「魔導砲撃…」

『おそらく長耳族も組み立てられた原理は知っている。それを活用しているかはわからないが、俺なら船に搭載するのが効率がいいと思っている。』

「まあ、戦車か戦艦は妥当ですね。魔導砲撃…普通の魔力での砲撃とは違うのですか?」

『ああ。使う魔力が多い上に、多種類の魔力を込める。
 複数の対の魔力を込めるから反発も大きいが、威力も大きい。』

「…なるほど。」

『ただ、プラミタではなくて長耳族という観点に目を当てたら、兵士が派遣される箇所というのは読める。
 そういえばリランはどうした?』

「この前お話しされていた長耳族のきな臭い動きのある列島に行きました。今頃着いているんじゃないですか?」
 エミールはさらっと言った。

「は?何言っているんだ?だって、港の帝国の船はまだ…」
 オリオンは驚いて思わずエミールの肩を掴んだ。
 凄く固くがっしりしており、オリオンが掴んだだけではびくともしない。

「ライラック王国に留まっている船は出しません。
 あちらには帝国から派遣する予定ですし、そもそも、リラン殿は隠密活動がベースで動きますから、別行動なんですよ。」
 エミールは当然ことのように言った。
 確かに隠密行動が得意だと知っているが、大きな戦力と別行動で敵地に乗り込むのは危険ではないのか?
 オリオンは思わず息を呑んだ。

『あいつのあの悪趣味な動き、どうにかできないか?心配で仕方ない』
 フロレンス公爵も同じように心配しているようだ。それに加えて、リランはあまり良くない行動もしているらしい。

「実績がありますし、いい気分転換になっているはずです。
 何よりも本人が楽しんでいますから、それを止めることは自分にはできません。彼は昔から人間を転がすのが大好きですからね。」
 エミールは困ったように笑って言った。
 なにやら子どものやらかしに苦笑するような顔で、優しさが見える。

 考えてみると、エミールから見るとリランは子どもといってもおかしくない年齢である。
 御目付もあるかもしれないが、保護者という立ち位置もあるのかもしれない。

 ただ、それよりも気になったことがある。
「人間を転がすってどういうことだ?」
 オリオンはさらりと微笑ましいことのように言っていたことが気になった。

「手玉に取ると言った方がいいでしょうか?」

『言い方が悪い。とりあえずあいつは、色々情報収集しながら周りを掌握するのが好きなんだ。』
 エミールの言い直しにフロレンス公爵が訂正するように言った。

 そう言えば、フロレンス公爵は服装はネグリジェのままだが、ナイトキャップは取ったようだ。

「ライラック王国での情報収集の動きは、自分を優先してくださっているので、リランも暴れたかったのでしょうね。恨めしそうに何度かこっちを見てきましたから。」
 エミールは困ったように両手を上げながら言った。
 二人の間でそのようなやり取りがあったのは知らなかったが、ライラック王国での情報収集はエミール主導だったようだ。

 立場的にリランの方が高いはずなので、おそらく団長であるフロレンス公爵からの指示でエミール主導だったのだろう。
 そういえば、マルコムが関わると暴走する可能性があるから、エミールが抑える役割を担っていると言っていた。
 こちら側からすると、エミールが暴走しているように感じるが。

『だが、プラミタも中々怪しい動きが見える。
 魔導装置の輸送と言って何か色々動いていたが、嫌な予感がする。』
 フロレンス公爵はうつむいて呟くと、オリオンを見た。

『オリオン王子。国の内部を整えるのは急いだほうがいい。
 こちらも情報が掴め次第連絡をするが、なぜそこまでライラック王国の王族に執着するのか、明確になっていない。』
 フロレンス公爵は腕を組んで首を傾げて言った。

 彼の忠告はありがたいし、情報共有の言質を取ったのは収穫だ。

「正直、自分もよくわかっていないのです。父も明確に知っていたわけでは無いと思います。歴史の中で分からなくなっていることだと思いますから、できるだけ国内で探そうと思っています。」
 オリオンもライラック王国の王族の特殊性がいまいちわかっていなかった。
 癒しの魔力が強いと言っても、癒しの魔力自体は珍しくあっても使える者はそれなりにいる。
 貴重ではあるが、世界的に尊重されるほどではない。

『そういえば、変なことを聞いたのだが
 長耳族の魔術将軍と言われる男はライラック王国に血縁がいると聞いた。ライラック王国の内部に長耳族関係者はいないのか?』
 フロレンス公爵は思い出したように尋ねた。
 そういえば、彼はオリオンの母親の事を知らない。

「…伝え忘れていましたが、自分の母親が長耳族です。王族だったらしいですが人間と変わらない外見の為迫害に近い形でライラック王国付近にたどり着いたらしいです。」
 オリオンは隠す意味もないので、話した。

『その様子を見ると、オリオン王子は長耳族を嫌っているのか?』

「血の繋がりや同族という意識はありません。嫌悪しています。
 自分の同族や血縁はライラック王国の王族だけです。」
 オリオンは断言した。

『血縁の嫌悪ほど根深いものは無い。オリオン王子は確実な長耳族の敵と判断しよう。』
 フロレンス公爵はオリオンの顔を見て頷いて言った。
 血の繋がりがあることが肩入れする要素にならないと彼は確信しているようだ。

 同族に見られないのはありがたい。

『先ほど血縁がいると言っていた魔術将軍が長耳族では要注意人物だろう。
 名前など詳しいことはわからないが、魔術での戦略の頭であり、容赦がないらしい。
 西の大陸の一部は奴の戦略で完全に長耳族の都市になっているところがある。』

「魔術将軍…か。」

『別名“鉄仮面”といわれているらしい。どんな場面にも表情を変えずにいる、そのあだ名のとおり鉄仮面をしている…などあるがな。
 噂や戦績を見ても危険だ。他にどんなのがいるのかわからないが、バケモノレベルはその辺くらいしかわかっていない。
 あとは、西の大陸の制圧のためにプラミタの魔術師の掌握に動いているとかだが…こちらの情報はもう少しで確実なのが手に入りそうだ。』
 フロレンス公爵は唸りながら言った。
 その様子から、鉄仮面と呼ばれる魔術将軍は相当厄介なようだ。
 それに、西の大陸での長耳族の動きがかなり活発みたいで、船の行き来があるライラック王国も本格的に危機を覚えなくてはいけない。

「団長もバケモノですから安心してください。」
 エミールはフロレンス公爵を元気づけるように言った。
 やはり彼は無神経なのだろう。
 ただ、オリオンも同じことを思っていたし、おそらくルーイや大臣も同じことを思っていただろう。

『では、エミールの言う通り、件の魔術師を尋問しよう。ちょうど、他にも質問したい情報があるからな。』
「では、自分はロディア・ラネ・ボルダーを吊るし上げて締め上げて尋問しますね。」
『誰だそれ?』
「あ、先ほど話した兵士を私兵の様に自分の事業に駆り出しているゴミ領主です。
 今日少しお話を聞いたばかりなので、また王城にいます。」
 エミールは思い出したように言った。

『ああ、なるほど。
 兵の行方については、第一候補は反帝国の勢力の手伝い、第二候補は長耳族への労力提供…
 どれが発覚しても領主を潰せるぞ。安心しろ。
 だだ、領主というのは潰した跡が厄介だ。なんらかんら言っても土地を治めていた一族というのは歴史や厄介なおまけも多い。』
 流石はフロレンス公爵だ。
 保守的というよりも貴族などの厄介さを理解している。
 そうなのだ。家というのは潰した後が厄介なのだ。
 まして小規模なライラック王国は、頭の挿げ替えと言っても、替えられる頭が少ない。

「ああ、その辺に関しては問題ないです。まともそうな息子がいるので、それに押し付けます。」

『一番丸い治め方だな。ならば問題ない。』
 フロレンス公爵は納得したように頷いた。

 オリオンはそこで思い出した。
「ボルダー卿の長男は…あいつは北の大陸に留学に行ってなかったか?」
 オリオンは大臣を見て尋ねた。

「母親が山岳都市シュゲダッド出身ですからその伝手で行っていますね。ですが、陛下が亡くなった時に戻ってきたはずですが?
 父親の邪魔があったとはいえ、彼は陛下に気に入られていましたからね。」
 大臣は首を傾げて言った。

 その言葉をルーイは顔を顰めて聞いていた。

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